第一話 思ってたんとなんか違う
『わくわく! 恋の王宮大闘争!』、通称『わく王』は令和史上稀に見る地雷ゲーであるが、このわく王を地雷ゲームの地位に押し上げた一番の要因は『初心者向けに難易度を優しくしました!』という無敵ワードで、入学式中に悪役令嬢の婚約破棄イベントが起るとこにある。何を言っているか分からないと思うが、安心して欲しい。ユーザー全員、そう思った。
『え? これ、この後どうなるの?』と。
物語は辺境の男爵令嬢、クレア・レークスがラージナル王立学園に入学したところからスタートする。ちなみにこのラージナル王立学園、『王立ラージナル学園』だったり『ラージナル王立学院』だったり、『王立学院』だったり『王立学園』だったりと色んな呼称で呼ばれていたりするが、これは決してスタッフのミスではない。スタッフ曰く、『大学だって地方によって略称違ったりするでしょ? それと一緒ですよ!!』とのことである。『いや、『学院』と『学園』は別ものだろう』とか『仕様にしようとするな!』とか『誰がうまい事を言えと』とネットで大盛り上がりであった。ちなみに過去形であるが、これは修正パッチが出た事によりバージョンアップ版ではラージナル王立学園で統一されているからである。スタッフのミスがバレた瞬間である。
閑話休題、この『わく王』、最初からヒロインへの好感度がマックスなのである。先程壇上から悪役令嬢に婚約破棄を告げた王子の様に、全員が全員、ヒロインに一目ぼれしているのだ。『え、それの何が面白いの?』という話ではあるが、これが冗談ではないのが笑えない。王子殿下も、宰相の長男も、近衛騎士団の次男も、影のある天才キャラも、ショタっ子も、全員が全員、一目見てヒロインに惚れてしまうのである。乙女ゲームのヒロインというより、オタサーの姫みたいな扱いなのだ、クレア・レークス。なんせ、ノーマルエンドがハーレムエンド、トゥルーエンドはこのハーレムの中から一人を選んで『真実の愛』を勝ち取るという明後日の方向に全力投球した代物である。ちなみにネットでのクレアのあだ名は『霊長類最強肉食女子』だ。
「……殿下? お戯れはその辺りで」
「戯れではない!!」
「では、なぜでしょうか? なぜ、私が婚約破棄をされなければならないのでしょうか? 私が……このクラウディア・メルウェーズが何か失態を犯したのでしょうか!」
悲痛な声を上げるクラウディア。その、余りに物悲しい姿に、ルドルフは静かに目を伏せる。
「……はぁ……これがゲームの修正力ってやつ、か」
ルドルフ・ラージナルに成宮和也の意識が戻って以来、十年。ルドルフ――ルディはこの弟であるエドワード・ラージナル、エディの面倒をよく見て来たつもりである。具体的には『入学式の最中に婚約破棄をやらかす』みたいなおバカな弟にならない様に、影に日向にフォローを入れて来たつもりなのだ。ゲームの中での冷え切った二人の関係こそが、この入学式の婚約破棄というトンデモ展開の原因であろうと、クラウディアと積極的にデートをすることを進めた。成績が良い方が、運動神経が良い方がモテるだろうと積極的に勉強も教えたし運動も付き合った。女の子が喜びそうなものをメイドさんに聞いてプレゼントさせた事もある。そのすべてが、この瞬間に無駄になったのである。
「……ははは。虚しいね~」
ルディは自身の努力が無為になった事に少しの絶望と――そして諦観を覚え、クラウディアの表情を見る。そこに悔しそうな、辛そうな表情を浮かべるクラウディアを見つめ……一人、小さくため息を漏らす。
ルディは――成宮和也はクラウディアの事が好きだった。
否、好きというには少しばかり語弊がある。より正確には、幾らなんでも『男爵令嬢に一目ぼれしたから、お前はイラネ』で婚約破棄されるクラウディアが不憫でならなかった。なによりタチの悪い事に。
――クラウディアは普通に良い子だったのである。
勉学は学園トップクラス。
礼儀作法も完璧。
派閥の長でこそあれど、どれだけ身分の低い者にも優しく。
正しい事に関しては曲げず、でも自身が間違っていたら頭を下げる。
それどころか、ハーレムを築こうとするビッチヒロインのクレアが他の男と親し気に話をしていたら、『殿下の婚約者になったのでしょう。その様なはしたない行為は控えるべきです』と諭し。
だって云うのに、いじらしくも未だエドワードを慕い、決して報われることのない恋に生きるのである。エドワードの為に刺繍したハンカチを渡せず涙したクラウディアのスチルでは、相変わらず右向きではあるも『感動した』『クラウディアが可哀想すぎる』『というか、エディはなんか魔法かなんか掛けられてたりするの? 普通にクラウディア一択じゃね? あのクソビッチの何処に惚れたの?』という意見であふれた。無論、和也もその一人である。
だからこそ、自身がルディとして転生した以上、クラウディアには幸せに過ごしてほしかった。流石に可哀想すぎるし、エディの兄としての責任感もある。だって云うのに。
「全部……無駄か」
この後、エディは言うのだ。『君に非はない。ただ――愛してしまったのだ。一人の少女を』と。頭膿んでいるとしか思えない。そう思い、ジト目をエディに向けて。
「――失態だと?」
「……うん?」
あれ? なんかセリフが……とルディは思う。その視線の先ではぷるぷると震えていたエディが、視線を一瞬下に向けた後、視線を上げて睨みつけたエディが口角から泡を飛ばす。
「よくもその様な事が言えるな、クラウディア! 失態? 失態しかないではないか、貴様!! 昨日貴様、私に何をした!?」
「……別に何もしていませんが?」
「嘘つけ!! お前、『殿下? これくらいはこの国を継ぐものとして当然です』とか言ってとんでもない量の課題を置いて言っただろ!? 知ってるぞ! あれ、大学部の課題らしいな!? 言ったよな? 私、言ったよな!? 『明日は私、新入生代表で挨拶するから。だからあんまり無理させないでくれ』って!」
エディの悲鳴にも似た叫び。その叫び声に、クラウディアは素知らぬ顔で視線を逸らす。
「それにな!? 人間というのは人一人背負って濁流の川を泳ぎ切るようにはできていないのだ!! なんだ、お前は! 私を殺害しようとでも思っているのか!?」
「その様な事は御座いません。国王陛下の跡継ぎには必要な――」
「必要じゃないよ!? そんな能力は必要じゃないから! 礼儀作法だって重箱の隅をつつく様に細かいし!! なんか私を見る目が完全に馬鹿にしてるし!! むしろ、『殿下、こんな事も出来ないのですか?』とか言うし!! ともかく! もう疲れた!! 嫌だ! お前みたいな女と夫婦として暮らしていくなんて絶対に嫌なんだ! お願いだから――」
――私を、開放してくれ!? と。
「…………あれ?」
思ってたんとなんか違う。そんなルディの疑問に応えるものは、誰も居なかった。