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第六話 楽園都市フェスティバル

 かのこ荘の男子寮を出た聖夜は、明るい陽射しに目を細める。

 澄みわたる青空には雲ひとつなく、まさに秋晴れという言葉が当てはまる。暑くもなく寒くもない過ごしやすい気候の到来だ。だがそれが聖夜には負担でならない。真夏を思わせるような強い陽射しに身体を焼かれているように感じられる。

 いつもは夕暮れどき――陽の弱まるころ――に聖夜はバイトに向かう。帰宅は早朝の、太陽が優しい光を連れて顔を出す時間帯だ。聖夜は休日も昼間は外に出ることはなく、昼と夜が逆転した生活を送っている。

 父親から受け継いだ遺伝子にスイッチが入ったあの日から、聖夜は強い陽射しが苦手になった。太陽に身体を焼き尽くされることはない。慣れれば今までと同じように動けるが、ここしばらくはヴァンパイアのような生活を送っていたため、身体が少し拒否反応を示したようだ。

(もうすっかり慣れたと思っていたのに)

 何かの拍子に自分の本性を感じると、聖夜は心底自分が嫌になる。

 幸いなことに拒否反応はすぐに消えた。今は普通の人と同じように、秋晴れの爽やかな空気を楽しむ余裕さえ生まれている。

「おお、なんて気持ちのいい日だ。文化祭日和だなあ、聖夜」

 すぐあとにかのこ荘を出てきた祐司が、背伸びをしながら声を上げた。


「おはようっ」

 祐司が知り合いを見つけて声をかけた。ひとり、またひとりと祐司のバンド仲間が合流する。聖夜も見慣れた顔ぶれだが、一緒に出かける日が来るとは予想すらしなかった。

 中のひとりが何か思いついたように、道すがら口を開く。

「祐司、今日はこんなに暖かいのに、何が嬉しくてセーターなんて着ているんだ?」

「見ているだけで暑くなるぜ」

「脱いだって寒くないよ」

 苦情が次々と出てきても、祐司は素知らぬ顔で鼻歌を歌っている。そのときだ。肩まで伸ばした髪を赤く染め、前髪に金色のメッシュを入れた人物が、

「祐司が着ているの、手編みのセーターじゃないか?」

 と指摘した。

「えっ?」

 祐司の表情が一瞬でこわばる。

「ごまかしたって無駄だぞ。手編みかどうかは一目で解るぜ」

「おい圭介、その自信はどこからくるんだ?」

 祐司の問いかけに圭介(けいすけ)と呼ばれた大学生は、

「おふくろが、よく編んでくれたんだよ」

 と答えた。女手一つで育ててくれた母親の、唯一の趣味が手芸だという。

「教師ってかなりきつい仕事だろ。もっともおふくろは私立勤めだから、公立ほどじゃないけどな。だからおれにも『将来は私立の学校に就職しろ』っていうんだぜ。まだ一回生なのに」

 と半分ぼやきながら圭介は言葉をつづける。

「で、忙しい中で、気分転換にいつも針仕事をしているんだよ。子供のときはマフラーや手袋も全部手編みでな。市販品顔負けのジーンズも作っていたんだぜ」

 圭介は懐かしそうに昔のことを語った。

(私立の教師……か)

 教師という言葉で、聖夜の脳裏に父の顔が浮かぶ。

 家を出て一年も経たないのだから、完全に過去にできるはずもない。心の一部がいつも昔で占められている。

 だが聖夜はそれを捨てるために仲間たちの住むところから飛び出した。いつまでも囚われているわけにはいかないのだ。

「本当に手編みなんだろ? そこで祐司のお母さんが編んでくれたとでも言ってごまかすのか?」

 バンド仲間たちの声で、聖夜は現実に戻される。

「い、いや、その……」

 祐司の慌てるようすがみんなの笑いを誘う。聖夜もその中に入ることで、過去から現在に意識を切り替えた。



    ☆  ☆  ☆



 軽い雑談をしながら歩いているうちに、一行は加織たちの高校についた。

「へえ。『楽園都市フェスティバル』とは。本当にそんな呼び方をしている子たちがいるとはね」

 正門に設置された看板に書かれた文字を見て、祐司が目を丸くした。

「楽園都市?」

「そうか。聖夜は由来を知らなかったんだな」

 文化祭に誘ってくれた加織は、それらについて一言も教えてくれなかった。

「開校時の生徒会役員が、学園祭の打ち合わせ中ホワイトボードに、『学園都市』と書こうとしてうっかり『楽園都市』って書いたんだとよ。『楽』は『がく』とも読めるだろ。ちょっとした記述ミスが面白いってんで、今でも使っている女子がいるとは聞いたことがある。でもそんなのは都市伝説みたいなものだと思っていたよ」

 祐司が両手を腰に当て、仰々しく説明した。

 正門には老若男女問わず多くの人たちが集まっている。予想以上の盛況に聖夜たちが立ち止まっていると、祐司はさらに説明を続けた。

「私立の名門女子校の系列だからさ、みんな興味津々なんだよ。でも学校ってところは、文化祭かオープンキャンパスでもないと部外者は入れないだろ。そうでなくても新設校で綺麗な上に、立派な施設が勢揃いだから、入学希望者でなくても気になる存在なんだよ。おまけに各部活動は本格的なものが多くて、青田刈りを兼ねて視察にくる専門家もいるらしいぜ」

「どうしてそんなに詳しいのかな、祐司くん」

「ここいらの住民なら、それくらい知ってるだろ」

「まるで関係者だな、そこまで詳しいと」

 バンド仲間に痛いところを疲れても、祐司はニヤニヤするだけで理由を答えない。

 正門で受付を済ませ、一行は学園内に入る。

 校庭は多くの人が行き交い、にぎやかで華やかだ。立派なポスターがあちこちに貼られている。私立の名門は違うね、というような声があちこちで聞こえる。

 加織たちの教室を確認しようと、聖夜が受付でもらったパンフレットを開こうとしたときだ。

「あっ、聖夜くーん、こっちこっち」

 陽気な声が、聖夜たちの集団にむかって放たれた。

「おそかったのね。待ちくたびれて、教室に帰ろうかと思っていたとこだよ」

 エプロン姿の加織がかけより、何のためらいもなく聖夜の右腕に腕組みしてきた。聖夜は突然のことに驚いたが、邪険にふりはらうのも悪いと思い加織の好きにさせる。

「おや大胆だね。ジャマしちゃ悪いから、おれたち別行動するよ」

「サンキュー、祐司さん。あとでうちのところにも来てね」

 二年三組の教室よ、と別れ際に加織は祐司に声をかけた。

「二年三組だって?」

 クラス名を聞いた祐司は、仲間になにか伝えると、聖夜と加織のところまで小走りしてきた。

「祐司さん、バンドメンバーと一緒にまわらないの?」

「ああ。実を言うとおれの行き先も同じだよ」

「本当? じゃあ祐司さんもつれていってあげるよ」

 加織は聖夜と組んだ腕をほどき、観光ツアーのガイドごとく先頭を切って歩き始めた。

「もしかして、セーターを編んだ子が加織ちゃんと同じクラス?」

「え、いや……」

 聖夜の何気ない問いかけに、祐司が予想外に慌てる。何がそこまでさせるのか、聖夜には解らなかった。

 そんなふたりのようすに気づかない加織は、一部の女生徒の中で有名人を連れているためか、肩で風を切り歩いている。聖夜と祐司は顔を見合わせて笑うと、教室に戻る加織を追いかけた。



    ☆  ☆  ☆



 その教室はパステルカラーを心にコーディネートされていた。淡い花柄模様のカーテンは、いつも授業を行う場所と(おもむき)をかえている。寄せ集められた机には、テーブルクロスがかけられ、手作りの喫茶店という温かみがある。無地の色とギンガムチェックをうまく組み合わせて、高校生らしい瑞々(みずみず)しい雰囲気を演出していた。

「三村さん、お帰りなさい。お客さんには会え……あっ」

 調理場らしき場所のカーテンが開き、中肉中背の少女が顔を出す。ショートヘアで活発そうなその子は加織に声をかけたが、聖夜たちに気づいた途端に言葉をとぎれさせた。

「祐司さん。それに聖夜さん?」

「なんだ。加織ちゃんと(みお)ちゃんは同じクラスだったんだね」

 聖夜の問いかけに、澪と呼ばれた少女がうなずいた。

「な、なに? 田崎(たざき)さんと聖夜くんたちって、知り合いだったの?」

「そうだよ」

 聖夜が答えると、

「いつの間に?」

 と加織が若干不満げにボソリとつぶやく。そんな会話が耳に入らなかったのか、澪は祐司の元に駆け寄り顔を見上げた。

「祐司さん、セーターを着てもらえて、あたし、とっても嬉しいです。でも今日はちょっと暑くありません?」

「着ているところを澪に見てほしかったけどさ。みんなの言うように、少し早かったな」

 祐司はハンカチで汗を拭き、セーターを脱ぐ。それを受け取った澪は丁寧に畳んで左腕にかけた。代わりに祐司はリュックから薄手のジャケットを取り出して着用する。

「ねえ、聖夜くん。あのふたり、つきあっているの?」

「あれをようすだと、加織ちゃんの推理は間違いじゃなさそうだね」

 聖夜と加織は小声で話したつもりだったが、祐司と澪の耳にはしっかりと届いていた。途端に澪が顔を真っ赤に染め、手にしたセーターで顔を隠す。そのままカーテンの向こうの調理場まで逃げ込んだ。

「や、やだなぁ。わざわざ指摘しなくたっていいだろ。澪が照れているじゃないか」

「あらー。呼び捨てにするくらい親しいのね」

「ぼくも全然気づかなかったよ」

「隠していたわけじゃなくて、言い出すきっかけが見つからなかっただけさ」

 恋愛話やそれにまつわるような相談は、祐司と聖夜の間では交わされたことがない。同じ下宿に住み寝食を共にしていても、バンド仲間と聖夜では距離感が異なるのは仕方ないだろう。

 だが間接的ではあれ、澪と祐司が出会うきっかけを作ったのは聖夜だ。やはりどこかのタイミングで教えてほしかった。

(いつまでもここにいられる訳ではないんだ。執着すればするほど別れが辛くなるって解っているけれど……)

 そうやって妙な理屈を考えるより、今は素直に祐司と澪のカップルを祝福しよう。実のところ、あの日彼らの出会いに居合わせた聖夜は、いつかこんな日が来るような予感がしていた。

「あと一時間もしたら、あたしも田崎さんも役目が終わるの。それまで聖夜くんたちはコーヒーでも飲んで待っていてくれる? 校内を案内するから。もちろん田崎さんもね」

 加織は空いた席に聖夜たちを案内した後で、祐司の顔を覗き込み、

「こんなサプライズを見せられたんだもの。あとでいろいろ聞かせてもらうからね」

 と小悪魔の笑顔を見せた。

最後までお読みいただけてありがとうございました。

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