第十七話 クラスメイトの中で、クレアを救ってくださる方はいらっしゃいませんか!?
王城で悪巧みが行われた翌日。入学式での婚約破棄事件により、学園全体はピリピリとした雰囲気が漂っていた。まあ、無理もない。この国の王子で次期国王候補ナンバーワンのエディとラージナル王国きっての名門貴族メルウェーズ公爵家の令嬢であるディアの婚約破棄である。騒然としない方が嘘である。
「……」
そんな学園の一年一組。クラス中の雰囲気がどんよりと思い教室でルディは小さくため息を吐いた。そりゃ、こんな空気にもなるよね? と。
「……はぁ」
この学園、『身分の上下の別なく学べ』という学是のもと、貴族。平民関係なくクラス分けがされている。王族と言えど特別扱いはしない、という建前になっているのだが……まあ、考えてみれば分かる話ではあるが、エディとルディは王子であり、どちらかがこの国の国王になる可能性が非常に高い。そんな二人を別々のクラスにするのは警備上のリスクもある。だから、この二人は同クラス。なら、『学友』として五歳から付き従ったクラウスとアインツも同じクラスの方が良いよね? んじゃ、婚約者であるディアも同じクラスにまとめちゃおう! という感じでクラス分けが為されてたりする。為されてたりするのだが。
「あ……る、ルドルフ殿下……お、おはようございます」
『それでも平等が建前だよね!』と学園の首脳部が思ったのかどうかは分からないが、バランスを取ったみたいに他のクラスメイトは軒並み子爵、男爵クラスの低位貴族で固められていた。何が言いたいかと言うと。
「……おはよう、クレア嬢」
このクラスにはクレア・レークスも居たのである。婚約破棄された令嬢と、婚約を申し込まれた令嬢、それの主犯である王子殿下の揃い踏みである。そりゃ、教室内の空気もお通夜みたいになるってもんだ。こんなの、完全に事故物件級のクラスだ。
なお、余談ではあるが、このクラスの担任を任された新任のジョディ・ローレル女史は『む、無理です!! 王子殿下と宰相閣下と近衛騎士団長の御子息、それにクラウディア様までは私に教える事は出来ません!!』と半泣きどころか全泣きで抗議の声を上げたらしいが、残念ながら学園は年功序列激しい昭和日本システムであり、彼女の訴えは棄却された。
「……隣の席、なのですか?」
「うん、そうみたい。ほら、座って座って」
隣の席を指さし、にっこりと微笑むルディ。少しでもこのクラスの雰囲気が良くなればと、心持明るめの声を出す。ルディだってこんなお通夜会場みたいなクラスで一年間過ごしたくないのである。
「し、失礼します」
「固いな~、クレア嬢。そんなに畏まらないでよ? それにホラ、昨日も言ったじゃない? 僕の事はルディで良いって」
「そ、それは……流石に不敬かと」
「不敬じゃないってば。ほら、学園内は平等でしょ?」
「そ、それは……建前、と申しましょうか……」
「んじゃ、僕たちでそれを建前じゃなくしよ? ほら、呼んでみて?」
さあ、さあ、と促すルディ。なんだか子供っぽいその姿に、緊張していたクレアの顔に少しだけ笑みが浮かぶ。
「……クス。それでは……ルディ様?」
「うん、なに? クレア嬢」
「呼んでみただけです。それで……ルディ様も、私の事は『クレア』と……敬称抜きでお呼び頂けますか?」
「分かったよ、クレア! これから一年間、よろしくね?」
「……はい!」
クレアの顔が完全な笑顔に。流石はクソゲーと言えど主人公、はにかんだ様なその笑顔は綺麗で可愛らしい。
「……お話通りですね」
「お話?」
「ルディ様のお噂です」
「平凡王子?」
「あ、い、いえ……そ、その……」
「ははは! 気にしなくて良いよ? 僕自身、『平凡』だな~って思ってるし。エディに良いところ、全部持ってかれたからさ」
そう言って苦笑を浮かべて見せるルディ。そんなルディに、曖昧な笑顔を浮かべるクレア。
「いえ……お噂の方は違います。ルディ様は王子という、この国で最も高貴なお方の一人です。なのに、偉ぶる事もなく、私たちの様な下々の人にもお優しいと……そういうお噂です」
「あー……まあ、そう言って貰えると嬉しいかも。特に大層な事をしている訳じゃないけどさ?」
元々が小市民日本人であるルディにとっては、身分の上下に関しては若干疎い所がある。まあ、こちらで暮らして十年経つわけだし、ある程度は理解も納得もしているが心情的にちょっと、なのである。
「ま、まあ僕の事は良いよ! それで? クレアは今日、どうやって学校に来たの? レークス家は王都にタウンハウスがあるの? それか、寮? まさか、下宿とかじゃないよね?」
「私は寮ですね」
この学園、国中の貴族や平民が通う事もあって、学園内に併設された学園寮がある。ちなみに全寮制という訳ではなく、ルディやエディの様に王都に家……と言うより城だが……がある人間は通い、それ以外の人間が寮に住む、というイメージである。貴族寮という訳では無いが、学園には貴族階級も多い事からその空気を嫌って一部の学生は下宿を借りたりもしていたりする。
「へえ、寮か! いいね、寮生活! 楽しそう――」
『楽しそうで良いね』と言い掛けて『やばっ!』と思って手で口を覆うルディ。だが、少しばかり遅い。クレアの目のハイライトさん、ストライキを始めてしまった。
「……お母様もこの学園の卒業生なのです」
「……うん」
「お母様は隣の男爵寮の出身なので、学生寮出身です。お母様、言ってました。『学園寮、凄く楽しいわよ! 食堂で誕生日パーティーしたり、学園祭では徹夜で誰かの部屋で作業したり、談話室でカッコいい男の子の話とか朝までして、次の日授業中にこっそり居眠りしちゃったり……ね? おっと、最後のはお父様には内緒ね?』って」
「……う、うん」
正直、もうあんまり聞きたくない。落ちが読め過ぎて。
「……談話室、行ってみたんです。『はじめまして』って、明るく笑顔で挨拶をしたんですよね?」
乾いた笑いを浮かべて。
「……談話室から、人が居なくなりました」
「……」
「そそくさと皆さん、逃げていきました。目を合わさない様に……あはは。談話室なのに、談話する人が居なくなったんですよ? 面白いですよね、ルディ様?」
「……」
「……笑ってください。いえ、私とルディ様、お友達なんですよね? じゃあ、『不敬』とか無いですよね?」
「う、うん。そうだよ。不敬とか言わないよ?」
ルディの言葉に、クレアはにっこりと――相変わらずハイライトの消えた目を浮かべ。
「――マジであの弟さん、なんてことしてくれやがりましたか? お兄さんですよね、ルディ様? 責任取って貰えません?」
ガンギマリの目でこっちを見るクレアからそっと目を逸らし、ルディは心の中で思う。
――クラスメイトの中に、クレアを救ってくれる方はいらっしゃいませんか!? と、切実に。




