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第十三話 被害者一号


 アインツとクラウスと別れたルディは中庭を出て再び王城を歩いていた。と、目の前で呆然と佇む一人の少女が目に入った。


「……あれは」


 ピンクの髪色のボブカットに、つやつやな唇に、大きな瞳。一目で目を引く美少女だ。



「……クレア・レークス」



『わく王』の主人公であるクレア・レークスである。


 クレアは『わく王』では珍しく、『顔分け』が出来ているキャラクターだ。『いや、普通はそっちじゃなくて男性キャラの描き分けしろよ』とか『あのさ? 別に主人公の顔とか興味ないんだよ。なんで主人公のビジュ良いんだよ! そのリソースを男性キャラに使え!』とネットで総突っ込みを受けたキャラクターである。


「……流石、主人公。可愛い顔してる。可愛い顔してるけど……」


 今はそんな可愛い顔に生気が宿っていない。完全に虚ろな瞳で城の天井を見つめている。その姿は飼い猫とかが何もないお風呂場の天井とかをずっと見つめている姿にダブり、思わずルディは身震いする。


「え、えっと……クレア嬢?」


『かかわるの、やめておこうかな?』と一瞬ルディは思うも、『いやいや、これから学友になるんだし』と思い直し、声を掛ける。そんなルディの言葉に、クレアは緩慢な動作で視線をルディに向けた。


「……十五歳の目じゃない」


 前世で『今日で十八連勤なんだ』と言った先輩の目だ。少なくとも、これから始まる新生活に向けた期待とも希望溢れる若人の目では絶対にない。そんなクレアの視線が完全にルディを捉えて。




「ひ、ひぃ!! え、エドワード殿下!? まだ何か!? もう、勘弁してください!! 申し訳ありません!! ゆ、許してください!!」




 明らかに怯えた視線で『ずさー』っと後ずさった。その行動の意味が分かりかね、それでも決して好意的でないことを悟ったルディは慌てて両手を振って見せる。


「ち、違うよ! 僕はルドルフ! ルドルフ・ラージナル! エドワードの双子の兄! 聞いたこと無い? ラージナル王国の双子の『平凡王子』の方!!」


「あ……ルドルフ殿下……し、失礼しました」


 ルディの言葉に少しだけ冷静さを取り戻し――それでも、相変わらず生気の抜けた目のまま、カテーシーを披露するクレア。本来であればもうちょっと上手く出来るのであろうが、なんだか今は糸の切れた操り人形みたいに見える。端的に言って、ちょっと怖い。


「え、えっと……クレア嬢? ど、どうしたの? なんだかその……も、物凄く疲れた目をしているんだけど……僕で良かったら、話聞くけど……」


 繰り言になるが、十五歳の目ではない。この瞳は『良いか? 仕事ってのは定時から始まるもんだぞ? 終電ってのは翌日の朝に走る電車の事だからな?』と言っていた、上司の目なのである。ぶっちゃけ、関わり合いたくはない。関わり合いたくはないが、乗りかかった船という言葉もある。そんなルディの言葉に、虚ろな瞳のまま、クレアは口を開いた。




「……悪気は、無かったんですよ?」


 


「……うん? わ、悪気?」


「だって……あんなくたびれた姿をしているのがエドワード殿下だって……思わないじゃないですか」


「……そんなにくたびれた格好してた?」


「領地の収支報告を見るお父様と同じ目をしていました」


「……」


「……折角の入学式です。皆が楽しい方が良いって……そう思ったんです」


「う、うん。その通りだよね? 僕もそう思うよ?」


「……だから、『大丈夫ですか?』って声、掛けたんです。お友達になれたら嬉しいな~って……そう、思って」


「う、うん。素晴らしい心がけだと思うよ、うん! か、掛け値なしに!!」


「『くぅー』って可愛らしいお腹の音が聞こえたから、『食べますか』ってクッキー差し出したんです。そしたら、嬉しそうに食べてくれて……」


「……」


「……嬉しかったんですよ? 手作りだったし……『美味しい、美味しい』って食べてくれたのは、本当に嬉しかったんですよ? 『君は心根の優しい、素晴らしい女性だ』って目も眩むような笑顔を向けて下さって……内心、ドキドキもしたんですよ? 格好いい男性でしたし」


「……ああ、うん。エディ、顔の造形良いもんね~」


 一卵性の双子、同じ顔であるハズなのだが、ルディの顔は良いように言えば優しげ、言葉を選ばなければなんとも間抜けな顔に映る。その点、エディは『精悍』という言葉が似あう。これは、誰からも愛されたルディと、殆どの人から愛されながら婚約者に蛇蝎の如く嫌われた差であろう。


「……本当に、悪気は無かったんです。本当に悪気はなかったのに――」


 そこで、一息。




「――さっきまで、宰相閣下と近衛騎士団長閣下に尋問されていました」




 背中が、煤けてた。


「『どのような手段を使ったのだ? クラウディア嬢との婚約を破棄する等、エドワード殿下がするハズがない』って、宰相閣下に詰められて、『貴様、手作りのクッキーを殿下に喰わせたらしいな? 一国の王子に毒見が必要なことくらい、分かるであろう? まさか――』って怖い顔で言われて……」


「……」


「……私……本当に、悪い事なんかしようとしてなかったんですよ? お母様が『いい、クレア? 人には優しくするのよ? そうすれば、優しくした分、自分にも返ってくるんだから。でも、見返りなんて求めちゃだめ! 貴方は貴方の心の赴くまま、人に親切にするのよ?』って。私もそう思って、自身の心の赴くままに傷付いた人を癒そうと思っただけなんですよ?」


 瞳のハイライトさんが、ストライキを起こした。



「……ねえ、ルドルフ殿下?」



 ハイライトが消えた顔で、それでも笑みを。





「私……前世でどんな悪い事、したんですかね……?」





 ……乾いた笑みを浮かべるクレアに、ルディは合掌することしかできなかった。



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