第百八十八話 クラウス捕獲計画
「……いや、殴りたいって……」
ルディの呆れた様な表情と――それ以上、怨嗟の籠った様な視線を向けてくるアインツに、クラウスが肩を竦めて見せる。
「なんだ、その表情は!! お前、自分がどれだけ恵まれてるか分かっているのか!? あんな可愛らしい幼馴染が居て、その幼馴染がお前の事を好いてくれているんだぞ!? それをお前……恥を知れ、恥を!! 男として情けないと思わないのかっ!! この勝ち組リア充が!!」
「……なんだよ、恥って」
大袈裟にため息を吐いて見せるクラウス。そのクラウスに、アインツの怒りのボルテージが再び上がりかけて。
「そもそも、エカテリーナと結婚は多分、無いぞ?」
「……なぜだ?」
「エカテリーナはロブロス家の長女だぞ? 淑女教育も受けている、立派なレディだ。そんなレディを、例え近衛とは言え次男坊である俺の所に出すと思うか?」
「それは……」
「家格的に俺んちとロブロス家は釣り合いは取れているけど、エカテリーナがもし嫁ぐなら俺じゃなくて兄貴じゃね?」
「……」
クラウスの言葉にアインツは黙り込む。結婚とは家と家、エディとディアの例を取るまでもなく、家に『メリット』が無いとする意味は無いのである。無論、家族の幸せを願ってのパターンもあるし、どちらかと言えばラージナル貴族の場合自由恋愛は推奨されている節はあるが、それでも、である。
「家は兄貴が継ぐしよ? そうなれば俺は兄貴に仕えるか……まあ、貴族籍を離れて平民として生きるかのどっちかだろ? そんな、今後どうなるかわかんねー男に、自分の可愛い娘を嫁がせると思うか?」
「……それは……まあ……だ、だが! 分家をおこせば――ああ」
「そ。俺が分家をおこしたとしても、実家より高い爵位は貰えないだろうしな? そうなるとまあ、俺もどっかの貴族の次女とか三女を娶ってって話になんだろ。ウチより爵位の低い所のな」
何でもない風にそういうクラウスにアインツも黙り込む。そんなアインツに、クラウスはにこやかに笑って見せた。
「ま、そういう事で俺とエカテリーナが結婚なんて絶対にねーよ。エカテリーナもそれは分かってるだろうし、そんな俺にエカテリーナが惚れる訳ねーよ。まあ、エカテリーナ……リーナの事が好きか嫌いかで言えばそら、好きだけどよ? さっきの理由で未来がねーからな、リーナとは」
ないない、と手を振って見せるクラウス。そんなクラウスが少しだけ居た堪れなくなり、ついっと視線を逸らし。
「それで……エカテリーナ様はクラウスの事が……」
「え、ええっと……その、はい。恥ずかしながら……し、慕っています。あのバカ、全然気付いてくれないですけど……」
「まあ、クラウスったら! 彼は昔からそうですけど……少しばかり、女心に疎い所がありますからね……」
「そ、そうなんですよ、クラウディア様! ま、まあ? そう言いながらも誕生日は必ず祝ってくれますし、プレゼントも全部自分で選んで渡してくれたり、や、優しい所もありますし? 逆に、逆にですよ? クラウスが女心に敏感だったら、爆モテしそうな感じもしません?」
「あー……そうですね。確かに、クラウスも優良物件ですものね。顔も良いですし、運動神経は抜群。誰にでも分け隔てなく接する器もありますし……近衛騎士団長家の令息ですものね。あら? でも、クラウス、上にお兄様がおられませんでした?」
「はい、クリスティーナ様。確かにクラウスには上にお兄様が居ますね。なので、結婚相手としての人気は少ないかも知れませ――だからこそ、チャンスですが」
「と、申しますと?」
「クラウスは人間的には魅力的ですが、結婚相手としての人気は少ない。まあ、次男に好き好んで嫁がせる貴族は居ないでしょうし。だからこそ、ライバルの少ない今の内に外堀内堀両方埋めて――」
「埋めて?」
「――私が、クラウスを貰います」
「……ロブロス家も良い顔をしないのでは?」
「我が家には従属爵位もありますので。クラウスが問題なければ、ロブロス子爵家を私が立てて、その家に婿入りをして貰う事まで考えています。お父様もクラウスならば、と仰っていますし……ただ、一点問題が」
「問題?」
「あの鈍いクラウスです。誰かに無自覚に優しくして、勝手にホレられてしまう可能性があります」
「ああ、その可能性はありそうですね」
「私が同じクラスなら、どんなハイエナからもクラウスを守るのですが……生憎、別のクラスですし……それで、その……本当に厚かましいお話で恐縮なのですが……」
「私達に、クラウスを狙う女狐を排除しろ、と?」
「そ、そこまでお願いは出来ません! で、ですが……よ、宜しければ、クラウスのクラスでの様子などを、その……お、教えて頂ければ……」
「……」
「……あ、厚かましすぎましたね? も、申し訳――」
「水臭い」
「――あり……え?」
「なにを仰っていますか、エカテリーナ様!! クラウスは私たちの大事な幼馴染!! その幼馴染の『良い人』なら、それは私たちの幼馴染も同意! ねえ、クリス!!」
「そうですよ、エカテリーナ様!! そこまでクラウスを大事に思っている貴方の乙女心に私、感服致しました!! 勿論、私が責任を持ってクラウスに群がる女狐を排除して見せましょう!!」
「クラウディア様……クリスティーナ様……」
「水臭いと言ったでしょう! 私の事はクリスで構いません!!」
「ええ! 私の事もクララで結構です、エカテリーナ様!!」
「クリス様、クララ様……はい! 私の事も是非、リーナとお呼び下さい!!」
「わかりました! それで、リーナ様? その、もう少し具体的にお聞きしたいのですが、クラウスの何処に惚れて……」
「……」
視線を逸らした先で、和気藹々と『クラウス捕獲計画』を論じている三人娘を視界に納めて、アインツはそこからも視線を逸らす。
「ん? どうした、アインツ?」
向けた視線の先できょとんとしているクラウスの顔に、少しの憐憫も込めて――でも、よく考えたらあんだけ愛されるの幸せじゃね? と愛憎混じった様な感情のまま、アインツはクラウスの肩にポンっと手を置いて。
「リア充、爆発しろ」
「なんで!?」




