第百二十七話 勝敗の差は、レア度
にこにこした笑顔を浮かべるディアに、『ひくっ』と口の端を引くつかせながら、額に青筋を浮かべるクリスティーナ。それも一瞬、殊更に笑顔を作ってクリスティーナはメアリに笑いかけて。
「ねえねえ、クリス!! 聞きましたか、今のメアリさんの言葉!! ほら!! 私の作戦、間違って無かったじゃないですか!! ルディ、もしかしたら私に好かれているかも知れないって思ったって!! もう、ルディったら!! 勘違いじゃありません!! 私、ルディの事大好きですからっ!!」
「――黙ってなさい、駄令嬢」
笑いかけ、失敗。あー、マジで殴りたい、この笑顔と思いながら疲れた顔をメアリに向ける。
「……本当ですか、メアリさん。いえ、疑っている訳では無いんです。疑っている訳では無いんですが……」
少しばかり、言い淀み。
「…………あんまりチョロすぎませんか、ルディ?」
そう、これである。いや、別に良いのだ。クリスティーナ的にも願ったり叶ったりではあるのだ。あるんだけど……
「……なんか、いまいち納得が行かないのですがっ!! だってクララのしたことって、るるるーってキツネ呼んでる様な声出してただけですよっ!! どっちかって言えば私の方が頑張ってたと思うんですが!!」
さっきまでは『なんて甘美……!』なんて思っていたが、よく考えたら酷い話である。なんせクリスティーナ、ことあるごとにプロポーズ紛いの事をして来たのだ。それを全く相手にされていなかったのに、ヘタレたディアのセリフでルディが相手の好意を自覚するなんて。
「……なんと言いましょうか……女性としての魅力を全否定された気分なのですが!!」
まあ、こういう事である。憤慨するクリスティーナに、メアリは少しばかり申し訳無さそうな視線を向ける。
「……女性としての魅力、という点ではクリスティーナ様とクラウディア様、そこまで大きな差異はないと考えています。こういう言い方はアレでしょうが……お二人とも、どんな殿方でも魅了するほどの魅力の持ち主かと」
「ルディ以外に好かれも嬉しくもなんともありません!! じゃあ、なんですか!! 私とクララの差、一体なんだというのですか!! アレですか!? 私が他国住みだから? 逢う機会が少ないからですか!!」
「いえ……それはあまり関係ないかと」
「では……はっ!! 私が昔は我儘放題の姫だったから!? ルディの好みではない!?」
「いえ、それも違うでしょう。そもそも今のクリスティーナ様にその頃の名残はありません。人の成長を喜ばれる方ですから、ルディ様は」
「それでは……」
尚も理由を考えるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、少しばかりの申し訳なさを、全力の申し訳無さに変えたメアリは。
「……その……レア度が」
「…………は?」
「……クリスティーナ様はこちらに来られた際……だけでなく、ルディ様がスモロアに出向かれた際も、どこかで偶然出逢った際も……ともかくルディ様にお逢いするときは必ず求愛と求婚を繰り返していたでしょう?」
「え、ええ! そ、そうですが!? それが――」
「それだけではなく、手紙も送られていましたよね? ルディ様が嬉しそうに――」
そこまで喋って言葉を切る。メアリは知っているのだ。クリスティーナからの手紙を受け取ると嬉しそうに……それでいて、少しばかり困った表情をルディが浮かべていたことを。
「詳細については私も知りませんし、ルディ様も語られませんでしたが……そこには求愛の言葉が書いてありませんでしたか?」
「か、書いていましたけど!? だ、だって!! ルディにはそれが有効だと……」
もう、完全に涙目のクリスティーナ。そんなクリスティーナに、本当に、ほんとーに申し訳無さそうにメアリは目を伏せて。
「……その……言い過ぎです。ルディ様きっと、『ははは。ありがとね、クリス』くらいにしか……思ってません」
「――ぐふぅ!!」
クリスティーナ、胸を抑えて倒れ込む。そんなクリスティーナに、慌てた様にメアリが駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか、クリスティーナ様!?」
「め、メアリさん……わ、私はもうだめです。後は……よろしく……お願いします」
「き、傷は浅いです!! 大丈夫です!! まだ! まだ間に合いますから!!」
自分で傷付けて良く言うものである、メアリも。
「……まだ……まに、あう?」
「そうに御座います!! 今までのクリスティーナ様は、ルディ様に『おせおせ』でした!! だからこそ、ルディ様はクリスティーナ様の好意に……その……『はいはい』という感じでしたが!! ですが、今はクラウディア様の好意によって、少しだけ、本当に少しだけですが、『好意』というものに気付きつつあります!! 此処がチャンスです、クリスティーナ様!!」
「……ちゃんす……」
「そうです!! 押してダメなら、引いてみろ!! これに御座います!! 良いですか? クラウディア様の好意がルディ様に通じたのは、今までエディ様の婚約者として、自身に好意を抱いていないと思っていたクラウディア様が、ルディ様に見せた事のない……照れた態度を見せた事です!! いわば、『ギャップ』! ギャップに御座います!!」
「……ぎゃっぷ……」
「そうです!! ですからクリスティーナ様!! 今まで見せていたルディ様への好意を、少しだけ抑えるんです!! 『貴方の事、そんなに好きじゃないですけど』という態度を取るんです!! そうすればルディ様、『あれ? クリスから好き好き言ってこないんだけど……どうしたんだろう?』と思うはずです!! そうなればイチコロですよ!!」
「……いちころ……」
キーワードを繰り返すだけボットと化したクリスティーナの目に、徐々に生気が戻りだす。そうだ! まだ、負けてない!! 負けてないんだ、クリスティーナ!! と自身をクリスティーナが励まして。
「――そうですよ~、クリス? 時代は『一歩引いた淑女』です。淑女の見本たる、控えめでおしとやかな淑女の私が、ご教授致しましょうか?」
「黙れ、痴女」
マジで殴りたい笑顔を浮かべるディアを、一刀両断で切り捨てた。本当に、ディアはすぐ調子に乗る。