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第百十三話 これだって、ボディタッチ


 クラウスの『ムッツリスティーナ』発言に思わずむっとした表情を浮かべながらも、『いやいや、それは本質じゃない』と思い直し、クリスティーナはコホンと一つ咳払いをする。


「……クラウスが言ったんじゃないですか。ガンガン行こうぜって。ですので、クララに出来る事を考えた時にはもう、押し倒すか頑張って押し倒すかの二択じゃないですか?」


 少しだけ冷静さを取り戻したか、ディアの事を『クラウディア』ではなく『クララ』と愛称呼びに戻すクリスティーナ。そんなクリスティーナに、クラウスはため息で持って応えた。


「……はぁ。それ、実質一択のやつ! っていうか、お前まで何言ってんだよ、クリス!」


「そんな変な事を言っていますか、私?」


「変な事に決まってんだろうが! お前、ルディの気持ち考えた事――」



「クララは見目麗しい乙女ですよ? そんなクララが、『ルディ……ずっと黙っていましたが、私は貴方の事を本当にお慕いしております。どうか……私のものになって』なんて言って押し倒して来て、ルディ、本心から『イヤだ』と思うと思いますか? ルディだって別に、クララの事が嫌いな訳じゃないですし」



「――……ま、まあ……うん」


 別に、ルディだってディアの事が嫌いな訳ではない。殆ど兄妹愛の類ではあるが、きちんと愛しているのは愛しているのだ。そんなディアに、『ずっと前から好きでした!』と押し倒されるのである。


「モノの本で読みましたが……ルディとクララは幼馴染です。幼馴染は負けフラグ、なんて言葉もありますが、私はそうは思いません。幼馴染だからこそ分かる、ただの恋人同士では分かり得ない感覚や、幼いころから接しているこその心理的ハードルの低さ、そういったものがあるのですよ、確実に」


「……」


「それが裏目に出て……まあ、所謂『家族にしか見えない』という状態になります。クララは当然、私もそうでしょう。だからこそ!」


 ぐぐぐ! と拳を握りしめ。



「――ルディを押し倒す事によって、『妹』ではなく『女の子』として見て貰う! これは決して愚策とは言えないと思います! どうでしょうか!!」



 ちなみに、クリスティーナが読んでいる本は王城謹製の『ルディ同人誌』――では、ない。クリスティーナが読んでいた本はクレアの実家であるレークス家の家宝、ラージナル王国では絶版になっている奇書、『わく学』である。おのれ、わく学。


「えー……それは……あー……でも、確かに……いやいや、流石にそれは……」


 クリスティーナの言葉にもごもごと口を動かすクラウス。やがて、少しだけ情けない顔をアインツに向ける。


「あ、アインツぅ~」


「……情けない声を出すな。まあ……クリスの言った事も一理あるが」


 アインツの言葉に、我が意を得たりとばかりに頷くクリスティーナ。


「でしょう? それに……そもそもですね? ルディに『女性』として認めて貰うって」



 どうするんですか、と。



「ど、どうするとは?」


「ルディ、第一王子ですよ、第一王子。そんなルディに女性として認めて貰う方法なんて……具体的に、ありますか?」


「そ、それは……こう、デートとかだな? そう云った行為を重ねて……」


「出来ますか?」


「……」


「第一王子のルディに、護衛もつけずにデートなんてさせれますか? 幾らエディの方が優勢とはいえ、ルディはれっきとした第一王子ですよ?」


「そ、それは……」


「食事もそうですよね? 毒見もせずに、レストランなどに行かせられますか? 宰相閣下の息子殿?」


 クリスティーナの言葉に、アインツも無言。これはディアが初っ端、『第二王子ともあろうものが誰かも分からない人から貰ったクッキーなんぞ口にするな』と言った様に、或いはクレアに『流石に観劇は護衛が無いと……』と言ったのと同様にハードルが激高いのだ、ルディとのデートって。


「……そうなるとクララに許されたアピールタイムは学園か夜会、そのどちらかしか有り得ません。ですが……学園でどれだけアピールをしても……」


「……まあな。今までの王城での生活とさして変わらんか」


「そうです。夜会に関しては、流石に難しいでしょう? 今のクララの現状を考えると」


 学園内でも当然であるが、その親である貴族の当主、当主夫人界隈でも今最もホットな話題なのだ、『エディとディアの婚約破棄』というのは。そんな中でこれ見よがしにルディに『アピール』なんかしてみろ、という話である。


「……そう考えると、クララの『ルディを押し倒す』という案はそこまで悪い案ではありません。これがクララで無ければ、ルディだって嫌悪感を示すでしょうが……ルディですよ? 少なくとも、クララ、メアリさん……憚りながら私くらいまでは押し倒しても動揺はするでしょうが、嫌がられる事はないんじゃないか、とは思っています。自惚れですが」


「……まあな。君たち三人であれば物凄くびっくりするだろうが……拒否はしないだろう」


 きっとルディは物凄く狼狽えるであろうが。だが、それでも拒否感を示す程の付き合いでは無いのもアインツには分かる。


「……別にルディにゆっくり天井のシミを数えていてください、という訳ではありません。流石にそこまではクララも無理でしょうし……文字通り、『押し倒す』のみです。言ってみればこれは」


 そう言ってクリスティーナは胸を張って。




「――ボディタッチ! ボディタッチの一種です!!」




 随分とまあ、激しいボディタッチである。



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