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第十一話 綾子の不安

 聖夜がかのこ荘に帰ると、綾子が待ちかねたように玄関まで飛び出してきた。

「聖ちゃん、やっと帰ったんだね。で、一体何があったんだい? 詳しい話を……」

 と言いかけた綾子だったが、聖夜が雨でぬれているのに気づくと、

「お風呂を済ませたら食堂においで。晩ご飯を用意して待っているから、そのときに話そうよ」

 綾子はそう言い残し、そそくさとキッチンに向かった。聖夜は姿を苦笑しながら見送る。

(部屋でひとり、今日の事件について考えたかったのにな)

 そんなふうに計画していた聖夜だが、綾子の強引な態度につい断れなかった。


 入浴後に食堂にいくと、綾子がお茶を飲みながら、うつむき加減で小さなため息をついている。聖夜の到着に気づき、顔を上げて無理に作ったような笑顔を浮かべた。

「祐さんから聞いたよ。今日は大変だったそうじゃないか。おつかれさま」

 学校をあとから出たにもかかわらず、祐司の方が先に帰宅していたのか。あのタイミングで江莉の祖父が到着していたから、聖夜が加織を寮に送っている間に祐司たちも車で送ってもらったのだろう。

「事件が起きたときの聖ちゃん、テキパキしてかっこよかったんだってね。主役の女の子をなだめたり、倒れた女の子を介抱してあげたり。大活躍したんだねえ」

 ひとしきり感心する綾子に「そこにヴァンパイアの影を見たから行動した」とは言えなかった。話したところで誰も本気で耳を傾けない。あのような体験をした聖夜でさえ、最初はヴァンパイアの実在を疑っていた。

 科学の発達と合理主義がもたらしたものは、人々への恩恵だけではない。

「迷信・非科学的」ということばのもとにすべての魔物たちを追いはらい、闇に生きるものたちは想像の産物となった。

 存在を信じないこと——それこそが魔物たちにとって、最高の隠れ家になっていることに気づいていない。

「あの被害にあった女の子、一週間前に捜索願いが出てたんだってね」

 綾子は声のトーンを落とした。

「そうなんですか?」

「いやね、これは単なるうわさなんだけどさ」

 と前置きした綾子は、

「つい二、三日前にもひとり、いなくなった女の子がいるんだって」

 手を口元にもっていき、ひそひそ声で聖夜に話す。

「もしかして同じ学校の生徒?」

「そうなんだよ。妙だと思わないかい?」

「いや……でも、あくまでうわさ話に過ぎないんですよね?」

 綾子には、生徒の失踪から連想するものがあるのだろうか。

「おばさん、何か知っているみたいな口調だね」

「え、いや、とんでもない。あ、あたしゃなンにも知らないよ」

 綾子は両手をふって否定する。だがどう見てもその態度は不自然だ。

「ひょっとして、公になっていないだけで、失踪事件はたくさんあると思っているとか……」

 聖夜は思い切って鎌をかける。

 だが逆に綾子は口を閉ざしてしまった。肩を落とし、視線が手元の湯呑みに落ちる。

「そうだね……聖ちゃんの言うとおり。失礼な早とちりだね」

 綾子は湯飲みを手にし、気を落ち着けるように一口飲んだ。

「もしこのうわさ話が本当だったらって、心配になったもんだからさ」

「おばさんだけじゃない。そんな話を耳にしたら誰もが同じふうに感じるよ」

 聖夜の返事を聞くと、綾子は小さくうなずき、残りのお茶を一気に飲み干し、テーブルの上にそっとおいた。

(……あれ?)

 そのときに初めて、聖夜は綾子の手が小刻みに震えていることに気づいた。よく見ると、いつもより顔色も悪い。

「おばさん、風邪でも引いたの?」

「いや、あたしは元気だよ……」

 言葉とは裏腹に、綾子の声は弱々しい。言いたいことがあるのに言い出す術を知らない。聖夜には綾子がそんなふうに見えた。

 湯呑みを手にして、聖夜は綾子の言葉を待つ。無理して聞き出すつもりはない。そこに事件の糸口があったとしても。

 食堂に静けさが漂う。綾子はずっと手元を見つめていたが、急に拳を握り、おもむろに口を開いた。

「あたしはね、これは連続して起きる事件の始まりのような気がしてならないんだ」

 事件の始まり――その言葉を吐き出した綾子は、恐怖に耐えきれないように、両腕で自分の身体を抱きしめる。

「ちょっと落ち着いてよ。どうして、そんな」

「あたしだけじゃない、旧市街地の人たちは、みんな同じように思ってるさ」

「それってどういうこと?」

 聖夜は続く言葉を待った。だが綾子は口をつぐみ、それ以上何も語らない。

 どう対応すればいいか解らず、聖夜はただ綾子のようすを見守るしかできない。

「――すまなかったね。こんなこと言ってしまって。ただ、誰かに吐き出したかったんだよ。聖ちゃんならいいかなって思ってさ。前にあんたに助けられたもんだから、ついね」

「そうだっけ? 助けられたのはぼくのほうだよ」

 聖夜が微笑みとともに否定すると、綾子はようやく穏やかな顔を見せた。

「おばさんが心配することはないって。もし不安なら町内の自治会で相談すればいいんじないかな。確か店長が会長だったよね。誰よりも頼りになりそうだ」

「だね。今度源さんと相談してみるかねえ」

「じゃあ明日のバイトで、ぼくからも話しておくよ」

 と、そのタイミングで聖夜の胃が鳴り、ふたりは日常に引き戻された。

「あ、ごめんごめん。晩御飯を準備しておくって呼び出したのに、あたしゃ何やってんだろ」

 いつもの調子を取り戻した綾子は、バタバタと調理室に駆け込んだ。緊張が解けたのはいいが、それが自分の空腹がきっかけだと思うと、聖夜は我知らず苦笑していた。


(それにしても、どこから、もっと多くの生徒がいなくなっている、なんて思いついたんだろう)

 この街自体は二十一世紀になって開発された新興住宅街だ。研究所や開発会社と教育機関を中心に生まれた。歴史は浅い。

 元々は駅の反対側にある小さな町だったが、開発とともに旧市街地は駅前の商店街を除き、時代に取り残されている。

 ——連続して起きる事件の始まりのような気がしてならないんだ。

 綾子の想像が何かの経験から生まれたとしたら、古い町で昔大きな事件でもあったのだろうか。

(まさか……)

 ヴァンパイアの棲む町。時代を超えて生き続ける魔物が、あの小さな町に潜んでいるというのか。

 聖夜がここに落ちついたのは偶然ではなく、闇の本能がここに留まらせたのだろうか。

 あるいは逆に聖夜の存在が、ヴァンパイアを目覚めさせた?

(ただ、ふらっと立ち止まったつもりだったけど……もしそうならば、ぼくは……)

 あまい夢を見て過去にしがみついてはいけない。

 夜の住人が昼の世界を不当に侵すのであれば、境界に立つ番人は、彼らの侵入を許してはならない。


 ——わたしを殺しても、ヴァンパイアは数多くいる。おまえの存在はまもなく広まるだろう。さすれば彼らは、放ってはおかぬ。それらすべてを敵にまわすか?


 初めて戦ったヴァンパイアが、死の間際に聖夜に残した言葉だ。闇の世界を拒否したときに、心は決まった。黄昏時に踏みとどまることで夜の住人を敵にまわす。それを宿命というのなら、甘んじて受け入れよう。

(それこそが、ぼくの存在する意味なのだから)

 平穏な時間は、終わりを告げた。

 そして聖夜は、自分の宿命と正面からぶつかる決意をした。

最後までお読みいたきありがとうございました。

ブクマや一話ごとの評価などをいただけたら執筆の励みになります。気に入ったよという方は、ぜひよろしくお願いします。

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