第百六十五話 林間学校と言えば、これ。
ルディの『他所でやれ、お前ら』発言に一度は頷いたものの……こう、まあ、アレだ。折角の林間学校なのである。今まではお互いに色々と立場やらなんやらがあったり、外出も難しいというハンデがあったり、そもそも超絶恥ずかしがり屋であるみたいなデバフが掛かっているディアの目には、エルマーとユリアの『ふれあい』は輝かしく見えるものがあった。
「……頑張ります、私」
「……頑張って、と言っておきますが……それをなぜ、私の部屋に言いに来るんですか?」
胸の前で両の拳を『ぐっ』と握ってそう宣言するディアに、クリスティーナが半眼で応える。胸元にあるルディからのプレゼントをちょこちょこ弄りながら、ディアに言葉を続けた。
「そもそも……頑張りますってクララ、一体何を頑張るつもりですか?」
そう言ったクリスティーナの眼前に、ディアは一冊の冊子を差し出す。表紙には『林間学校のしおり』と書いてあるそれを嬉々として捲り、目当てのページまで進むとそれをクリスティーナに見せつけた。
「これです!」
「……肝試し、ですか?」
「そうです!! 肝試しです!! 男女ペアで行う、林間学校最大のイベントと言えばこれ! これにすべてを掛けるんです!!」
鼻息荒くそう言い募るディアに、クリスティーナは『はぁ』と気の乗らない返事を返す。その声に、ディアが少しだけ『むっ』とした顔をして見せた。
「……なんですか、その気の無い返事は。何かおかしなことを言っていますか、私? 肝試しと言えば定番のラブラブイベントじゃないですか! このイベントで、ルディに私を『女』であると意識させます!!」
「いえ、確かに定番のイベントですよ、肝試し? ですが……」
ディアの手から冊子をひょいっと奪い、ページを読み込む。と、目当ての一文を見つけてそちらの指でトントンと叩く。
「ここ。『ペア分けの抽選は七時からにつき、遅刻しない様に』と書いてありますよ?」
「それが?」
「だから……良いですか? ペア分けの『抽選』ですよ? 抽選なんですよ? なんで貴方、ルディとペアになるって決まってると思ってるんですか?」
クリスティーナの指摘に、ディアは慌ててクリスティーナの手から冊子を奪ってその一文を読み込み、そして絶望の表情を。
「ああ。それは既に先生に『お願い』しているからですよ。我らが担任のジョディ先生に」
「脅迫ですか!? 何時かやると思っていたし、やっても驚くことはないですが……まさか、こんなに早く!?」
「……貴方が私の事をどう思っているか、よくわかる発言をありがとう、クリス。そして失礼な事を言わないでください。そして、脅迫じゃありません。おねが――」
「ああ、買収の方ですか。幾ら包んだのですか?」
「……貴方ね?」
はぁと大きなため息を吐いて、ディアは目を右手で軽くもんだ後、その右手の人差し指をピンと立ててフリフリと振って見せる。
「良いですか? 冷静に考えてみてください? 今、この学園で一番ホットな話題は何だと思いますか?」
「ホットな話題? ええっと……なんでしょう? ルディが格好いいとか?」
「それはホットな話題ではありません。ルディが格好いいなんて太古の昔から分かり切っている事なので。強いて言うなら今ではなくずっとホットな話題です。そうではなく」
一息。
「――私とエドワード殿下の婚約破棄です」
「……ああ」
「もし、本当に完全抽選などしてみなさい? 仮に私とエドワード殿下が同じペアになったらどうなると思いますか?」
「……完全に場が凍りますね。肝試しとしては完璧じゃないですか? 涼をとるのが目的ですし」
「趣旨が違い過ぎる肝の冷え方でしょう、それは。そして、きっと何人かの教師の首が飛びますよ? 社会的ではなく、物理的に」
「……可能性はありますね」
「まあ、そうではなくてもユリア様とエルマーの様に、既にペアが決まっている人間を無理に分かつ必要は無いでしょう? 既に婚約者がいる貴族令息、令嬢もいるのです。他のペアと真っ暗な夜道を二人で歩く、なんて面白くは無いでしょうし」
「まあ……確かに」
「それに……相手もイヤでしょうしね? 婚約破棄された貴族令嬢、しかも王子様の元フィアンセの相手など」
この辺り、学園の配慮はまあまあ行き届いていると言っても過言ではない。と、言っても別に『子供たちを気遣って』とかではない。幾ら子供とはいえ、『親』の家名を背負って学園に来ているのだ。普通に仲のあまり良好ではない貴族の令息と令嬢がペアになって揉めたりした日なんか、ディアでは無いが教師の首が飛びかねないのだ。いわば保身の技である。
「そう……そうなると私のペアも難しいでしょうね?」
「あら? クリスは簡単でしょう? エドガーとペアを組ませておけば良いのだし」
「お兄様かぁ。まあ、イヤでは無いですけど……私もルディとか良かったです」
「まあ、ルディはこの国の第一王子ですし? 単純に『格』の面や……後は今のこの国の現状を考えれば、私とルディの仲が良好な方が良いでしょうしね? その為に、きっと私とルディをペアにするでしょう」
そう言って、ディアはもう一度拳を握って。
「――この肝試しで、必ずやルディに気持ちを伝えて見せます! そ、そして……ゆ、ユリア様みたいに、わ、私も学園生のウチから……ま、ママに!!」
「……とりあえず、涎を拭きなさい、クララ」
だらしない顔を浮かべるディアに、クリスティーナは手元にあったタオルを投げて寄越し、大きなため息を吐いた。




