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パラダイス・ロスト  作者: 須賀マサキ
第五章

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第二十話 宿命と願いの狭間で

 語り終えた綾子は、胸の(つか)えが取れたように深くため息をついた。

「あのとき見た雪女、いや吸血鬼? それが現実なのか、子供の夢物語なのか――今となってはあたしにも解らないんだよ。でもあのとき見た女性の顔は今でもはっきり覚えている。怖かったけど、それ以上に綺麗な人だったからね」

(幼い少女の血を吸う女。まるでヴァンパイアじゃないか。半世紀前、いやもっと昔から、ここにヴァンパイアが()んでいたのか?)

 綾子とは対照的に、聖夜はわずかに高揚した。これを調べていけば、今回の事件を起こしたヴァンパイアを捕まえられるかもしれない。

「自分で話しておいてなんだけど、まるで都市伝説だね。若い男の子に話すようなことじゃなかったよ」

「そんなことないですよ。面白かったっていうのも変な感想だけど、例えば……映画のワンシーンみたいですね」

 聖夜がそう答えると、綾子はほっとした表情をうかべた。そして「年寄りの話につきあわせて悪かったね」と言い残して部屋を出ていった。

 聖夜は確信した。半世紀前に現れたヴァンパイアが、長い時間を経てふたたび活動を始めたのだ。

 だが空白の期間が引っかかる。ヴァンパイアは半世紀もの間、どこでどういうふうに過ごしていたのか。

(ぼくがここに留まることになったのは、偶然じゃなかったのかもしれない)

 ヴァンパイアを倒して街の平穏を取り戻す。他の誰にもこの仕事はできない。昼と夜の境界線に立つダンピールのみができる仕事だ。

 同時に聖夜は深く失望する。

 家を出たあの日から一年の間に何もなければ、故郷に帰るつもりだった。もし目の前の事件を無視したなら……。この街の悲劇を残して父や友の場所に帰ったら、自分は昔と同じ生活が送れるとでもいうのか?

 いや、そんなことは許されない。何よりも自分が自分を許せなくなる。足掻(あが)いたところで、自分にヴァンパイアとのつながりが切れるとは思えない。

 忌まわしい血を受け入れたくはない。だがその血ゆえに、聖夜はヴァンパイアと対等に闘える。他の誰にもできないならば、この手でやるしかない。

 しかしあの日以来、血を渇望することは一切ない。人間だったときと変わらない日々を送っている。本当に自分の身体が変わったのか、それすら疑いたくなるときがある。

 宿命を受け入れるべきか、それとも元の生活に戻るべきか。

(ぼくはどちらの道を選べばいいんだ?)

 いくら考えてもすぐには結論が出ない。あの日と違い、大きな変化と非日常を体験した直後ではなかった。衝動的に自分の道を決められない。

 モヤモヤとしたものが胸に広がる。それを抑えられないまま、聖夜はその日一日を過ごした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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