第九話 再び策に溺れる策士。もうお前、策を弄すな。
「立ってないで座ったら如何です? そのままでは喋りにくいですし」
口元の扇子を離し、その扇子で自身の対面の席を指す。そんなディアの行動に、黙ってメアリは腰を降ろす。そんなメアリの姿に、少しだけ驚いた様にディアは片眉を跳ね上げさせる。
「……私から言った事ですし、別に罪に問うたりするつもりはありませんが……素直に座りましたね、メアリさん」
「クラウディア様もルディ様も、そうやって人を試す様な事をする方では御座いませんので」
「勿論、その様な事をするつもりはありませんが……でもメアリさん? ルディに何度進められても頑なに椅子に座ろうとしなかったではありませんか」
「ルディ様は仕えるべき主ですし」
「……私は仕えるべき相手では無いから良い、と?」
「少なくともビジネスパートナーではあるかと」
メアリの言葉にディアははぁと息を漏らす。呆れた訳ではない。ある意味、感嘆のため息だ。
「……そうですね。ルディへの想いを『ビジネス』と言い切るのは如何なものかと思いますが」
「ルディ様への想いがビジネスな訳ではありません。私とクラウディア様の関係性がビジネスだと言っているのです。まあ、そんな事はどうでも良いです。それよりも、どういう意味でしょうか? ルディ様の」
お嫁さんになるとは、と。
「そのままの意味です。私とエドワード殿下の婚約については、メアリさんもご存じですよね? 私は別にエドワード殿下の婚約者ではない。『王位継承者』の婚約者である、と」
「ええ、存じております。メルウェーズ家と王家の約束事に御座いましょう?」
「そうです。なので、私の婚約者はエドワード殿下である『必要』はない。王位継承者であれば誰でも良いのであれば……別に、ルディでも構わない、という事です」
「分かります」
「ルディはどこかエドワード殿下に遠慮している所があります。エドワード殿下が為政者としてダメ、という訳ではありません。脇が甘い所はありますが……まあ、為政者としては及第点でしょう」
ディアの言葉にメアリもこくんと頷く。そして、それだけでは足りないと思ったのか、メアリも口を開いた。
「僭越ながら私はお二人の――クラウディア様含め、お三方を幼少の頃から存じ上げています。勿論、エドワード殿下もクラウディア様も賢いお子様でした。お子様でしたが」
「ルディはもっと賢かった?」
「いいえ」
ディアの言葉にメアリは首を左右に振って見せる。
「……ルディ様は『異常』でした。今でこそ然程の差はないでしょうが……当時の五歳差は今以上に大きな差です。なのに、ルディ様とお話すると……なんというのでしょうか? 大人と話しているというか……私の方がまるで幼子である錯覚を覚えると言いましょうか……『大人っぽい』という表現ではなく、正に『大人』と話している感覚と言いましょうか」
巧く言えませんが、というメアリにディアも大きく頷く。
「……そんなルディが今では『平凡王子』ですからね。メアリ、本当にルディが『平凡』になったと思いますか?」
「……幼いころに賢かった人間が長じるに連れて凡人になる例はまま、あります。ですが……ルディ様は『異常』ですので。そんなルディ様が『凡人』になったとは少し考えにくいですね。あの方は聡い方ですから」
「私もそう思います。その理由は……まあ、エドワード殿下に王位を譲る為、というのが可能性としては高いでしょう。小賢しい事にエドワード殿下、そこそこ優秀ですし。ルディには敵わないとしても、充分エドワード殿下を王太子に推す流れもあるでしょうし。そうなれば王国は二つに割れます。その可能性を少しでも避けるため、『あえて』平凡を装っているのであれば……」
「充分、考えられますね。ルディ様ですし」
二人して見つめ合い、頷き合う。尚、断っておくがルディにはそんな意図は全くない。単純に、能力の限界が来てエドワードの方が優秀になっただけである。なまじっか、小さい時の優秀なルディを知っている二人が勝手に勘違いしているだけである。ルディが聞いたら『誤解だよ!』と真っ赤になって否定するだろう。まあ、この二人ならそれすらも謙遜と勘違いするだろうが。脳、焼かれちゃってるのである。
「ですが、状況は変わりました。エドワード殿下はレークス家のクレア嬢を婚約者にすると入学式で宣言なさいました。これはメルウェーズ家への重大な侮辱です」
「……お話は聞いておりますが……エドワード殿下がそこまで浅慮な事をするとは思えません」
首を捻るメアリ。そんなメアリに、ディアは紅茶に口を付けて。
「――エドワード殿下は浅慮では無かった、という訳ですよ。彼我の才を見誤らない程度には、ね?」
ニヤリと笑うディア。その笑顔に、メアリは息を呑み――そして、少しだけ微笑を浮かべて見せる。
「……なるほど。エドワード殿下も決心された、という訳ですか。お二人を幼少の頃から見ている私としては少しばかり悲しい気持ちも無いではないですが」
「その辺りはエドワード殿下付のティアナさんの領分です。ですが……エドワード殿下が決心したとしても、今までのルディの『演技』のせいできっと簡単には行きません」
「でしょうね。そういう意味ではルディ様の演技は『完璧』だったと……ルディ様の方が完璧王子ですね、これでは」
「まさに、ですね。ともかく、今のままではルディに王位は回ってこない。そうなると、私はルディのお嫁さんになれない、ということです。そこで――」
「――私に協力を求める、と?」
「――理解が早くて助かります。協力して、ルディを王の頂きに推し上げませんか? 報酬は」
――ルディのお嫁さん、と。
「申し訳ございませんが、正室は譲れません。失礼でしょうが……家格は我が家の方が上ですので。それでも宜しければ、私の手を」
取って下さいませんか、と。
差し出したディアの手を見つめ、メアリはポツリと。
「……宜しいのでしょうか?」
「あら? 貴族が自身の栄達の為にキングメーカーを担う、なんて何時の時代も、何処の国でも――」
「違います」
「――ある……違う、ですか? そ、それは……そ、その、正直、ルディが国王でなくてもルディの魅力には何ら関係ありませんし、き、きんぐめーかーなんていいましたが、べ、べちゅにそんなの興味もありませんし、正直メルウェーズ家なんかどうでも良くて、私の欲望と言われても否定は出来ませんが、でも――」
「いえ、それも違いまして」
そう言って、メアリはディアの手を握り。
「――正直、女性としての魅力は私の方がクラウディア様よりもあると思うんですよね? 良いんですか、クラウディア様。私を側室にしたら、きっと私の方がルディ様に愛されると思うんですが……大丈夫です? 耐えられます? 形だけの正室とか?」
「……手、離して貰えませんか? なんか一気にあなたを味方に引き入れたくなくなったんですが?」