第十二話 頑張れ、幼馴染!
『ともかく! 二人とも、エディの味方しちゃ駄目だよ? 僕、今日はちょっと怒ってるんだから!』とアインツとクラウスに告げて去っていくルディの背中を見ながら、二人は同時にため息を吐く。
「……どう思う?」
「エディの事だ。決して浅慮でそういう行動を起こした……と、思いたくないが……」
「……クラウディアの普段の『あの』態度見てたら、そりゃブチ切れてって線もなくねーか」
クラウディアはルディの前でこそ、何重にも猫を被っていたがルディのいない所でのエディへの扱いはそりゃもう、酷いもんだった。そんなエディの扱いを知っている幼馴染の二人としては、クラウディアの婚約破棄は『そりゃそうでしょう!』と思ってもいた。むしろ、幼馴染的にはクラウディアと婚約破棄した方が絶対幸せになれるとすら思っていた節すらある。
「クラウディア、こないだ近衛騎士団の倉庫にいたんだよ。『なにしてんだ?』って聞いたら……なんて言ったと思う?」
「……タめるな。なんと言ったんだ?」
「『この中で一番重い鎧、どれですか? エドワード殿下に着て頂こうかと』だってさ。エディ、入学式で人一人背負って水泳させられたって言ってたけど……」
『最重量の鎧を纏って水泳するエディ』という想像を浮かべ、ぶるりと身を震わすクラウスにアインツはため息を一つ。
「……そう言えば、こないだ王城の図書館でクラウディアを見たんだ」
「図書館? でもクラウディアは勉強家でもあるし、王城図書館の入館許可も――」
「『大特集! 世界の毒大全!!』という本を読んでいた。真剣に、メモまで取って」
「……それに関して、クラウディア側の弁解は?」
「図書館でお喋りは厳禁だ」
「本音は?」
「怖くて声、掛けられなかった。後ろを気付かれない様に通ったら小さい声で『ふふふ……なるほど、この毒はこのようになっているのですね……?』とか言ってた」
「……」
「……」
「……なあ? もしかしてクラウディアって、エディを――」
「それ以上言うな、クラウス。クラウディアだって幼馴染の一人だぞ?」
言い掛けたクラウスの言葉を遮る様なアインツの言葉。その言葉に、クラウスはアインツの瞳をのぞき込み――息を呑む。まるで睨みつける様なアインツの瞳は、幾ら同じ幼馴染でも『そんな想像』は冗談でも許さない、と言わんばかりの、幼馴染の絆を感じる強い瞳。
「……悪い。軽率だった」
「そうだ。良いか? 幾らクラウディアが人外の化け物の様な、容赦のない悪魔の様な女だとしても……女だとしても……悪魔の様な女だな。ああ、いや! 悪魔の様なは言い過ぎだ! 精々蛇の様な執拗な……いや、これも酷い。こう……狡猾な女だが!」
「……おい、俺の謝罪を返せ」
クラウスのジト目には幼馴染の絆は微塵もなかった。勿論、自信なさげに揺れるアインツの瞳にも、だ。幼馴染愛なんてなかった。
「まあ、クラウディアの人物評は良いだろう。どう取り繕ってもクラウディアがルディ命であることに疑いはない。だからこそクラウディアはエディをどうこうしようとは思わんだろう。ルディ、エディの事大好きだしな。エディにもしもがあればルディが悲しむのは目に見えているし……クラウディアは愚かな女ではないからな」
逆説的だがな、とつぶやくアインツ。そんなアインツにため息を吐くことで肯定し、クラウスは言葉を継ぐ。
「……なんでルディはクラウディアに好かれている事自覚ねーんだろな? 誰がどう見てもクラウディア、ルディにベタ惚れなのにな?」
「自己評価が低いからな、ルディは。『自分なんかがクラウディアに好かれている訳がない』と本気で思っている節がある。あれほど聡明な男が、なぜあんな思考になるか、さっぱり理解出来んが……」
そう呟いたアインツの脳裏に、あの日、初めて出逢ったルディの姿が思い浮かぶ。全員が全員、混乱し右往左往する謁見の間にて。
『――五年前の父上のスケジュールに関する記録が残っている筈です。父上は国王陛下であり、分刻みのスケジュールが残っていませんか? そして、ハインヒマン家、ルートビッヒ家に関しても同じようにスケジュールに関する記録が残っているでしょう? 五年前、すべてを調べる必要は無いです。妊娠時期から逆算したざっくりした日付が分かれば、後はその時に二人が逢っていない事が確認出来るでしょう? 顔が似ているのは……まあ、ハインヒマン家には四代前、ルートビッヒ家に至っては二代前に王族の血が入ってますし、遠くはありますが、親戚ですから……顔が多少似てくるのは仕方ないでしょう。後はまあ、これも神様の思し召しではないでしょうか? 『顔も似てるし、兄弟の様に過ごせ』っていう、ね?』
「……五歳児が言う事だと思うか、あの日のルディ」
「……俺はお前程頭良くねーからルディが何言ったかは分かんなかったけど……大人が全員、びっくりした目でルディ見つめてたのは覚えてるよ」
「冷静になれば……たとえ、『少しの間』だとしても不義の子は生まれる可能性はあるがな。だが、あの一言で『そうだな』と皆が納得した」
「……とんでもねーよな?」
「とんでもない。五歳児が、だ。あの場にいた、この国の最高位の貴族や王族の中で誰よりも冷静だったのだ。私はあの時、ルディに『王の器』を見た」
「王の器、ね~」
「……不満か?」
「近衛は国王陛下の剣にして、盾だからな。俺的にはルディもエディも、どっちも剣を捧げるに足る相手だとは思ってるからな。どっちにしろ、変な事にはならんだろうし」
「……まあな」
「……なもんで、当事者の話でも聞いてみるか? 今なら……居るんじゃね、エディも自分の部屋に」
「そうだな。下手な考え休むに似たり、だ。行くか」
アインツの言葉にクラウスが頷き、二人は並んでエディの部屋に歩みを進めた。