プロローグ 令和最大のクソゲー
新作、はじめました。
成宮和也が、この世界が乙女ゲーム、『わくわく! 恋の王宮大闘争!』、通称『わく王』の世界だと気付いたのは五歳の頃である。
あまり男性プレイヤーが多いとは――相対的に、ではあるが――多いとは言えないこのジャンルのゲーム、しかも『令和最初にして最後のクソゲー』とまで呼ばれ、『特級呪物』と恐れられた伝説のクソゲーとしてクソゲー史に燦然と輝く……輝いちゃだめだが、輝く『わく学』を作り出した制作会社が作ったこの『見えてる地雷』とまで呼ばれた『わく王』をプレイしていたのは、別に彼が訓練されたクソゲープレイヤーだったから、ではない。単純に、妹が進めて来たからだ。いや、クソゲーを兄に進めるって……というご意見もあるだろうが、和也の妹曰く『この悔しさを一人で抱えるのはイヤだ! おにぃも一緒に苦しんで!』という麗しい兄妹愛があったからである。ちなみに和也の言は『いや、見えてる地雷を買ったお前が悪いんじゃん』だったりするが……まあ、妹が訓練されたクソゲープレイヤーになった原因に関しては和也にも思うところがあったりするので、素直にプレイをしたのである。
――直ぐに後悔することになるが。
なんといってもこの『わく王』、ゲームとして良く発売したなと言われるレベルで酷いのである。
まずキャラクターの造形。
乙女ゲームである以上、キャラの造形は必須とも呼べる。和也だって乙女ゲームはしたことが無いが、美少女ゲームはしたことがあるし、『大人の』美少女ゲームに関しても、まあ年齢的に問題ない年齢になってからはプレイしたことがある。そのほとんどのゲームで、キャラクターは魅力的に描かれていたのだ。
少なくとも全キャラのイラストが、全部右しか向いてないとか、無かった。
別に不細工という訳ではない。乙女ゲームらしく、男性は格好良く、女性は可愛く書かれてはいる。いるのだが、そのキャラクター絵は描き分けが皆無なのだ。攻略キャラは六人いるが、六人の顔は殆ど一緒。『間違い探し』とか『昭和ギャグ漫画の六兄弟』とかの不名誉な称号がネットに溢れた。
しかもこの絵師の腕の問題か、キャラクターは全て右向きの絵しかなかった。一枚絵のスチルでも、『見つめ合った』というト書きのシーンでもキャラクター全部、『右向け、右』なのだ。このキャラクター達は心無いネットユーザーに『訓練された軍隊』と呼ばれていた。『とてもプロの仕事じゃない』と言われたが、後にこのキャラクターは制作スタッフで絵心のある人間が描いたという事実が発表され、逆に安堵される謎の事態となった。
オープニングも酷かった。
乙女ゲーム、というよりストーリー重視のゲームである以上、感情移入は重要。そうじゃなくても昨今のゲーム業界、美麗なグラフィックがバーン! みたいなゲームが主流な筈なのに、このゲームのオープニングムービーは酷かった。いや、オープニングムービーが酷いとかじゃない。
そもそも、『ムービー』ですらなかった。
背景の描かれてない、黒の背景に、白色の文字でキャラ紹介とキャラクターの一枚絵(右向き)が延々と流れるその様は『暗黒紙芝居』とか『ユーチューバ―の重大なお知らせサムネ』と評された。
ストーリーも大概ひどい。
この『わく王』、製作スタッフ曰く『お手軽に遊べる乙女ゲームを念頭に作りました』との事だが、お手軽どころの話ではない。乙女ゲーム……というより、ストーリーのあるゲームとは本来主人公の成長物語であるべきであり、全く主人公が成長しない物語なんて物語としては落第も落第、世に出して、少なくともお金を取るレベルで出して良いものではない。無いにも関わらず出ちゃったのだ、このゲーム。それは、『ぬるすぎる』とか『ゲームバランスが悪い』とか、そんなちゃちな物ではない。なんといってもこのゲームは――
「クラウディア・メルウェーズ!」
ラージナル王立学園、通称王立学園。新入生代表として壇上に上がったこの国の第二王子、エドワード・ラージナルは隣に立つ一人の美少女の腰に手を回し、壇上から『びしっ!』と擬音の付きそうな程の勢いで前列に座るクラウディア・メルウェーズを指さす。
「今日、この場を以て――君との婚約を解消し、この少女――レークス男爵家令嬢、クレア・レークスと婚約するっ!!」
入学式に参加した皆が皆、この王子の発言に唖然としている。そんな王子と参列者を見ながら成宮和也――この国の第一王子にして、エドワード・ラージナルの双子の兄、『平凡王子』ことルドルフ・ラージナルは思う。
――普通、このイベントは卒業式じゃない? と。