第十六話 やっぱり不憫なのはクレア
「……お前な?」
良い笑顔で親指を『ぐいっ!』と上げて見せるエディに、呆れた様にクラウスがため息を吐く。そんなクラウスにエディはにこやかな笑みを浮かべたまま口を開いた。
「いや、お前らも知っているだろう? アインツ、クラウス。私がどれだけあの悪魔に苦しめられて来たか! 知らないとは言わさないぞ?」
「いや……」
「まあ……」
エディの言葉にクラウスとアインツは顔を見合わせて口籠る。そんな二人の態度を肯定と取ったか、エディの言葉に勢いが付く。
「なあ、お前らも知っているだろう? あの悪魔が私にどれだけ酷い事をして来たか!! 私がどれだけ枕を濡らして来たか!! 知らないとは言わせないぞ!! 本当に、すっきりしたんだ! 公衆の面前であの悪魔との決別が出来た事、どれほど嬉しかったか!! いや~、本当に、昨日は最良の日だったな~! 生きてて良かった!!」
清々しいまでに良い笑顔を浮かべるエディ。
「……いや、別に決別出来た訳では……」
「……つうかな、エディ? お前、このまま行ったらルディとクラウディア、結婚するぞ? つうことは、だ。クラウディアはお前の義理の姉になるんだぞ? お前、あのクラウディアが義理の姉だぞ? ぜってーお前みたいな義弟、いびり倒すに決まってんだろ?」
「あはは! 問題ない! そうなったら私は田舎に引き籠って夢のスローライフを送るからな!! いや~、バラ色の人生だ!!」
出逢ってから今までで、一番の笑顔を――まるで五歳の頃『あにうえ! あにうえはすごいです!』と無邪気に笑っていた頃の様なエディの表情に、クラウスとアインツ、心の中で涙が止まらない。
「……コホン。まあ、それでお前が幸せなら私たちは何も言わんさ。だが、どうする? 話を戻すが、クレア嬢の扱いは色々と不味いぞ?」
先ほどまで哄笑していたエディの顔が歪む。エディとて――まあ、あの行動見たら『うん?』とはなるのだが、それでも馬鹿ではない。
「可哀想だよな、クレア嬢。入学式にいきなりオウジサマに公開プロポーズで、翌日には宰相と近衛騎士団長に鬼ヅメだもんな。俺だったら卒倒するぞ?」
「だな。流石にアレは可哀想が過ぎる。悪目立ちの極致みたいなものだ」
「……彼女には申し訳ない事をしたと、本気で思ってる」
神妙な顔で頷いて見せるエディ。そんなエディに、アインツは再びの思案顔を浮かべる。
「……かといって、エディがクレア嬢を娶るというのも不味い。流石に男爵家は――怖い顔をするな、エディ。お前だって分かってるだろう?」
「……分かってる。家格の問題は如何ともしがたいからな。クソ! 皆、兄上を見習えば良いのに……」
「……ルディの考えは素晴らしい考えだとは思うが、中々現実にするのは難しいさ。まあ、それは良い。ともかく、クレア嬢をどうするかだ。流石にあのままでは可哀想だし……お前の悪評にもなりかねん」
入学式初日に右も左も分からない男爵令嬢に公開プロポーズしたのに、その後はただ放置。流石にこれでは外聞が悪すぎる。
「んじゃ、どうする? 正室は無理でも側室くらいならいけるんじゃね? エディが王位を継がなくても、ルディが国王になればエディは王弟だし、そこそこの爵位と領地はもらえんだろ? 側室の一人や二人取っておかしくねーだろ?」
クラウスの言葉にアインツは首を左右に振って見せる。
「いや、クレア嬢のご実家のレークス男爵家の子女はクレア嬢だけだ。婿取り必至なんだよ、彼女は。側室に差し出せ、と言えばあまり良い顔はしないだろう。まあ、王命として言えば通らんではないだろうが……」
チラリと視線を向けると、エディも左右に首を振って見せる。
「それはダメだ。なにより、身分差で無理矢理なんて彼女にも失礼だしな」
「だろうな。お前の嫌いそうな事だ」
苦笑を浮かべるアインツに、エディも同様に苦笑を浮かべて見せる。
「そう言えば……そもそもなんだけどよ? エディ、お前クレア嬢の事どう思ってんだ? 入学式にあんな事してるんだし、そりゃ嫌いじゃねーんだろうけど……なんだ? まさかガチで一目惚れとかしちゃった感じ?」
苦笑を浮かべていたアインツとエディを見ていたクラウスがなんとはなしに口を開く。その言葉を受けて、エディは小さく首を捻る。
「……正直、よくわからない」
エディの言葉に二人がしらーっとした視線を向ける。その視線に気付いたか、エディが慌てて手を振った。
「ち、違う!」
「……うわ……聞いたか、アインツ?」
「……ああ。まさかこんなに酷い奴だとは……付き合いを見直すか?」
「ち、違う! 本当に違うんだ! 最初に出逢った時は運命だと思ったんだ! 運命だと思ったんだが……」
声が小さくなるエディ。そんなエディに、続きを話せと言わんばかりに顎をしゃくって見せるアインツ。
「そ、その……クレア嬢が可憐なのは認める。自身の評価を落とすという目的もあった。あったが……少し冷静に考えると、『常識的に、あれはない』とちょっと思ってたりも……その……し、します……」
完全に聞こえなくなったエディの声。そんなエディに、クラウスとアインツはため息を吐く。
「……まあ、恋は盲目とも言うしな。一目惚れで舞い上がって、勢いで言っちゃったって感じか?」
「熱病の類とも言うしな、恋愛とは。完全にクレア嬢はとばっちりだが」
もう一度、大きくため息を吐くクラウスとアインツ。そんな二人に縋るような視線を送るエディに更に大きなため息が異口同音、二人の口から洩れた。
「……どうする、アインツ?」
「……まあ、知らん仲では無いしな。エディの不始末なら……尻拭いくらいはしてやるか」
「……アインツ……クラウス……」
「その代わり、お前はしっかりクレア嬢を守れ。クレア嬢の居心地は今後、最高に悪くなるだろう。そんな悪評から、すべてを守るくらいの気概は見せろ」
「わ、分かっている! 全力でクレア嬢のフォローをする!」
「ああ、それでいい。クラウス?」
「ま、乗り掛かった船だしな。そんじゃ俺らもクレア嬢を守るか。宰相と近衛騎士団長の息子が側にいりゃ、変なイジメとかはねーだろうし」
「そうだな。基本的には俺たち三人で行動し、陰日向にクレア嬢を守るとするか」
「……本当に……申し訳ない」
「そう思うなら、もうこういう軽率な行為はするな」
『はい』としょぼんとするエディに、クラウスとアインツは苦笑を浮かべ、この手の掛かる幼馴染に最後まで付き合うか、と思うのだった。
……思うのだった、が。
第二王子、宰相の息子、近衛騎士団長の息子と、この国でもトップ層に近い位置にある貴族の令息に囲まれる事で、クレアの『婿取り』がますます遠のくことになるのは、この時の三人は誰も知らなかった。クレアの明日はどっちだ。