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Magic Doll  作者: TORO
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第四話 弱者と強者


「あれが例の噂の子ね」

「そうそう、あの年齢で学園の教師顔負けの魔力らしいわよ。そこまで行くと気味が悪いわ」

「ごめん…理瀬ちゃんと一緒に居るとちょっと怖いんだよね」

「またあんなにどでかい魔法使ってる。やっぱり俺ら凡人と天才は違うね。どんだけ見せびらかしたいんだっつーの」

「危ないから山本さんには近づかないのよ?」

「山本さんってあの天才の子でしょ?無理無理、私たちとは産まれた瞬間から生きてる世界が違うんだから。恵まれてんのよ」



…………




 瞳を開けると、視界には見慣れない天井が広がっていた。何処?…と思ったが、微かに香る薬品の匂いと寝転んでいる今の状況から、おそらくここは保健室だと推測する。懐かしい夢を見て最悪な気分で目覚めた彼女は、少し硬いベットに身を委ねたまま疑問に思う。なぜ、自分がここに居るのか…。眠る前の記憶を辿ろうとしたところで、隣から声が聞こえた。


「おはよう美人さん。想定よりも随分と早いお目覚めだけど、体調は良さそうだね。痛むところない?」


 首を横に向けると、声の主は椅子に腰掛けており、おそらく私のであろう本を読んでいた。目の前の状況を処理すると同時に、彼を見たことで眠りにつく前の記憶が蘇る。


 あぁそうだ。私…負けたんだった。


 まるで走馬灯でも見ているかの様に、一瞬で全てを思い出した。正真正銘、全力で立ち向かって負けたこと。家から使用を禁止されている毒属性を使ったこと。それでも目の前の男には歯も立たなかったこと。今まで味わった事も無い、全身を引き裂かれるような痛みと死の感覚。

 今の感情を一言で表すなら、悔しい。悔しいのだが、薄れる記憶の中で確かに聞こえた彼の言葉が耳に残っている。

「俺はもっと恵まれてる」

 それは自分よりも明らかな強者から、さも当然のように出た言葉。それは知らぬ間に彼女が心の中で求め続けていた言葉。事実であるが故に、驚くほど簡単に、彼女の幼い頃の呪い(トラウマ)を解放してくれた言葉だった。


「……えっと…負けました」


 歯切れは悪いが吹っ切れたような清々しい顔で言う理瀬に対して、愛斗はツッコミを入れる。


「素直すぎて驚くわっ…まぁいいけど。気分悪くない?意識が飛んだ原因は魔力枯渇だったから良くても2日は寝込むと思ったんだけど」

「このぐらい大丈夫…。よい…しょっと。だいぶ眠ってたみたいだし」


 理瀬は起き上がりベットに座り込んだ。

 この様子を見て愛斗は、理瀬が以前にも魔力枯渇を起こしたことがあるのだと確信する。

 魔力枯渇とは体中の魔力の殆どを消費することで、人体に悪影響を及ぼす状態のこと。魔力が無くなることで、新たな魔力を作ろうと血液と混じり合う魔素の量が一時的に多くなり、酸欠を始めとする様々な症状を引き起こす。勿論、最悪の場合は多臓器不全等で死に至ることもある。

 初めての魔力枯渇では最低でも一週間以上眠り続けることがざらで、熟練の魔法使いでも、戦闘中に魔力が無くなることは純粋な死を意味する。今回理瀬が早く目覚めたのは、以前に何度か魔力枯渇を起こしたことによって体内に取り込まれた魔素の魔力変換率が高まっていることを示していた。


「過去にどんな訓練をしたか知らないけど、意外とタフなんだな。授業聞いてない割にはこんな難しい本読んでるし。とりあえず安心したわ。それじゃ明日の昼飯宜しくなー」


 愛斗は理瀬の無事を確認したところで、読んでいた本を閉じて彼女に背を向け歩き始めた。


「…待って」


 しかし直後、背後から聞こえて来た声によって歩みを止める。


「ん、どした?」


 愛斗が振り返ると、理瀬は先程の寝起きとは打って変わって真剣な表情で俯いていた。


「私ってさ…。物心ついてからは本気出したことなかったの。自分の意思で。自分で言うのもなんだけど、それなりにやれば大体の事はできるし、周りを見てもこれ以上強くなる必要なんてないって思ってた。…いや、本当は化け物染みた自分の力を見る周りの目線が怖かったの」

「あぁ、成る程ね」


 愛斗は耳を傾けて相槌を返した。なぜなら愛斗も周囲の視線に対して恐怖を感じた時期があり、その辛さが分からない訳ではないからだった。

 だが恐怖の質は理瀬のモノとは全く異なる。愛斗は周りの脅威すぎる者たちから向けられる、お前なんてすぐにでも殺せると肌で実感する程の視線を受け続け、その環境で生き延びてきた。


「けどね。さっき初めて自分の意思で全力で戦ったら、手も足も出なかった。同い年で自分より強い人がいることに凄く安心した。安心したけど、少し落ち着いて考えると、…やっぱり悔しいよ。今まで散々、逃げておいて…いざ負けると悔しいなんて……ぐすっ…ほんとバカだよね。よく分かんなくなっちゃった。私が、自分に逃げて過ごしてきた時間が、無駄に感じられて。…私って…弱かったかな?」


 理瀬は自分でも何を聞いてるのか分からなかった。いつ振りにこんなに感情的になっただろうか。頬には止めど無く涙が溢れる。初めて全力で戦った相手に完敗したことで、自分が井の中の蛙だったことを知った。出会って数時間しか経っていないが、余りにも大きい存在となった愛斗を前にして、自然に出た言葉だった。


 愛斗はそれを聞いて、少し考えた末、本音を理瀬に伝えた。


「……あくまで俺目線で言うと、決して強くはない。上には上がいるし、今の美人さんは遊佐さんと戦っても1分持てばいいとこ。毒属性を使ってもね。けど潜在能力と魔力の使い方自体は想像よりも良かった。美人さんは逃げてたって思うかもしれないけど、並の努力であそこまで綺麗に魔力は使えない。外野から見ると否定すべきは美人さん自身の過去じゃなく、周りが誰一人そのことに気づかずに、尚且つ全力を受け止められる人に出会えなかったこと。…決して弱くも無い。それにこれからもっと強くなれる。なろうと思えばだけどね。美人さんはまだ上に行ける素質があるよ」


 理瀬はまだ俯いたままだが、今自分が彼女にどう言う顔をすれば良いのか分からなくなった愛斗は、再び後ろを向き今度こそ出口に向かって歩き始めた。


「待って愛斗くん」


 しかしまたもや理瀬から呼び止められ、結局ぎこちない顔で振り向く羽目になった。


「…どうした?」

「ありがとう、きっと今日愛斗くんと出会ってなかったら私はずっと腐ってたと思う。私、もっと強くなるね」


 理瀬の言葉に愛斗は昔の自分が重なり、身内以外では滅多にない純粋な気持ちで力を貸してあげたいと思った。


「あぁ、すぐなれる。なれるように教えてやる。そしたらまた改めて戦おう」

「…うん。ありがとう」


 愛斗は少し照れながら答え、あながち学園生活も悪くないな、と感じた。


「あ、ねぇ今って何時?」


 いつの間にかすっかり泣き止んだ彼女に、確かに授業が終わってから相当な時間が経過していると思った愛斗は携帯で時間を確認して、理瀬に伝えた。


「19時。授業は遊佐さんが出なくて良いって言ってたし、そもそも美人さん授業聞いてないから大丈夫でしょ?」

「そっか、道理でお腹が減ってる訳ね……。ねぇ、今から夕ご飯掛けて私と賭け事しない?」

「はい?」

「まだ学食開いてるし、良いでしょ?」


 ここに来て予想外の賭博を持ちかけられた愛斗は、彼女の昼ご飯の量を思い出して何とか納得して答えた。


「…まぁ良いけどルールは?」

「私がコップの水に毒を入れる。全て飲めれば愛斗くんの勝ち。一滴でも残したら私の勝ち」


 普通の人間に対してそれは殺人宣言なのですが…と答えたかったが、無論愛斗にとっては一切問題は無いし、夕ご飯も一人で食べなくて済むし、無料だし、断る理由が無かった。


「オッケー。つくってよ」

「ちょっと待ってね……」


 理瀬は立ち上がり、机の上に置いてあった紙コップに水を注いで愛斗に渡す。


「出来たわよ。はい」


 差し出されたコップを手に取り匂いを嗅ぐが、現状無色無臭で何の変哲もないただの水だった。たとえ猛毒が入っていても、体内に循環する彼の魔力の性質が毒如きに負ける事はない。


「それじゃ頂きまーす…ッブーーー」


 はずだったが、彼女が使用した毒は味覚に作用するモノ。味はとんでもなく酸っぱく、さすがの愛斗もこれには予想外で一口も飲むことなく水を噴き出してしまった。


「あはっ、あはははははは。あー面白い。愛斗くんってほんと怖いもの知らず過ぎ。夜ご飯ゴチになりまーす。ほら、行こ?」


 この瞬間、愛斗の中で目の前の女は、美人さんからお前にまで格下げされた。


「お前って意外とヤバいヤツなんだな。明日の昼はたらふく食ってやるから覚えとけよ」



……………



 トゥルルル。トゥルルル。


「もしもし」

「私だけど。どう?そっちは」

「初日は楽しく過ごせたよ。で、要件は?」

「あら、私が何も無しに電話しちゃダメ?」

「珍しいな。雪降るかも」

「たまに見る雪は綺麗よ?良いじゃない」

「はぁ。じゃあ質問なんだけど、ここの学園長って何者だ?魔力だけならアンタと並ぶだろ」

「リーシャのこと?アレはそこら辺の裏の魔法士と比べても格が違うわよ。まぁ、表舞台にもそーゆー人が居るって事。因みに愛斗、あなたがある程度本気じゃない限り、手を出しても勝率はゼロよ」

「やっぱそうだよなー。あ、今年の年末はその学園長と過ごすから戻らねぇぞ」

「ふーん、そう。まぁ色々と良い経験になると思うわよ。それより随分と機嫌良いわね。初日から良いことあったの?」

「あぁ、2人面白い子を見つけた。1人は氷と毒の二属持ち。それに素質がある」

「ふーん、それ山本のとこの子でしょ。あそこは家柄が特殊だから、引き込むんならそれなりに覚悟しとくことね。その子の未来をぶち壊す覚悟を。ま、背負うモノが大きいほど成長するもんだし、良いわよ好きにして」

「よく一発でわかるな。まあ考えとくよ。あともう1人が桜井の娘」

「あらそう。…そっちの方が面白そうね。挨拶に行っときなさい。先生が居たらアレも渡しといてね。涼にも宜しくと。2ヶ月後にそっちに顔出すからって」

「そう言えばなんか封筒があったな。了解」

「あと仕事が一つ。こないだ優希とシャルクの幹部メンバーを少し消したんだけど、残党の動きが煩わしいの。処理しといて?」

「あー、それが本題ね。潰していいんだよな?」

「よろしくー。じゃまた」

「はいよ」


 その日の夜中。

 六本木にある65階建てのビルの最上階に愛斗はいた。

「シャルクのトップなんだろ?ちょこっと静かにしてくんね?」

「んっ、んー、んーー」


 広いテーブルには魔法で手足、口を拘束され喋る事ができない男が座っている。


「って言ってもお前以外は無事地獄に行ってるしな。お前、殺したとき殺される側のことなんも思わなかったの?」

「んんっ、んんんんんっ」

「はぁ、もういいわ。多少裏齧ったぐらいで調子乗んな。てか一般人に手出したのお前らだろ?」

「ん、んんっ、んんんん」

「俺も仕事なのよ。お前と一緒で一切悪いとは思わないけど。また来世で、さよならー」

「んー、んん、んっ、んーー…………」


バゴッ…パシャッ。


 男は見えない力によってだんだんと首が捻れていくことに必死に悶えて抵抗するが、ものの数秒で限界を迎えて首の骨が折れ、そのまま胴体と顔が捻切れた。


「お前らが正義のヒーロー気取って殺した奴もな、死んだら悲しむ人間がいんだよ。例えクソ親でも死んだ方が良いやつでも、どんな理由があっても。誰かを殺すときは誰かに殺される覚悟しとけっつーの。死ぬ間際にごちゃごちゃ抜かす奴が一番嫌いなんだよ」

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