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パラダイス・ロスト  作者: 須賀マサキ
第四章

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第十三話 見せかけの優しさ

 加織たちの通う学校は、関係者の願いとは裏腹に一躍有名になった。報道では名前が伏せられていたが、SNSの発達した時代ではすぐに特定されてしまう。たとえそれが犯罪被害者だったとしても、名門私立の女子高としては大きな痛手だった。

 事実、上流階級の親たちは不名誉な出来事に眉をひそめ、娘たちを徐々に引き離しはじめた。女子寮を去る者、欠席する者、中には転校する者も出てきた。

「寮生も二割くらい減っちゃってさ。教室も半分くらい休んでるんだよ。学校って人がいなくなると、ほんと活気がなくなっちゃうんだね」

 客がめっきり減ったコンビニのレジで、加織は肩をすくめて聖夜にぼやく。

 事件のあとでも、加織の門限破りは変わらず続いている。夜遅く出歩くのは危険だからやめろとたしなめたが、

「だって聖夜くんに会うためには、ここに来るしか方法がないんだよ。あたしのことが心配なら昼間にお茶でも連れていってくれる? だったら深夜のひとり歩きをやめられるんだけど」

 と、突然こちらに鉾先が向いた。

(とんだやぶ蛇だった)

 聖夜は頬を掻く。そのとき店の扉が開きチャイムが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 聖夜が挨拶をする。声の場所を確かめたその客は商品棚には目もくれずレジにやってきた。

(やはり来たか)

 去年聖夜が巻き込まれた事件のとき、嫌になるほど目にしたタイプだ。作り笑顔でいろいろな人たちに声をかけ、他社を出し抜くような大きな獲物を探し回っている。

「きみ、もしかして例の高校の生徒?」

 不意に声をかけられ、加織がふりむいた。TVのワイドショーで見覚えのあるリポーターの男性だと気づくと、加織と聖夜に警戒心がうまれた。

「死んだ女の子のこと、何か知らない?」

「何かって、別に。学年もクラスも違いますから」

 いきなりマイクを突きつけられた加織は、()ねつけるような口調で答えた。江莉の気持ちを考えれば安易に話をする気になれないのだろう。

「なら仕方ないか。それよりこんな遅い時間にコンビニに来て、怖くないのかい? 殺人事件の犯人も捕まっていないんだよ。ご両親はきみが出歩いてるのを知っているの?」

 ()()という言葉を耳にしたとたん、加織の顔色が変わった。聖夜と出会ったときと同じ、鋭いナイフのような視線をレポーターに投げる。

「な、なんだよ。なにか文句でも……」

 加織の反抗的な目に、レポーターは一歩下がった。

「おじさんには関係ありません。両親のことは」

「おい、女子高生のくせに生意気な態度を取るなよ。大人に対する口の利き方を知らな……」

「お引き取り願えますか」

 食い下がるレポーターに聖夜は言葉を被せた。店員に口出しされることまでは計算していなかったに違いない。

「店内で許可なく取材するのは、ご遠慮していただきたいのですが」

 穏やかな口調ではあったが、有無をいわせぬ迫力があった。

「くっ……」

 レポーターは何か反論したそうだったが、聖夜の気迫に負けたのか、渋々マイクを下ろす。

 そのとき彼のポケットから着信メロディーが流れた。レポーターはほっとしたような表情を浮かべると聖夜たちに背を向け、スマホを取り出して話し始める。

「――なにっ! よし、わかった。おれも今からそっちにむかうから、先に行って情報をつかんでおけよ」

 リポーターはスマホをポケットにしまうと、聖夜たちに挨拶もせず店を飛び出した。

「ありがとう、聖夜くん」

 加織の目はいつもの穏やかなものに戻っていることに、聖夜は安堵する。

 店の入り口では店長が、

「商売の邪魔だ。おととい来やがれってんだ!」

 と叫びながら派手に塩をまいている。

「あんな人たちをまともに相手にしてたんじゃ、いくつ身体があってもたりないよ。しばらくは何度か声をかけられるだろうから、何も言い返さずに無視した方がいいよ」

 聖夜のアドバイスに加織は小さくうなずいた。

「なんだい、ありゃ。血相かえて飛び出して行きやがって。何があったっていうんだ?」

 頭に湯気を立てながら、店長がカウンター内に戻る。

「容疑者逮捕の一報だと安心ですよね」

 店長にはそう返事したが、聖夜自身それはないと確信している。演劇上映時に感じたあの邪気はまちがいなくヴァンパイアのものだ。彼らが簡単に捕まるとは考えにくい。

 店内の時計に何気なく視線を向けると、すでに十一時になっている。加織をひとりで帰宅させて良いものかと心配になったときだ。

「やあ、聖夜。今夜も元気で働いているかい」

 明るい声とともに店内に現れたのは祐司だった。買い物に来る時刻がいつもより遅い。

「ちょうどよかった。祐司、帰りに加織ちゃんを寮まで送ってくれないかな」

 祐司は気安く引き受けてくれた。

「ありがとう。今日はいつもより遅いけど、バンドの練習が長引いたのかい?」

「今日は学科の仲間といっしょに、女子大生と合コンに行ってたんだ。みんなはこれから三次会。でもおれは一足お先に帰ってきたってわけさ」

「ええっ。澪という人がいながら、女子大生と合コン? いいのかなあ。こっそりチクっちゃおうかなあ」

「残念でした。今夜の合コンは澪にも事前に話しているぜ」

 勝ち誇った顔で祐司が答えると、加織は必要以上に肩を落とす。

「合コンの真の目的はこれなんだよ」

 祐司はバッグから封筒をとりだし、中から一枚、小さな紙切れを出した。

「うちのバンドが対バンでライブをすることになったのさ。でもチケットがなかなか捌けなくてね。ノルマの半分も売れないおれとしては、合コンはマーケティングのチャンスなんだぜ」

「ライブっていつあるの?」

 加織が目を輝かせてチケットを覗き込んだ。

「十二月の最初の土曜日。何日だっけ……? おふたりさんもどうだい。おれのノルマに協力してくれよ」

 祐司は両手にチケットを一枚ずつ持ち、目の前でひらひらさせた。

「聖夜くん、一緒に行こうよ」

「今からならシフトも調整できるだろう? ライブは夜にスタートするから、生活のリズムも狂わないぜ」

 とPRした後で祐司は、聖夜の耳元に顔をよせ加織に聞こえないように話しかけた。

「学園祭のデートがあんな感じで終わったじゃねえか。加織ちゃんは聖夜の前では普通にふるまっているけどさ、内心相当がっかりしてるみたいだぜ。デートのやり直しをしてやれよ」

 祐司の情報源は澪だろう。

 加織は学園祭がきっかけで、澪や江莉と親しくなれたと何度も弾んだ声で報告してくれた。

 片や学園の優等生たち、片や元はみ出しもの。普通ならば接点のない両者がうまくやっていけるかと、聖夜は陰で気にかけていた。だが加織は予想以上にふたりに受け入れられているようだ。

 不良仲間と手を切ったとはいえ、学校でいつまでも「いない者」として扱われていると、ちょっとしたことがあればまた引き戻されるかもしれない。それが心配だった聖夜は、加織を拒否せずに寄り添っていた。

(これでぼくの役目も終わったか)

 肩の荷が下りてほっとする反面、胸の中にできた穴が聖夜に何か言い知れないものを伝える。

(ここが潮時かもしれない……)

 銃を構えた狙撃手(スナイパー)がいることを知った聖夜は、銃口が自分にむけられる前に、まわりの人たちと距離をとらねばならない。流れ弾が身近な人を傷つけることは、去年の事件で痛いほど知った。

 一日も早く敵を見つけ、街の平和を取り戻す。それができるのは聖夜以外にいない。

「もしかして……ことわる理由をさがしてるの?」

 聖夜の態度がはっきりしないのを敏感に察知し、加織は不安げな顔をした。

「いや、そんなことないよ」

「だったらOKしてくれるの?」

 今にも(うる)みそうな瞳が聖夜を見上げた。

 これ以上親しくしていたら、加織が巻き込まれるかもしれない。だからといって今すぐ突き放すこともできない。

 中途半端な同情が残酷な結果を生むことになる。

(解っているよ。でも……)

「もちろん。祐司の演奏は見たことがないから、ぼくも楽しみだよ。そうだ。その日は一日ずっと一緒にいようか」

 聖夜の提案に、加織は急に瞬きを繰り返す。

「ほんと……? 本当にいいんだね」

「もちろんさ」

 当惑する加織に聖夜は笑顔でうなずいた。

(これが最後だから……)

 すがりつく手を払えない。優しさのふりをした残酷な行為だ。切り離すことが加織の安全につながると解っていても、それができない。

 悪い人になりたくない。自分自身の中にある弱さだ。いい人でいたいという甘えは、必ず不幸を呼びよせる。


 悲しい予感は近い将来現実となり、聖夜を苦しめるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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