第十八話 解決策という名の愚策
完全にキマッた目をして、それでもにこやかに微笑む、という世にも恐ろしい芸当をして見せるクレアにルディ、背中の冷や汗が止まらない。なんなら、冷や汗だけじゃなく心の中の涙も止まらないのだが。
「だ、大丈夫だよ、クレア!」
「大丈夫、とは? 何が大丈夫なんでしょうか、ルディ様?」
「え、えっと……何がと言われても……」
「私はこの学園で過ごす三年間、ずっと友達が出来ないかも知れません。そりゃ、そうですよね? エドワード殿下とクラウディア様、国家が祝福した婚約者であるお二人の間に挟まったお邪魔虫、それが私です。そんな人間と仲良くしようと思う人間、居るわけ無いですよね?」
「え、えっと……」
いや、いないとは言い切れない、とルディは思う。考え方を変えればノーマーク、ぽっと出の王妃候補なのだ。分のあまり良い賭けではないだろうが、一発逆転を狙う没落しかけの貴族令嬢や貴族令息はこぞって取り入る事も充分考えられるのだ。
「……いない、と思います」
でも、そんなの言えない。それはきっとクレアの望む友人関係では無いハズだから。ルディにはちゃんとあるのだ、人の心が。
「……私、三年間ぼっちなんですよ? 何が大丈夫なんでしょうか? 『大丈夫だよ、クレア。どうせ田舎者の君には便所飯とか似合うから』という意味の大丈夫ですか?」
「クレアの想像の中の僕、酷くない!?」
とんでもない冤罪である。
「大丈夫って言ったのは……あー……なんというか……」
クレアとエディが結婚する可能性が限りなく低いのはルディも承知している。エディにしたって馬鹿じゃないし、王家と公爵家の間で結ばれた婚約関係がエディの一言で破棄出来る訳が無いのも充分分かっているだろう、と想像している。
「ええっと……その……」
……言ってみればこれは『エディの火遊び』、或いは『仲良しカップルの、ちょっとした痴話喧嘩』で済ます事になるのである。事実はどうあれ、『そういうこと』として処理されるのだ、まず間違いなく。王城の中の偉い人の間でそう云った調整が入る案件なのだ、これは。下手すれば数年後、『王子はあの時、クラウディア様の気を引きたくて婚約破棄なんて言っちゃったんだ。全く、若いって良いね!』みたいな、ちょっぴり可愛いらしい美談にする可能性だってある。王城のプロパガンダ能力を舐めてはいけない。やると言ったらやるのだ、権力者とは。
「……」
だが、クレアの名誉はどうなるの? という話でもある。エディとディアは名誉は回復される可能性があるが、その場合クレアは『王子殿下の嫉妬の為に利用された可哀想な女』となるのだ。どっちにしろ、友達も婚約者も出来そうに無いのは無いんだ。
「……そうだよな~」
クラスメイトの中にクレアを救ってくれる人、なんて思ったが、救えるのは僕だけかも知れないしね、とルディは思う。
「……一応、今思いついた方法が一個だけあるんだよ。さっき、クレアも言ったよね? お兄ちゃんなんで責任取ってって」
ルディの言葉に、ストライキ中の目のハイライトさんが仕事を再開しだした。流石にさっきのは無いな、とクレアも思ったか、慌てた様に手を左右にぶんぶんと振って見せる。
「あ、あれは! ちょっとした冗談ですよ!? 流石に、ルディ様にエドワード殿下の責任を取ってくださいとは言えませんし、そもそも王族の方に責任などと失礼なことを言ってしまって申し訳ありません! もちろん、そんなことは――」
「……クレア、僕と結婚する?」
「――縁起でも無い事言わないで下さい!? 何言ってるんですか、ルディ様!? 頭でも打ちました!?」
「突拍子もない事言ったのは分かってるけど、流石に『縁起でもない』は酷すぎない!? そっちのが責任云々より失礼だよ!?」
クレアの絶叫に、ルディも絶叫で返す。別に不敬だなんだというつもりは無いが、流石に傷つくからだ。大事な事なのでもう一度言うが、ルディにはちゃんとあるのだ。人の心が。
「す、すみません! 縁起でも無いは失礼でした。ですが……」
「……まあ、策としては最もベターっちゃベターではあるんだけどね。僕は王子だけど婚約者のいないフリー王子だし……平凡王子でなんの実権も無い。クレアが婿取り必至なら、婿に行くことも出来る。現状でクレアの所にお婿さんに行ってくれる人、いる?」
「……難しいと思います」
「僕は事情も知ってるし、そこのところはクリアできる」
「……」
「エディとの噂はそれで払拭できるでしょ? 正式な『僕の婚約者』となれば、いまみたいな扱いは受けないとは思うよ? むしろ、同情を買えるかもしれないし……なんなら、『ルディ様に無理矢理婚約者にされました!』って言ってくれても良い」
「そ、そんな事は!」
「まあ、僕に考えられる責任の取り方ってそれぐらいしか無いんだよね~」
全員を説き伏せる、なんてことは絶対に無理だ。ならば、それ以上のインパクトのある噂で塗りつぶせばいいや、の精神である。
「……友達は出来そうにないですね、それだと」
「……まあ、『親友』みたいなものは難しいかもね。でもさ? 貴族の子息同士の友情関係ってある程度は打算も入るものでしょ? そういう面で見れば、『王子の婚約者』ってのは悪くないんじゃない?」
先ほどと真逆の事を考えるルディ。これはきっとクレアの望む友人関係ではないだろうが、まあ……已む無しである。
「……なんというか……達観されていますね」
「そうじゃない友情もあるかもだけどね。まあ、その話はいいや。なもんで、結構悪くないアイデアではある。アイデアではあるんだけど……二点ほど、問題が」
「……問題、ですか? ええっと……どんな?」
首を傾げるクレアに、ルディは言い難そうに口をモゴモゴと動かして。
「クレアが『第一王子と第二王子を誑かした悪女』って呼ばれる可能性がある……と、言いましょうか……」
絞りだす様なルディの言葉。そんな言葉に、クレアは――今まで出会った中で、一番の笑顔を浮かべて。
「……既に『第二王子を誑かした』って言われていますけど、なにか?」
「……悪評がアップデートされるじゃん」
「今更です。『勲章』が一つ増えただけの話ですから。その内、撃墜王とか言われるんじゃないですかね?」
けっ! と言いそうなクレアの表情に、ルディの憐憫の情メーターが跳ね上がる。
「まあ、クレアが良いなら良い。良いんだけど、その表情、止めない? 貴族令嬢がしちゃダメな表情だよ?」
「お言葉ですがルディ様? この表情は貴方の弟の王子殿下がしちゃダメな行動したせいなんですけど?」
「……すみません」
「……冗談です。それで、二つ目は?」
「実現可能性が無茶苦茶低い、ってこと」
「……ダメじゃないですか、それじゃ。なんだったんですか、今までの話」
そう言って苦笑を浮かべて見せるクレアに、ルディも苦笑を浮かべて見せる。
「……本当に、優しいお方ですね、ルディ様は」
「……優しいっていうよりは責任感、みたいなものだけどね、これは。まあ、実現云々は置いておいて、立場悪くなりそうなら言ってくれて良いよ? 『ルディ様に迫られている』とか、そんな感じの事」
「……それではルディ様のお立場が悪くなりますよ?」
「大した立場もないしね、僕。だからまあ、じゃんじゃん使っちゃってよ。それにさ? 僕たちって」
友達でしょ? と。
「友達が困ってたら力ぐらいは貸すよ」
「……もう……どうします、ルディ様? 私が本気にしちゃったら。今の、ちょっとだけ『きゅん』ってしましたよ?」
「弱っている所に付け込んでる感が最高に平凡王子って感じだけどね? それで? 本気でお嫁さんにく――」
「――――――楽しそうなお話をしていますね、ルディ? お嫁さん、とはどういう意味でしょうか?」
クレアの『ひぅ』という息を呑む音が漏れた。その音を聞きながら振り返ったルディの視線の先に、にっこりと微笑みながら背後にブリザードを背負ったディアが腕を組んで立っていた。