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パラダイス・ロスト  作者: 須賀マサキ
第四章

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第十五話 江莉という少女

 午前の授業が終わった。江莉は昼食を取るため、澪と加織のふたりと一緒に校内のカフェテリアにいた。悲惨な事件が続いたことで、校内を行き交う生徒の数は日を追って減っている。いつもは活気のあるこのカフェテリアも、すぐに席の確保ができた。

 江莉は最近食欲がない。だが誘ってくれた友人の手前、今日も簡単な食事を取ることにした。カウンターから野菜サラダとミニサイズのクロワッサンを選び、レジで学生証を使い精算する。自動販売機でカフェ・ラテを買って席に戻ると、澪と加織は笑い声を交えながら会話を楽しんでいた。


 二学期が始まったころから、江莉は(たま)に身体のだるさを感じるようになった。それが最近ひどくなっている。

 ここ半年の間に、江莉の祖母と父親が相次いで他界した。哀しんでばかりはいられないと、生徒会長として学園祭の準備を選んだ。目の前の仕事に意識をむけることで、身内の不幸を忘れたかった。体のだるさは頑張りすぎた結果だろう。

 そこまで身を粉にして集中したのに、一番力を入れた演劇が猟奇事件で中止となった。事件の影響で学校を休む生徒たちが多くなった。生徒会長の自分がしっかりしてないからだと、江莉は自分を(いまし)める。

(こんなことじゃ、食欲がなくなるのも当たり前よね)

 江莉はフォークを手にしたものの、サラダに手をつける気になれない。友人の会話も耳を通り過ぎる。


「あ、あの……香取先輩」

 不意に背後から声をかけられ、江莉は考えを中断した。ふりかえって見上げると、演劇部の一年生が立っている。緊張ぎみなそぶりで、頬を少しだけ紅潮させていた。こういう生徒は珍しくない。見なれた光景に江莉は心の中でため息をつく。

「いろいろあって大変でしょうけど、がんばってください」

 叫ぶような声でそう言ったあとで、ぺこりと頭を下げて手紙を差し出した。いつもの、そして予想どおりの展開だ。

「あの……あたし、か、香取先輩に元気になってもらいたくて……これ、読んでください」

 小さく震える手から、江莉は両手で封筒を受けとった。

「ありがとう」

 微笑みを添えてお礼を言うと、女生徒は顔を真っ赤にしてもう一度お辞儀をし、逃げるように走り去った。


 苦笑しながらテーブルに身体を戻すと、自分を見つめるふたりの友人と視線があう。加織は目を丸くし口を軽く開けて、フォークをテーブルの上に落とした。

「江莉って、女子からラブレターもらうんだ……」

 何度かその場に出くわす澪と違い、初めて目の当たりにした加織が動揺するのも無理はない。

「と言うよりファンレターに近いわ。がんばってくださいとか、応援してますとか、そんな感じ」

「そ、そうなのね」

 ホッと胸をなでおろす加織のしぐさは、江莉の心をほんのりと温める。

「でも中には、激しいのがあるのよねぇ」

 澪の言葉に、加織が口をゆがめる。額に冷や汗が見えたのは気のせいだろうか。

「どーすんの? そんなのもらった日には」

「悪いけれど無視しているわ。一通も返事は出していないのよ」

「返事を出す相手を選り好みできないでしょ。全員に書いていたら一日が終わるものね」

 澪が加織にウインクしながら理由を説明する。だよね、と言って加織は、お気の毒にというふうに肩をすくめた。


 江莉は加織を、表情の豊かな子だと感じている。学園内でこういう子は、澪以外に出会ったことがなかった。

 華やかさと上品さという仮面を被った女生徒たち。親しそうに会話を交わしても、表面的なつきあいだけで決して心の中は見せない。人形のようなクラスメイトと接するのに、こちらが本音を語る必要はない。

 品行方正な生徒会長で、顧問の教師と対等以上に張り合える演出家でもある江莉。手紙をくれる女生徒たちも、表面的な優雅さと華やかさにあこがれているだけだ。

(誰も私の本質は見てくれない。表面だけを見てアイドル化しているだけ)

 江莉は、本音を語らない重要さをこの学園で学んだ。仲間をなくさないための、生き残る術だ。


 澪に出会うまで江莉の窮屈さは続いた。ほかでは見せない素顔の自分をさらけ出せる、たったひとりの親友。楽園祭でもうひとり友が加わった。

 自分の心に正直な加織はこの学園では異分子だ。異端の者に対し、まわりは敏感に反応する。受け入れることを拒否し、排除することを善しとする。楽園都市フェスティバルの日に澪が加織をつれてきたとき、江莉は一瞬躊躇った。加織と親しくすることで自分や澪も排除されるかもしれない。そのときだった。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 不意に声が江莉の頭の中で響いた。誰の声か解らない。だが最近聞いたような、そしてどういう訳か懐かしく感じる。いつ耳にしたのだろう。それが言うなら間違いない。

 異端者扱い――憧れの存在とは、すなわち遠巻きにされる者。嫌われているかいないかだけで、異端者であることに変わりはない。それに気づいた江莉は加織を受け入れることを決めた。

「そうだ」

 急に加織が手を叩く。その音で江莉は思考を中断された。

「江莉も彼氏を作ったらどう? そうなると女子からのラブレターもこなくなるよ」

「でしょ。あたしが何度勧めても、なかなか『うん』と言ってくれないの」

「じゃあ祐司さんたちの対バンに一緒に行こうよ。江莉なら絶対男子から声をかけられるって」

 加織の言葉に澪も大きくうなずく。江莉は失笑した。

「あなたたち、彼氏と一緒に行くんでしょ。邪魔する気はないわ」

「祐司さんはライブに出るから、あたしはひとり。加織と違ってね」

「それを言うなら、あたしは澪&祐司さんと違って、聖夜くんは彼氏じゃないもん」

 と、加織は手にしたフォークを置き、頬杖をつく。。

「でもデートに応じてくれたんでしょう?」

 澪振り返り、軽く加織の顔を見る。

「聖夜くんにとって、あたしは出来の悪い妹なんだ。また悪い道に戻らないように見守ってる。そんなところよ」

「それって愛情があるって意味じゃないの?」

 澪の問いかけに加織は首を横にふった。

「いつも誘うのはあたし。そして聖夜くんは断る口実を探しているんだ」

 加織は小さくため息をついた。そして気を取り直したように顔を上げ、

「だからさ、江莉も遠慮しないで一緒に行こうよ。彼氏云々はどうでもいいよ。みんなで楽しまない?」

 加織はまた誘いかけてくれる。新しくできた友人と共に出かけるのも楽しそうだ。江莉はふたりの誘いを受けることにした。

 だが――。


「ごめんなさい。せっかくだけどお断りするわ」

(え? 私、今なんて言ったの?)

 口をついて出た言葉は自分の思いとは正反対だ。

「夜遅く出歩くのは、おじいさまが許してくれないの」

 江莉は自分自身の言葉が信じられない。

(おじいさまは理由を話せば許してくださる)

「だから、また、次のときに」

 自分の身体がだれかに支配されているような違和感がある。江莉の中に一滴の黒いインクが落とされ、徐々に広がっていく。心のうちを素直に話せる大切な仲間相手に、どうして本心を語れない?

「残念だけど仕方がないか。無理強いしておじいさんに叱られたら、江莉が気の毒だよ」

 加織は腕を組み、残念そうにため息をついた。

(違う。私はライブを楽しみたい。素直になれるふたりと一緒に)

 心の中の当惑が顔に出ることはなく、代わりに「行けなくて残念」という表情をしている。学校の友人、教師、生徒会長として求められる姿を演じるときと同じだ。

(仮面が外せない――)

 ふたりの前では必要ない行動だ。こんな態度を取ったのは出会ったときくらいだ。

 やがて予鈴がなり、昼休みがあと少しで終わることを教える。周りの生徒たちは一気に席を立ち、教室に戻っていく。江莉たちもトレイをカウンターに返し教室へと戻った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ブクマや一話ごとの評価などをいただけたら執筆の励みになります。気に入ったよという方は、ぜひよろしくお願いします。

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