第百九十二話 乙女秘密と夜の女王陛下
エカテリーナが図らずも国家機密――じゃなかった、乙女秘密を知ってしまって顔を引き攣らせていると、エミリアを連れだってエディがこの場に合流した。目敏くそれを見つけたルディが、エディの側まで歩みを進める。
「よっ、エディ。エミリア嬢も久しぶり。珍しい組み合わせだね? どう? 元気に――エディ? どうしたのさ、そんな疲れた顔をして」
にっこりと笑って『元気?』と問いかけた後、エディの物凄く疲れた顔に違和感を覚えたルディがエディに問う。そんなルディの言葉に、エディは憔悴し切った顔でルディに笑顔を向ける。
「兄上……私はもう……疲れました……」
そう言ってルディの肩に手を置いて顔を伏せるエディ。そんなエディに困惑の表情を浮かべていると、エミリアがルディの側まで寄ってきてカテーシーをして見せる。
「お久しぶりです、ルドルフ殿下」
「あ、ああ、久しぶり、エミリア嬢。えっと……珍しいね、エミリア嬢。エミリア嬢がエディと一緒なんて。もしかして、僕の知らない所で仲良くなって――」
「は? 何を勘違いしているのですか、ルドルフ殿下。私が、こんな女の敵と仲良し? 寝言は寝て言って下さい。なんで私がエドワード殿下となんて仲良くしなくちゃいけないんですか? 私はたまたま、エドワード殿下と肝試しのペア分けが一緒になっただけです。傍迷惑なことこの上無いですが……あまりごねても、先生方の迷惑になるでしょうし、イヤイヤながらもエドワード殿下のお相手をして差し上げているんです!」
「ああ、はい。分かりました」
一息でそう言いきって、キッとエディを睨みつけるエミリア。その視線にエディは『びくっ!』と体を震わせてルディの背中に隠れる様に、その体をルディの背後に忍ばせる。そんなエディにため息を吐き、ルディはエミリアに向き直った。
「……まあ、エミリア嬢も落ち着いてよ。そんなに嫌そうな――まあ、気持ちは分からないでもないけど……でもさ? 特にエミリア嬢に迷惑が掛かっている訳じゃないじゃない? だったら、そんなに毛嫌いしなくても――」
「私、エドワード殿下の婚約者候補にされているのですが!」
「――ああ、ごめん。滅茶苦茶当事者だったんだね」
「そうです! 何が悲しくてクラウディア様の後釜なんかに私が座らなければならないのですか! しかもこれ、諸侯貴族からは猛反発確実な輿入れじゃないですか! 加えて! 加えてですよ!? エドワード殿下はクレア様にご執心なんですよ!? 私の実家だって望んでじゃなく、『まあ、これしか方法がないしな~』みたいな輿入れなんですよ、私!? 酷くないですか、これ!!」
本当に。エミリアにとって、仮にこの縁談が成ったとしても、諸侯貴族からはハブられるわ、実家からも良い顔されないわ、旦那になる男は別の女に夢中であるという、三重苦状態なのだ。流石にこれは可哀想が過ぎる。
「……まあ、貴族同士での結婚です。自身の望む相手とだけ結婚出来るとは私も思っておりませんし、今まで何不自由なく育って来た以上、『こういう』状態で自身の身を捧げるのも高位貴族の役割だとは思っています」
肩で息をしながら、それでも冷静さを取り戻したか、エミリアがそう言う。そんなエミリアの不憫さに、少しばかり視線を逸らすルディ。そんなルディに、エミリアは大きく『ふぅ』と深呼吸をして視線をルディに固定。
「……ですが……エドワード殿下が今まで王太子として立派な振る舞いをしていたことは事実です。クラウディア様とも、良好な関係を築いていた事も存じ上げています」
ちなみに、エディとディアが良好な関係を築いていた事実はない。何度も言うが、ディアの擬態は完璧なのである。
「だからこそ、『あんな所』での婚約破棄には驚きました。エドワード殿下は聡明な方ですし、なんの理由もなく、あんなことをするとは思えません。逆に言えば、何か……そうですね、クラウディア様が王妃であることが都合が悪い『事実』があるのではないか、と……そう、思ったのですが」
じぃっと視線を向けられたルディが、思わずエディに視線を向ける。向けられたエディは黙って首を左右に振って見せる。
「……クラウディアには申し訳ないが、そんな事実はないと言っているのだが……聞いてくれないのですよ、エミリア嬢」
「……まあ、インパクト抜群だったしね、アレ」
にしても、思い込みの激しい子である。そう思いながら、視線をエミリアの方に向けて――そして、ルディは首を傾げる。
「え? なんで顔真っ赤にしてるの、エミリア嬢?」
そんなルディの疑問に、エミリアは両手をわちゃわちゃと振って見せながら。
「そ、その! 夫婦関係を築く上で大事なのは『夜の相性』もあると聞いています!! そう言えばクラウディア様、入学式の日にエドワード殿下に向かって『駄犬』と仰ってましたし……こう、昼間はエドワード殿下が国王陛下、でも夜はクラウディア様が女王陛下として振舞うとか、そういう関係性だったりして、その性癖の不一致が破局の原因かと愚考しますが、如何ですか!?」
「……はい?」
マジで愚考、愚かなる考え。実は結構むっつりなのだ、エミリアは。