第百九十一話 税金みたいなもん
ディアの『国家機密』発言にドン引きするエカテリーナ。そんなエカテリーナに、クリスティーナはため息を吐いてディアの頭を軽くコツンと叩く。
「あいた」
「言いすぎです、クララ。リーナ様? そんなに怯えないでくださいな。国家機密は言い過ぎです。まあ、クラウスもそうですけど……騒ぎ過ぎですよ、流石に」
「あ、あはは! そ、そーですよね! 流石に国家機密なんて、私達女学生には少しばかり荷が重い話で――」
「――まあ、取り扱い次第ではお家取り潰しくらいはあるかも知れませんが」
「国家機密じゃなくてもお家の危機だった!!」
再びドン引きである、エカテリーナ。そんなエカテリーナに、ディアはコホンとひとつ咳払いをして。
「聞いてくださいまし、リーナ様」
「あ、いえ、聞きたくないです!!」
「私……実は昔から、そ、その……」
「うわ、私の意見聞かずに喋り出すパターンのやつだ!」
「わ、私は――ルディの事が、幼いころから、大好きだったんです!!」
「あーあー! 聞こえな――へ? る、ルディ? ルディって……ルドルフ殿下!?」
耳を抑えて『あーあー!』と言っていたエカテリーナであるが、そんなものでディアの声を遮る事は出来ない。慌てて塞いでいた耳から手を離し、ディアに視線を送って。
「え? 可愛いんですけど」
そこには顔を真っ赤に染めて下を向くディアの姿があった。恥ずかしさからか、視線を逸らしつつ、それでもチラチラと上目遣いでこちらの反応を伺うディアの姿に、思わずエカテリーナの胸も『きゅん!』と高鳴る。が、それも一瞬、『はっ』と意識を取り戻したか、エカテリーナは考え込んだ。
「ええっと……クララ様はルドルフ殿下の事が大好きで、でも、エドワード殿下の婚約者はクララ様で、そんなエドワード殿下が今はクララ様と婚約破棄をして、それでクレア様にご執心で……へ? あ、あれ? ええっと……え?」
混乱。圧倒的混乱である。一体どういうことか、考えが纏まらずに視線をクリスティーナに向ければ、そこには慈悲深い目の色を湛えたクリスティーナの姿があった。
「く、クリス様? ええっと……ちょっと私、パニックなんですけど……」
「言葉にすると本当にカオスですよね?」
「いえ、本当にカオスですよねではなく! ええっと……」
「まあ、外聞の良い話では無いでしょう? クララがエディの婚約者でありつつ、なのにルディにずっと恋心を抱いていた、なんて」
「それは……まあ、はい」
「そう言う意味で『国家機密』と言いましたが……まあ、アレです。拗らせた女の子のコイバナですので」
「拗らせた女の子のコイバナって言うには流石に取り扱いが難しすぎるんですが……」
言ってみればスキャンダルだ。男女同権が叫ばれる様な世の中ではないこのわく王の世界において、女性の『不貞』はあまり良い顔をされないのである。ま、男性の不貞もあんまり良い顔はされないのであるが、ルディの例を見るまでもなく、甲斐性のある男性が側室を何人も囲うのは別になんとも思われていないのがこの世界なのである。
「そうですか?」
「いや、そうですかって……だってこれ、下手したら劇薬でしょう? クララ様のスキャンダルを握っているっていうのと同義じゃないですか?」
「まあ、スキャンダルと言えばスキャンダルでしょうが……でもね、リーナ様? よく考えて下さい。先程も申した通り、所詮は『拗らせた女の子の恋物語』なんですよ、これって」
「……?」
「クララが本当に、エディのお嫁さんで――そうですね、王妃であるのであればルディに懸想しているのは問題でしょう。でもね? 現実にはクララはただのエディの婚約者に過ぎない。お家の都合で結ばれた縁談で、どちらかに不利益となれば破断される、『ただの婚約者』です。実際、エディのと婚約は破棄されていますしね。それなら――」
別に、クララがルディの事を好きでも問題なくないですか? と。
「……あ」
「まあ、婚約者が居たからって心の底で慕った方が居たとしても問題――は、問題でしょうが、人の気持ちなど止められるものではありませんから。そして、その障害がなくなった今、クララがルディの事が好きというだけの単純な話です。リーナ様もイヤじゃないですか? クラウスにリーナ様の気持ちを私たちが勝手に伝えたら」
「い、イヤですよ!!」
「でしょう? だからこれは、『そういう』話なんです。恋心を誰かに喋られたら恥ずかしいですので、黙っていてくださいと……まあ、そういう『ナイショ話』に過ぎませんよ」
「そ、そういうものなの、でしょうか?」
「では言葉を変えましょう。『そういうもの』と考えていた方が、精神衛生上宜しくないですか? 国家機密並みのスキャンダルを握ってしまった! と考えて生きるより、友人のコイバナとして処理した方が」
「……間違いないですね、それは」
「でしょう? それに、本当にそれだけの話なんですよ」
「……」
「まだ、なにか?」
「いえ……そういう考えの方が楽って言うのも分かるんですが……」
困ったように眉根を寄せて。
「それ、聞かないって選択肢、無かったんですかね? なんかほぼほぼ強制的に聞かされた感があるんですが……?」
「貴方が鋭いのがイケないのですよ。鈍かったら黙っているという選択肢もありましたが……まあ、クラウスの伴侶に収まらんとするなら、税金みたいなモノだと思って諦めて下さい。私達、『幼馴染』との付き合いは」
「重税感がパない」
肩を落とすエカテリーナに、クリスティーナはにこやかに笑んで見せた。税金だよ、エカテリーナ。頑張って!!