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第十九話 ディア、機嫌のイイ日


 

 王城での暗躍の翌日、ディアは早朝から無茶苦茶機嫌が良かった。考えてみれば――というより、考えなくても当然、完全に諦めていた『ルドルフと結婚』という子供のころからの夢が叶うかも知れないのだ。そりゃ、朝っぱらから浮かれ切っていた。


「……ディア? その……なんだ? 今日は学園を休んでも良いんだぞ?」


 入学式でのエドワード殿下婚約破棄事件を聞いて、ディアの父親であるアルベルト・メルウェーズが思ったのは王家への怒りでもなく、公爵家の権力の陰りへの不安でも無く、ただただ娘への心配だった。目に入れても痛くないほど可愛がっていたこの愛娘が、衆人環視の中で『愛した男』にこっ酷くフラれたのだ。父として、娘が不憫で仕方ない。


「あら、お父様? どうして私が学校を休むのですか?」


「どうしてって……だってお前、入学式であんなことがあったのだぞ? その……学校に行き辛くないのか?」


「……はぁ? 全く行き辛くはありませんが……」


 対して前述の通り、ディアにとっては我が世の春を謳歌状態である。雨が降ろうが槍が降ろうが、例え熱があっても学校には行く気満々である。なんせ、これからは毎日ルディに逢えるのだ。


「……ディア」


 そんなディアの言葉にアルベルトは目頭を熱くする。この健気な娘は、あんなに辛い事があっても、まるで何もなかったかのように振舞っている。なんて不憫な! と。


 ……大事な事なのでもう一度言うが、ディアはガチで辛くもなんともない。それなのにアルベルトのこの態度は、ディアの『擬態』が完璧だった、という事だ。頭の良いディア的には『別に好きでもなんでもないけど、良好な関係を築いとこ』と何匹も猫を被っていたからである。


「おかしなお父様ですね。朝からその様に泣いてしまわれて」


「……ううう……すまん。そうだな? 泣きたいのはお前だものな。私が泣いていては仕方あるまい。だが、ディア? 辛い事があれば直ぐいうのだぞ? 私がなんとでもしてやる! メルウェーズ家の権力をどの様に使ってでもな!!」


「泣きたいのはと言われましても……ああ、ですが確かに泣きたいかもしれませんね」


 無論、嬉し泣きの方である。今までは『弟の婚約者』としての節度と距離を持ってルディに接していたし、ルディに接せられていたが、これからはそんな括りは関係ないのだ。


「……やはり泣きたいのか!」


「ええ、胸が詰まりそうなほどに……本当に」


 ――これからはガンガン行く。


 もう、婚約者なんて関係ないのだ。いや、正確にはまだ婚約破棄は正式に成ってはいないが、少なくとも『向こうの浮気』なのだ。これをネタに、ルディに甘えても許されるだろう。そうすればあのルディの事だ。『弟の婚約者』ではなく、昔通り『可愛い妹分のディア』として慰め、甘やかしてくれるだろう。その想像の、なんと甘美な事か。


「……まあ、多少気に入りませんが」


『妹分』というのがちょっと気に入らない。が、これも時間の問題だ、とディアは思う。少女特有の自己評価の甘さを差っ引いても、自身が殿方に取って魅力的な容姿をしているだろうことは分かっている。


「……ディア……やはり、気に入らないのか……」


「……ええ、多少は」


「……そうか。いや、そうだな。それは当たり前の感情だ。私も直接陛下に――」


「……ですが、時間の問題です」


「――時間の問題?」


「はい、お父様。時間の問題です」


 そう言ってディアはにやりと笑って見せる。作戦名、『ガンガン行こうぜ!』なのだ。これからはもう、こう、なんていうか、とんでもなくガンガン攻めるのだ。


「……幾ら難攻不落と言われるあの『城』でも……必ず、落として見せますわ」


「……難攻不落の城? っ!? ま、まさかディア!? 王城を!?」


 ルディには浮いた噂の一つもない。これはディアを安心させ、それでもルディの好みが分からないという問題点も生み出していた。


 ――ゆるふわガーリー系か。


 ――クールなお姉さん系か。


 ――庇護欲そそる妹系か。


 ――あるいはアクティブボーイッシュが好みのタイプなのか。


 ルディの好みの服装ならなんでもしてあげたい。してあげたいのに、ルディの好みが全然分からないのだ。だから、何時だって無難なドレス姿しか披露できないのが、少しだけディアには不満だった。


「……ふふふ」


 まあ、それはそれとして、普通に『可愛いね、似合ってるよ、ディア』と言われるのは嬉しいものである。その幸せな記憶を思い出し、ディアは柔らかに微笑む。


「まるで達観した様な微笑!? で、ディア、待て! さ、流石にそれは早計だ!」


「早計? 何を仰っているのですか、お父様? 既に気が遠くなるほどに、時間を掛けてきました」


 五歳で出逢って十年。十年なのだ。もう、充分待った。


「……待つには飽きました、お父様。私は……」



 ――『取り』に行きます、と。



「その際はお父様、どうぞ援護をよろしくお願いします」


 それでは、と微笑みを浮かべて席を立つディア。屋敷の食堂を後にするディアを見つめて、アルベルトは深刻そうにため息を吐く。



「……まさか……ディア、お前は……クーデターを起こすつもりか……?」



 ……まあ、そんな明後日の勘違いを起こしたアルベルトを屋敷に残し、ディアは通学したのだ。そりゃもう、ルンルンで。なんせ、今日からずっとルディと一緒に居れるのだ。しかも同じクラス!!


「これはもう、神の思し召しとしか思えません。『なにも遠慮することはないよ、ディア』と神様が仰っているのですわ。ふ……ふふふ……えへへへ~」


「……」


 馬車の御者台からちらりと後ろを見たメルウェーズ家直属の御者は思う。お嬢様、エドワード殿下に婚約破棄されたのがショックでおかしくなったのだ、と。あと、純粋に気持ち悪い、と。


「さて……どんな手段を使わせて貰いましょうか……いえ、時間はたっぷりあります。ゆっくり、ゆっくり……落として見せますわ。神様も仰っています。『いいか、ディア? 使えるものは何でも使え』と。どんな手段を使っても、最後は勝てば良いと」


 御者は思う。お嬢様の信じる神様はきっと、角と尻尾の生えたなんか黒っぽい神様だろうな、と。宗教に寛容なこの国でも、邪神信仰はあんまりなのに……エドワード殿下にフラれた悲しさでそっちに行ったか~と。


「……お嬢様。学園に到着致しました」


「あら、もう? 楽しみにしていると時間が過ぎるのも早いですね。今日もありがとう。それでは行ってきます」


「はい……お気をつけて」


 上機嫌に御者にそういうと、ディアは学園内の敷地を歩く。新緑の匂い、朝露でキラキラと輝く木々、初々しい新入生。そのすべてが、今のディアには愛しい。大事な事なのでもう一回、言う。ディアは超絶機嫌が良かったのだ。




「――本気でお嫁さんに来る?」




 教室の扉を開けるまでは、であったが。

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