一徹目:汚部屋の魔法使い
【主人公は特殊な訓練を受けています、決して同じような生活スタイルをしないで下さい】
作品に興味を持って下さり、ありがとう御座います!
どうぞ最後までお楽しみ下さいm(_ _)m
カリカリカリカリ........。
薄暗い部屋にペンの走る音がする。
12畳程の部屋には所狭しと本が積まれ、または開かれたまま伏せられ、足の踏み場がない。
どれだけの期間物を動かしていないのか、そこら中が埃だらけで、テーブルと化している本やその上にあるコーヒーカップ、散乱しているドリンク缶にも分厚い埃の層が出来上がっている。
本来壁にある筈の窓は、築かれた本の壁により行方知れず。
陽の光は入らず、風も無い為空気は淀み、湿気も篭っている。
恐らく彼方此方で菌類が大繁殖していることだろう。
そんな異界魔界と見紛う部屋では、今日も部屋の主たる男がペンを走らせていた。
男の名はクオン・ネムレーヌ、王国の学園講師で魔法狂いだ。
目元が隠れる程に伸び切った灰色の髪は全く手入れがされておらず痛みきっており、埃と汚れに塗れたローブから見える肌は青白く骨の様、そして血走った目元には大きな隈があった。
とても健康そうには見えない、寧ろアンデットにしか見えない。
それもその筈、この男は普段から真面に睡眠をとっていないのだ。
別に激務により眠れないというわけでは無い、ただ単純に食べる・寝るといった生きるために必要な時間の殆どを研究に回した。
ある意味、魔法研究の為に人間を辞めたのがこの男、クオンである。
「ふむ、貴女はそう考えるのか。僕はこう思うけれど、どうかな? え、違う? そうかなぁ」
男の呟きが、僅かに聞こえる。
部屋には男以外誰も居ない。
独り言にも聞こえるが、流暢に会話している様子から本当にもう一人居るようだ。
そろそろ精神的にも危ないのかもしれない。
そんなたった一人の会話とペンの音だけが聞こえる部屋に、一人のグラマラスな美女が現れた。
女は部屋に入っ......ることは諦め、入口からクオンに声を掛けた。
「クオン。貴方、家庭教師になりなさい」
◇
凡そ500年前、世界は邪神により滅ぼされかけた。
人々は災害、魔物、疫病など様々な邪神の脅威に晒され生きていたが、それを悲しんだ女神により一人の偉大な魔法使いが遣わされる。
その名はアル・アジフ、人々は彼女の事を『魔女』と呼び感謝を捧げた。
その後、魔女は五年の月日を掛け邪神を封印することに成功する。
人々は彼女の偉業を讃えた。
しかし権力者達は彼女の名声に嫉妬し、またはその力が己に向くことを恐れ、愚かにもその命に手を掛ける。
命を落とした魔女は五つの流れ星となり世界に散っていった。
権力者達は己の天下を取り戻したかに思えたが、魔女が居なくなったことにより邪神の封印が緩んでしまい、世界は再び脅威に晒される。
その事実を知った女神は激怒し、二度と人間を救う事はしなかった。
それ以降世界は女神や魔女の庇護もなく邪神に対抗する事となってしまい、各国は魔女の遺産ともいえる魔法知識を研究し日夜研鑽に勤しんでいる。
そんな世の中において魔法技術の習得は身分に関係なく必須であり、容姿・家柄・資産・学歴と並んで人の価値を推し量る物差しとなっていった。
特に良い家柄の家庭ほど技術習得に力を入れており、魔法技術の高さが家の各を示している。
勿論、一般人の中にはマッチ程の火しか出せないような者も居る、しかし貴族社会でそれは許されない。
魔法技術が低いと生まれてくる子にも影響があるかもしれない、つまり貴族社会では爪弾きになるのだ。
クオンが務める魔法学園はそんな魔法使いの子供達を魔術師に育成する教育機関なのだが、今そこに一人の男が訪れていた。
王国貴族の一人であるアルト・セレナーデ子爵だ。
彼は今非常に焦っていた、その理由は大事な一人娘のレオナ・セレナーデにある。
今年で14歳なり次の年には魔法学園への入学が決まっているのだが、一つだけ問題があった。
彼女は魔法が操作できないのだ。
魔法技術の習得にはいくつかの段階があり、魔力を知る『認識』、魔力を体内で動かす『循環』、魔力を術に組み替える『変換』、そして組み替えた魔力を体外で操る『操作』、以上の4段階になる。
レオナは変換までを問題なくこなせるのだが、生まれ持った魔力量が邪魔をし操作の際に暴走してしまう。
「お父様、申し訳御座いません。私が不出来なばかりに、苦労をお掛けしてしまい……」
「そんなことを言うな、レオナ。お前はよくやっている。第一、魔力量は王宮魔術師を超えるのだぞ、何を恥じる事があるものか!」
名誉の為に説明をするが、彼女は決して不出来ではない。
とても10歳思えぬ程の速度で勉学を修め、魔法技術の習得も早かった。
そして、修練では得ることの出来ない圧倒的な魔力量と弛まぬ努力、そんな才能と努力を兼ね備えた人物なのだ。
だが、操作の段階に入ったあたりから遅れが生じ始める。
子爵としては可愛い娘にプレッシャーを与えたくないので、少しづつ習得すれば良いと気長に考えていたのだが、気付けば入学が次の年に迫っていた。
改めて言うが、魔法が使えない者は貴族足りえない。
子爵は人脈を駆使して何人もの高名な魔術師を講師に呼び寄せたが、全てにおいて結果を出さなかった。
形振り構っていられない子爵が最後に頼ったのが、レオナが来年入学する予定の魔法学園。
校長であり、国防魔導師でもあるスノウ・アバランチであった。
スノウは如何にも魔女然とした恰好の20代半ばに見えるグラマラスな美女だが、実は非常に高齢な女性である。
100歳を超えているとの噂もあるが、実年齢は誰も知らない。
「アバランチ様、どうか娘を助けて下さい!」
国防のトップに魔法を教えて下さいなど、身の程知らずにも程がある。
しかし貴族としての恥など娘の為ならば被ってみせる、そういう気概を感じた。
「うーん、入学までの期間を考えると講師というか家庭教師になりますね」
「はい、魔導師であらせられるアバランチ様にこのようなお願い、失礼に当たることは重々承知しております! しかし、このままでは娘が貴族社会で生きて行けないのです! お願い致します!!」
床に頭を擦り付けて請う子爵に、スノウは困り顔だった。
一介の子爵如きが魔導師に直談判など無礼打ちされても仕方ない所業だが、それほどに子爵は必死なのだろう。
「少しだけ心配はありますが適任者が居ます。後日また来て頂けますか? 説得に数日かかると思いますので」
スノウは子爵にそう伝え一度帰って貰い、埃だらけの汚部屋に足を向けた。
◇
話は冒頭へ戻る。
汚部屋へやって来たスノウは、入口から部屋の主に声を掛けた。
「クオン。貴方、家庭教師になりなさい」
「嫌です」
即答である。
「第一、僕は講師をしています。なのに家庭教師? 意味が分からない」
「講師は一時休職よ。殆ど仕事していないのだから行きなさい、業務命令です」
「仕事してますよ、失礼な」
クオンは平民にも関わらず上級講師という役職に就いる、その為授業以外の仕事を免除されていた。
また、通常ならば授業後に生徒が授業の分からなかったところを質問等してくるものだが、彼の授業は非常に分かり易いと有名で休み時間に生徒が来ることも無い。
その為クオンは教室と私室を往復するだけの毎日を送っている。
更に、分かり易い授業と柔軟な対応、そして親しみ易い距離感から生徒と保護者に人気で、結果『仕事しないのに大人気な講師』という意味不明な立場を確立した。
ちなみにその外見から、クオンは生徒達から『死霊先生』と呼ばれているらしい。
だがこれを聞いて面白くないのが貴族講師達。
何故平民が貴族に魔法を教えているのか、何故働かないのに許されるのか、何故、何故。
ただでさえクオンが平民という事で鼻持ちならないというのに、生徒の成績ですら負けていると言う現実が更に軋轢を生んでいた。
「貴方ね、他の講師から評判がすこぶる悪いの。ちょっと家庭教師をして、少し功績を残してきて頂戴。そうすれば少しは私も擁護できるから」
「僕は評判なんて気にしてないですよ? カリカリすると老けますから気を付けた方が良いです」
「私が気にするのよ。それと、次同じことを言ったら凍らせるわよ……」
スノウから冷気が漂う。
「とにかく、嫌と言ったら嫌です。家庭教師をしている間にどれだけの魔法書を読めると思っているんですか。時間の損失です、僕の」
「で、今回行ってもらう家だけれど」
「話を進めないで下さい」
スノウは容赦無く話を進めるが、クオンも抵抗する。
仕事を辞めさせられるのは困るが、何でも言う事を聞くと思ったら大間違いなのだ。
「何を言われても行きません、諦めて下さい」
「セレナーデ子爵家の御令嬢、レオナ・セレナーデ14歳。彼女は……」
「ん? すみません、もう一度言ってください」
クオンはその家名を聞き、待ったをかける。
「え、だからセレナーデ子爵家の御令嬢で」
「……へぇ、そうなのですか、その子が。うん、そういう事なら僕も興味が湧いてきました」
「……ねぇ、誰と話しているの? 大丈夫?」
「へへへ。スノウさん、引き受けます。何時から行けば良いでしょうか?」
妙に素直なクオンにスノウは怪訝な表情を浮かべたが、彼女には彼女の目的がある為話を進め、クオンは「とりあえず直接あって確かめよう」とスノウさんに了承の旨を伝えた。
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