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第五話 極上の身体

今回は若干の残虐シーンがありますが、表現を押さえていますので、苦手な方でも大丈夫だと思います。

 魔物はひとりの部屋で、鏡の中にいる少女を見つめている。

 染みも黒子(ほくろ)もほとんどない。きめの細かい肌は、絹をまとったように光を照り返す。


 ――なんと美しい。これは極上の身体だ。


 濡羽色の黒髪と弾力のある肌は若さの象徴だ。なんの努力をしなくとも、これほどまでに輝いている。今のこの姿を永久に保たねばならない。そのために必要なものを、魔物は知り尽くしている。

 問題は、どうやってその力を手に入れるか、だ。

 だが今はそれを考えるときではない。慌てずとも時間をかけて方法を見つければよい。この身体にいるかぎり門番は手を出せないのだから。


 ――これ以上安全な場所がほかに存在するだろうか。


 少女の中にいる魔物は、そのことを知り尽くしていた。

 ククッと喉の中で鳩のような笑いがもれる。

 偶然とはいえ、そのようなものに憑依(ひょうい)できた運の良さに、魔物は奇妙な(えにし)を感じた。

 半世紀もの昔に()()の身を封じこめた監視者(ウォッチャー)たち。ひとりは死に、ひとりは老いた。そしてまだ魔物の復活に気づいていない。

 監視者に気配を気取られぬよう、魔物は細心の注意を払っている。表に出るのはひとりのときだけだ。

 執事(スレーブ)たちはすでに確保した。汚れ仕事を自らの手で行う必要はない。高貴なものは命令するだけでよい。汗を流すのは身分の低い者たちにさせるだけだ。

 そのとき、部屋の扉がノックされた。

「お嬢さま。準備が整いました」

 扉の向こうから若い男性の声が知らせる。待ち侘びた知らせだ。

 魔物は邪悪な笑みを浮かべ、ドアノブに手をかけた。



    ☆  ☆  ☆



 魔物が目にしたのは、監視者から解き放たれて初めての獲物だった。

 半世紀ぶりの血のにおいと耳に届く心臓の鼓動に、身体が震える。

 薬物を飲まされて意識をなくした獲物が、ベッドに仰向けに寝ている。動かない獲物を相手にするのはいささか不満が残る。だが、久方ぶりの狩りはこの程度でよい。狩りはこの先何度でも体験できる。

 魔物を呼びにきた黒尽くめの男が、鋭く輝くハンティングナイフを渡す。彼は魔物がこれから行うことを恐れたのか、扉近くの壁まで下がり、腕を組んでこちらをじっと見ている。

 輝く刃に、魔物が手に入れたばかりの身体の顔が映り込んだ。

 黒い瞳に黒い髪――これさえあれば人は魔物を異人と呼ばない。見かけさえ同じであれば、異端者扱いされない。こんなに簡単なことが、あのときには解らなかった。


 ――この身体があれば、だれも我が存在に気づかぬ。心の中まで見通せる者などいない。


 左手にナイフを握りしめ、獲物の首筋を勢いよく切り裂いた。

 頸動脈から吹き出す返り血が、魔物に降り注ぐ。

 身体の持ち主の意識が、おびえ、恐れているのが伝わる。だがそれもわずかのことだ。少女の意識は奥底に沈み込んで、やがて消え去った。

 魔物の顔に笑みがこぼれる。

 全身を染める赤い血に歓喜してのものか、邪魔者を消し去った喜びからか。

 封じ込められている期間、なんど血の夢を見ただろう。獲物の血を全身に浴び、それを口にしたときに感じる陶酔感――この絶頂感は何ものにもかえられない。

 若い獲物の力強い生命力は、そのまま魔物の命を紡ぎ、長らえていく。


 ――なんと素晴らしい。酔いしれる……。


 こんどこそ、手放しはしない。

 いつまでも、若く、美しいままでいられる身体を。


 永遠に夜の世界に住むために。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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