第二十一話 大天使クラウディア
「で、では……」
ディアの言葉を反芻するように噛みしめて恐る恐るクレアは口を開く。
「……クラウディア様は、本当に私と『仲良く』したい……と?」
「……多分ね」
「……」
「……」
「……え? なんで? クラウディア様、そういう趣味がある人なんです?」
「そういう趣味ってなに?」
「え? それはアレですよ。えぬてぃ――」
「それ以上はいけない」
「――コホン。で、でも! じゃあ、何でですか!?」
正直、クレア的にはクラウディア・メルウェーズから蛇蝎の如く嫌われると思っていたのだ。どこまで直接的か分からないが、多少の嫌がらせ、むしろいじめまであるかと思っていたのである。それが、どうだ。蓋を開けてみたら『仲良くしたい』である。
「……あー……まあ、想像に過ぎないけど……ディア、クラウディアってこう……公平って云うか……罪を憎んで人を憎まずというか……今回って、悪いのはエディであってクレアは全然悪くないでしょ?」
「ええっと……まあ、はい」
「だから、エディには怒ってもクレアには怒らない、って事じゃないかな?」
「……」
「……なに?」
「……天使かなにかですか、クラウディア様」
いえ、悪魔です。
「うーん……僕もちょっとディアの事を見直した。いや、別に見損なっていた訳じゃ無いんだけど……えっとね? 昨日ディア、エディに婚約破棄されて泣いてたんだよね」
「え!」
違います。エディにフラれて泣いてたわけじゃありません。
「普通、幾らクレアが悪くないって言っても一言文句くらいは言いたいんじゃないかなって思ってたんだけど……」
「え、ええ。私もそれは覚悟していました」
「だけど、そんな事は一言も言わずディアはクレアと仲良くしたいって」
「……」
「どうしたの?」
「その……クラウディア様を疑う訳ではないのですが……表面上、と言いましょうか……」
「ああ、それは大丈夫。ディア、そんな嘘つく様な子じゃないし。清廉潔白を絵にかいたような人間だし……あそこまではっきり言うって事は、本当にクレアと仲良くしたいんだと思うよ?」
いいえ。ディアのお腹は真っ黒です。
「……まあ、ディアがああいうって事はクレアは心配しないで良いよ。ディアとは長い付き合いだし……そもそも、僕」
人を見る目はあるんだよ、と。
「……そうですか。では……信じます」
人を見る目がビー玉くらいなルディの言葉を信じ切るクレア。突っ込み不在の会話はルディの中のディアへの『好感度ポイント』をあげて空虚に回るのである。ディア、思わぬ所でポイント獲得だ。
「でも良かったよ。クレアとディアが仲良くしてくれるんなら、僕もちょっと肩の荷が下りるって云うか……」
ほっと息を吐き、ゆるゆると笑顔を浮かべるルディ。そんなルディに、嬉しそうに、それでも少しだけ――ほんの少しだけ残念そうな表情を浮かべるクレア。
「クレア?」
「そ、その……そうすると……ルディ様は」
「僕?」
「え、ええ。ルディ様は……その」
私とのお友達、止めてしまわれるのですか? と。
「……流石、主人公」
ルディの服の袖を掴み、目を潤ませての上目遣い。庇護欲をそそる、思わず頭を撫でたくなってしまいそうになるクレアの表情に一瞬、息を呑み、ルディはゆっくりと息を吐き出す。
「……ううん。クレアが望むなら、僕はずっとクレアの友達だよ」
「……本当ですか?」
「うん。クレアがイヤって言うまで一緒に居てあげるから」
「……それは、その……」
――嬉しいです、と。
えへへ、と照れたような、それでいて陽だまりの様な暖かい笑みを浮かべるクレアに、先ほどのディア同様、クラスメイトが息を呑み。
「――ひぅ!?」
不意に、クレアがびくっと体を震わしたかと思うと辺りをきょろきょろと見回す。急なその奇怪な行動にルディは首を捻る。
「どうしたの、クレア?」
「い、いえ……こう、今、視線を感じたというか……」
「視線って……ああ、今のクレアの笑顔に皆見惚れて――」
「いえ、その様な好意的な視線ではなく……なんというのでしょう? ネバっとしたというか、若干のイライラが混じったというか、蛇の様な視線と言いますか……こう、少し悪意を感じる視線でして……」
クレアの言葉に、ルディもクレアから視線を外しきょろきょろと辺りを見回すと、こちらを見ていたはんに――ではなく、ディアと目が逢って微笑まれる。その微笑に微笑を返し、ルディは視線をクレアに戻す。
「たぶん、気のせいじゃないかな? そんな悪意のある視線を向けられる事は無いとおもうんだけど……」
「……そうでしょうか? なんだか物凄く背筋が凍るほどの怨念を感じるというか……」
「入学式から色々あったから、少しだけ神経が過敏になっているとか? そもそも、今までと環境も違うし」
ルディの言葉に『そんなはずは……』と首を捻るクレア。が、それも一瞬。直ぐにルディに微笑を向けて小さく頷く。
「……ええ、きっとそうなんでしょうね。すみません、ルディ様。変な事を言って」
「ううん、仕方ないよ。大変だっただろうしね」
「ええ、それは否定しません。否定しませんが……でも、そのおかげでこうやってルディ様とお友達になれたのであれば良かったかもしれませんね」
「ははは。そう言って貰えると僕も嬉しいよ。心配しないで! もしクレアになにかあったら、僕が全力で守って――」
「ああ、クレア嬢! 今日からクラスメイトだな!! 一年間、よろしく頼むよ!!」
不意に、教室の入り口から聞こえる声にクラス中の皆が視線を向けて。
「ええっと……ああ、ルディの隣がクレア嬢か! 俺はクラウス! 一年間、よろしくな!」
「ふむ。アインツ・ハインヒマンだ。エディ、ルディ、それにクラウス同様、一年間よろしく頼む」
入口からにこやかに声を掛けてくる三人に、クレアは油の切れたブリキ人形の様にギギギと。
「――早速、全力で守ってもらえませんか、ルディ様? お願いですから、もうこれ以上悪目立ちしたくないんですよ、私」
ギギギと首を傾け、本日何度目かのストライキを起こしたハイライトの消えた目でルディを見つめた。