第十五話 江莉という少女
午前の授業が終わった。江莉は昼食を取るため、澪と加織のふたりと一緒に校内のカフェテリアにいた。悲惨な事件が続いたことで、校内を行き交う生徒の数は日を追って減っている。いつもは活気のあるこのカフェテリアも、すぐに席の確保ができた。
江莉は最近食欲がない。だが誘ってくれた友人の手前、今日も簡単な食事を取ることにした。カウンターから野菜サラダとミニサイズのクロワッサンを選び、レジで学生証を使い精算する。自動販売機でカフェ・ラテを買って席に戻ると、澪と加織は笑い声を交えながら会話を楽しんでいた。
二学期が始まったころから、江莉は偶に身体のだるさを感じるようになった。それが最近ひどくなっている。
ここ半年の間に、江莉の祖母と父親が相次いで他界した。哀しんでばかりはいられないと、生徒会長として学園祭の準備を選んだ。目の前の仕事に意識をむけることで、身内の不幸を忘れたかった。体のだるさは頑張りすぎた結果だろう。
そこまで身を粉にして集中したのに、一番力を入れた演劇が猟奇事件で中止となった。事件の影響で学校を休む生徒たちが多くなった。生徒会長の自分がしっかりしてないからだと、江莉は自分を戒める。
(こんなことじゃ、食欲がなくなるのも当たり前よね)
江莉はフォークを手にしたものの、サラダに手をつける気になれない。友人の会話も耳を通り過ぎる。
「あ、あの……香取先輩」
不意に背後から声をかけられ、江莉は考えを中断した。ふりかえって見上げると、演劇部の一年生が立っている。緊張ぎみなそぶりで、頬を少しだけ紅潮させていた。こういう生徒は珍しくない。見なれた光景に江莉は心の中でため息をつく。
「いろいろあって大変でしょうけど、がんばってください」
叫ぶような声でそう言ったあとで、ぺこりと頭を下げて手紙を差し出した。いつもの、そして予想どおりの展開だ。
「あの……あたし、か、香取先輩に元気になってもらいたくて……これ、読んでください」
小さく震える手から、江莉は両手で封筒を受けとった。
「ありがとう」
微笑みを添えてお礼を言うと、女生徒は顔を真っ赤にしてもう一度お辞儀をし、逃げるように走り去った。
苦笑しながらテーブルに身体を戻すと、自分を見つめるふたりの友人と視線があう。加織は目を丸くし口を軽く開けて、フォークをテーブルの上に落とした。
「江莉って、女子からラブレターもらうんだ……」
何度かその場に出くわす澪と違い、初めて目の当たりにした加織が動揺するのも無理はない。
「と言うよりファンレターに近いわ。がんばってくださいとか、応援してますとか、そんな感じ」
「そ、そうなのね」
ホッと胸をなでおろす加織のしぐさは、江莉の心をほんのりと温める。
「でも中には、激しいのがあるのよねぇ」
澪の言葉に、加織が口をゆがめる。額に冷や汗が見えたのは気のせいだろうか。
「どーすんの? そんなのもらった日には」
「悪いけれど無視しているわ。一通も返事は出していないのよ」
「返事を出す相手を選り好みできないでしょ。全員に書いていたら一日が終わるものね」
澪が加織にウインクしながら理由を説明する。だよね、と言って加織は、お気の毒にというふうに肩をすくめた。
江莉は加織を、表情の豊かな子だと感じている。学園内でこういう子は、澪以外に出会ったことがなかった。
華やかさと上品さという仮面を被った女生徒たち。親しそうに会話を交わしても、表面的なつきあいだけで決して心の中は見せない。人形のようなクラスメイトと接するのに、こちらが本音を語る必要はない。
品行方正な生徒会長で、顧問の教師と対等以上に張り合える演出家でもある江莉。手紙をくれる女生徒たちも、表面的な優雅さと華やかさにあこがれているだけだ。
(誰も私の本質は見てくれない。表面だけを見てアイドル化しているだけ)
江莉は、本音を語らない重要さをこの学園で学んだ。仲間をなくさないための、生き残る術だ。
澪に出会うまで江莉の窮屈さは続いた。ほかでは見せない素顔の自分をさらけ出せる、たったひとりの親友。楽園祭でもうひとり友が加わった。
自分の心に正直な加織はこの学園では異分子だ。異端の者に対し、まわりは敏感に反応する。受け入れることを拒否し、排除することを善しとする。楽園都市フェスティバルの日に澪が加織をつれてきたとき、江莉は一瞬躊躇った。加織と親しくすることで自分や澪も排除されるかもしれない。そのときだった。
――異端者扱いされることを今さら恐れるとは。片腹痛い。
不意に声が江莉の頭の中で響いた。誰の声か解らない。だが最近聞いたような、そしてどういう訳か懐かしく感じる。いつ耳にしたのだろう。それが言うなら間違いない。
異端者扱い――憧れの存在とは、すなわち遠巻きにされる者。嫌われているかいないかだけで、異端者であることに変わりはない。それに気づいた江莉は加織を受け入れることを決めた。
「そうだ」
急に加織が手を叩く。その音で江莉は思考を中断された。
「江莉も彼氏を作ったらどう? そうなると女子からのラブレターもこなくなるよ」
「でしょ。あたしが何度勧めても、なかなか『うん』と言ってくれないの」
「じゃあ祐司さんたちの対バンに一緒に行こうよ。江莉なら絶対男子から声をかけられるって」
加織の言葉に澪も大きくうなずく。江莉は失笑した。
「あなたたち、彼氏と一緒に行くんでしょ。邪魔する気はないわ」
「祐司さんはライブに出るから、あたしはひとり。加織と違ってね」
「それを言うなら、あたしは澪&祐司さんと違って、聖夜くんは彼氏じゃないもん」
と、加織は手にしたフォークを置き、頬杖をつく。。
「でもデートに応じてくれたんでしょう?」
澪振り返り、軽く加織の顔を見る。
「聖夜くんにとって、あたしは出来の悪い妹なんだ。また悪い道に戻らないように見守ってる。そんなところよ」
「それって愛情があるって意味じゃないの?」
澪の問いかけに加織は首を横にふった。
「いつも誘うのはあたし。そして聖夜くんは断る口実を探しているんだ」
加織は小さくため息をついた。そして気を取り直したように顔を上げ、
「だからさ、江莉も遠慮しないで一緒に行こうよ。彼氏云々はどうでもいいよ。みんなで楽しまない?」
加織はまた誘いかけてくれる。新しくできた友人と共に出かけるのも楽しそうだ。江莉はふたりの誘いを受けることにした。
だが――。
「ごめんなさい。せっかくだけどお断りするわ」
(え? 私、今なんて言ったの?)
口をついて出た言葉は自分の思いとは正反対だ。
「夜遅く出歩くのは、おじいさまが許してくれないの」
江莉は自分自身の言葉が信じられない。
(おじいさまは理由を話せば許してくださる)
「だから、また、次のときに」
自分の身体がだれかに支配されているような違和感がある。江莉の中に一滴の黒いインクが落とされ、徐々に広がっていく。心のうちを素直に話せる大切な仲間相手に、どうして本心を語れない?
「残念だけど仕方がないか。無理強いしておじいさんに叱られたら、江莉が気の毒だよ」
加織は腕を組み、残念そうにため息をついた。
(違う。私はライブを楽しみたい。素直になれるふたりと一緒に)
心の中の当惑が顔に出ることはなく、代わりに「行けなくて残念」という表情をしている。学校の友人、教師、生徒会長として求められる姿を演じるときと同じだ。
(仮面が外せない――)
ふたりの前では必要ない行動だ。こんな態度を取ったのは出会ったときくらいだ。
やがて予鈴がなり、昼休みがあと少しで終わることを教える。周りの生徒たちは一気に席を立ち、教室に戻っていく。江莉たちもトレイをカウンターに返し教室へと戻った。
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