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Magic Doll  作者: TORO
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第二話 良縁と悪縁


「ふふふーん。どこのクラスかなー?」


 遊佐が教室に入ってまもなく。

 学園の廊下には愛斗の他に、鼻歌を歌いながら、今にも踊り出しそうな雰囲気で歩く生徒がいた。


「この階でも無いかー。ってことはやっぱり遊佐さんのとこだ」


 独り言を呟く彼女は、指先に魔力で作った小球を器用に親指から小指、小指から親指へと移動させて遊んでいる。

 学園には学年毎に校舎が分かれており、それぞれの校舎には1階と3階、5階で行き来できるようになっている。クラスは各学年共通でAクラスが3階、Bクラスが4階、Cクラスが5階にある。

 彼女が現在いるのは4階なので、目的の5階に行くために廊下の突き当たりにある扉を開き、階段のある踊り場へと出た。そこでふと目線を横に逸らすと、タイミング悪く階段を上がって来たBクラスの担任教師と目が合ってしまう。が、彼女は別に驚きもせず、何事も無かったように目線を外し、5階へと続く階段に足を掛けた。教師も教師で、既に始業のチャイムが鳴っているにも関わらず、意気揚々と階段を上る彼女の方を見向きもせずに通り過ぎて行った。


「十中八九訳ありだよねー。()()()でも一切の情報が出てこなかったもん」


 5階の踊り場に辿り着き、彼女はまた独り言を呟く。

 彼女がこう言うのも無理はない。今回のお目当ての相手は、通常では考えられないほど一切の情報が出てこなかった。初めは噂が耳に入り軽い気持ちで詮索を始めたが、2日かけても時間だけが過ぎて何も成果を得られなかった。ムキになった彼女は、決して少なくない金額を費やし、今度は裏のあらゆる情報網も駆使して詮索にあたったが、結局蓋を開けても転校生が男か女かすら不明に終わった。


「絶対に…私が一番最初にどんな奴なのかを見てやるっ」


 もはや勝手に一人で対抗心を燃やしている彼女は、扉の隙間からそーっと顔を出し、Cクラスに繋がる廊下を見渡した。…がしかし、期待とは裏腹に彼女の視界は、誰もいない真っ直ぐな廊下を映し出した。


「あれ?誰もいな…」


 彼女が疑問を口にしたその時、突然背後から殺気とまではいかない程度の威圧感を感じ取り、彼女は途中で口をつぐんだ。


「……この展開は予想してなかったわ」


 彼女は真顔になり、そこそこの殺気を出しながら振り向く事なく呟く。

 きっと一週間探し求めていた答えは確実にすぐ後ろにある。しかし現実はそれどころでは無かった。珍しく彼女の頭の中では警報が鳴り響く。

 自らが隠れて行動している時に、不意に背後を取られた。どんな性質の魔法かにもよるが、例えそういう性質の魔法であったとしても、相手はかなり格上の可能性が高い。わざわざこちらが気付く様に放たれた威圧感が無ければ、彼女は永遠に気付く事は無かったかもしれない。


「全く分からなかった。いつから気づいてたの?」


 ここが戦場であれば彼女はフリーズする前に全力でその場から逃げたであろう。勿論、逃げる前に死んでいた可能性の方が高いが。しかしここは学園であり、彼女が想像しているような物騒な事はおそらく起きない。そんな事を考えていると、背後に立つ人間がようやく話し始めた。


「お姉さんが3階の渡り廊下を隣の校舎から陽気に歩いて来たとこからかな。校舎の方向的に、お姉さん3年生?途中教師にもバレないもんだから、どんな人が来るのかヒヤヒヤしてたよ」


 返ってきた声色から判断するに、やはり声の主は彼女の殺気をもろともしてない。ただこの状況に怒っている訳でも無さそうで、唯一の疑念であった声の主が戦闘狂のようなネジが外れた奴じゃないことが分かったところで、彼女は殺気を解いた。そして自然な笑みを溢しながら、お待ちかねの声の主の方にパッと振り向いた。


「そっかー、最初からお見通しだったのか。()()()()()()全く同じ見破られ方でびっくりしちゃったよ。それよりここに居ていいの?そろそろ呼ばれるんじゃ無い?」


 彼女の目の前には想像よりも大人っぽく整った顔つきの男子生徒がいた。しかしそんなことよりも彼女の瞳は別のものを捉えていた。それは、通常不規則に乱雑して存在するはずの魔粒子が、彼の周囲だけまるで規則性を持つように、驚く程整頓して存在している。確かに、ある一定以上の実力者の魔力は周囲にまで影響を及ぼすことがある。しかしここまで落ち着いている魔粒子を視るのは、学園長と母親以来、ましてや同年代では初めてだった。


「大丈夫、あの調子じゃあと2分は呼ばれない。次は俺が質問しても良いかな。お姉さんって学園で何位なの?」

「…え?あぁ、私は42位だよ」


 彼女は愛斗の質問で我に返った。芸術的とも言える彼の周りの魔素に見惚れていて、考える事もなく正直に自分の順位を言ってしまった。

 一方で愛斗からすると予想と異なる返答ではあったが、成る程と納得した表情を浮かべ笑顔で答えた。


「そっか。それってわざとだよね?流石にそのレベルで()()できるんなら、せめて2、3位ぐらいの実力がないと骨が折れるよ」


 愛斗の答えに、彼女は先程の自らの失言に気付く。ここまで三年間、彼女は(めんどくさいと言う理由だけで)実力を隠して生活してきたが、それが出会って1分も経たない相手にバレてしまった。やっちゃった…と心の中で思うが時既に遅し。

 だがここで彼女はふと疑問を浮かべる。同化という言葉は本来使わない。嫌、知らないと言った方が正しい。何故ならこの魔法は母親が発案したオリジナルの魔法だから。なら何故彼はその言葉を知っているのか。


「…なんで同化を?」

「え?違った?」

「いや、合ってるけど…何で知ってるの?これを見破る君こそすぐ1位取れるんじゃない?」


 今度は愛斗が困った顔をする番だった。


「お姉さんが1位だったら話が早かったのに」

「あぁそれは無理。私めんどくさいこと嫌いだから」

「それは残念。…そろそろ呼ばれるし、また今度ね。桜井火憐(さくらい かれん)さん」


 平然と名前を呼ぶ彼。下の名前まで呼ばれるのは予想外だったが、やはり先程の疑問は間違いではなかったと分かった。


「…やっぱり()()()のこと知ってるの?」


 背を向けた彼に彼女は問う。

 彼は振り向き答えた。


「同化なんて魔法、涼さん以外で使える人限られるからね。それに魔力の質自体は火仁さんに似てるし。となると答えは、一人娘ってなるでしょ?」

「…」


 自分の知らない人物で、想像以上に桜井家と親交がある目の前の男に、火憐は言葉が出なかった。


「…あなたの名前は?」

「柏木愛斗。あ、涼さんと火憑さんは良いけど、火仁さんだけには会ったこと言わないでね?俺もめんどくさいこと嫌いでさ」


 火憐はそれを聞いて何も言い返さずに、彼が去っていくのを待った。そして間も無く彼が遊佐から呼ばれて教室に入ったところで、彼女は緊張の糸が解けて地面にぺちゃんと座り込んだ。


「…あー、緊張したよー。これまで私が必死に素性隠して生活してきた苦労は一発で消し飛んだし、挙げ句の果てには家族と知り合い?…もう訳わかんない……よし、もう柏木くんと関わるのは辞めよう」


 火憐は相変わらずの独り言を呟き、愛斗の知らないところで大きな決断をするが、これこそ時既に遅し。愛斗とここで出会ってしまった時点で、この決断は当然の如く直ぐに打ち砕かれるものとなる。


―――



「……てことで転校生はウチのクラスに配属されることになった。お前らせいぜい仲良くしてやれよ。おい愛斗、油売ってねーで入って来い」


 ダラダラとやる気の無い声で生徒たちに最低限の報告を済ませた遊佐は、ようやく今日の本題である転校生に声を掛けた。

 遊佐が教室に入ってから5分。愛斗は思いもよらない来訪者を置き去りにして、何事も無かったようにガラガラと正面の扉を開けて中へと入っていった。余談だが、この時点で愛斗と桜井火憐のやりとりを唯一把握していたのは、遊佐だけだった。


「…かっこよくない?」

「おいおい男かよっ。名前の時点で想像はしてたけど、何でこうもイケメンなんだよっ」

「ねー私、タイプかも」

「どんな魔法使うんだろうな?」

「相手は学園始まって以来初の転校生だぞ?どうせ俺らじゃ相手になんねぇよ」


 生徒たちは入って来た愛斗の方に目を向けるが、反応は様々なものだった。一部の女子生徒がイケメンと頬を赤らめる中、その女子生徒たちの反応を見てうな垂れる男子生徒。純粋に魔法が気になる生徒もいれば、最初から興味が無い生徒もいる。

 そんな生徒たちの視線を一様に感じながら、愛斗はザッとクラスメイトたちを見渡した。


 ふーん、思ったよりもレベルは低くないんだ。まぁ天使様がA +、遊佐さんがA -、桜井火憐がB -とすると皆んなF以下だけど…お、あの美人さんだけはCぐらいありそうだな。


 愛斗は冷静に生徒たちを分析している中、左奥に座る女子生徒に目が止まった。


「こいつが転校生の柏木愛斗だ。おい愛斗、簡単に自己紹介しとけ」


 想像していたよりも地力が高い生徒が多いと感心していたところ、隣の遊佐から声が掛かる。挨拶を促された愛斗は、どう喋ろうかと少し俯き考えた。

 …時間に直すとわずかであったが、愛斗はふと何か思いついた様に顔を上げて喋り始めた。


「…初めまして。転校してきた柏木愛斗です。この学園に来る前は一身上の都合で海外を転々としていたので、学園に通うのはこれが初めてです。魔法はあまり使わないですが、体術には自信があります。初めてで分からないことも多いので、どうかお手柔らかにお願いします」


 先程まで遊佐や学園長とおちゃらけていた時とは想像できない真面目な顔で挨拶する愛斗を見て、遊佐はポカーンと開いた口が塞がらなかった。


 ……え、お前何考えてんの?さっきまでのバカキャラは?つーか魔法の方が絶対自信あんだろーが。そーゆーキャラでいくつもり?


 遊佐の考えている事に気付いた愛斗は、生徒たちから意図的に()()()()()、遊佐にだけ見えるように笑いながらウインクをかました。


 は?こいつ魔粒子使ってしれっとあいつらの視界シャットダウンしてんだよな?こんなん教師の俺から見ても次元が違ぇよ。やばすぎんだろ。


 遊佐がこう思うのも無理はない。今しがた愛斗がしたことは、空中を漂う魔粒子のコントロール。通常魔粒子は殆ど無色透明で目に見えないが、愛斗は部分的にその魔粒子の密度を高くする事で、相手に悟られること無く視界が霞んだ様な状況を作り出した。


 因みに魔粒子とは、体内で形成される魔力の素となる物質。生物は皮膚呼吸と同じく無意識に魔粒子を体に取り込み、その者の血液と魔粒子が混じり合うことで魔力を形成する。愛斗が今やってのけた事を詳しく説明すると、魔法を使った痕跡すら悟られる事なく空気中の魔粒子をコントロールして、部分的に魔粒子の濃度を高くした。これは魔力コントロールが上手いなんて話とは次元が違う。


 遊佐は生徒たちの意識を戻すために、空気中に微量の魔力を漂わせ、生徒たちの視界の前にある魔粒子を強制的に分散させた。


 おぉー。遊佐さん、意外とやるじゃん。


「おい、変なことしてねぇでとっとと席に座れ。そこの左奥の隣、空いてんだろ?それとなお前ら。いま全員の視界がぼやけたと思うが全部コイツのせいだからな?理由が分かんねぇ内はさっきの発言の意味履き違えて手出すなよ。先に言っとく、こいつは俺でも止められねぇからな?」


 遊佐の発言を聞いて、このクラスの生徒たちは1人を除いて全員が理解した。目の前の転校生はやばい奴なんだと。実力は学園長御墨付きで普段ほとんどの事柄に対して無関心であるあの遊佐が、()()()()()()()()()と注意喚起する程の者なんだと。


「またまたー、やめて下さいよ遊佐さん」


 愛斗は後半の遊佐の発言を流しつつ、指先が示した廊下側の席に向かってゆっくりと歩き始めた。


 やっぱりあそこしか席空いてないもんな。美人さんの隣。これはラッキー。

 それにしても遊佐さん、魔法の衝撃すらもコントロールしてあのピンポイントな魔粒子に干渉するなんて、やっぱりただの教師じゃねぇな。最初の発言からしても、桜井火憐のはバレてたな。


 そんなことを思いながら席の前まで来た時、後ろからさらに声が掛かった。


「あと山本、こいつ何も知らねーから、しばらくお前が色々と世話してやれ」

「あ…はい」


 目の前に座る女子生徒が返答したのを見て、愛斗は心の中で呟いた。


 …あらま。ありがたいんだけど、これはマジで予想外。いやーほんとに。ありがたいんだけど。

 力量から見るに山本の本家の子だろーな。納得っちゃ納得だが俺の世話係に山本の人間使って良いの?前に頭領がウチのクソ悪魔と揉めてたよな…。まぁ俺としては美人さんはありがたいし、良いか。うん、良いな。よし、遊佐さんに今度お礼しよう。


………



 教室に入り一通り生徒たちを見渡してから、愛斗の注目はこのクラスの生徒の中で最も強い(美人な)女子生徒にいっていた。理由は力量的にこの時点ではルークの可能性も否定できないことが10%、残りの90%は美人だから。学園長室での説明によると、この学園の魔法実技は二人一組で行うらしい。愛斗としては今後のモチベーションの為にも、是が非でも美人な彼女とペアになるように動かなければならないところであった。

 全員の前で魔法はあまり得意じゃなさそうな発言したことは、ある程度生徒達との線引きをする為。言葉一つでどの様な態度を示してくるのか。そして敢えてその後に魔粒子を操ることで、何かしらの魔法だと気付くも者がいるのかどうか。

 完璧に気付いたのは遊佐のみ。違和感を感じたであろう者が2人。遊佐による注意喚起によって、そのうちの一人である美人さんを除いて、他の生徒たちからはヤバい奴認定を受けたっぽいが、結果的には良しとする。

 そして最後の最後で美人さんが山本の人間だということが分かり、彼女がルークである可能性はほぼ消えた。これは愛斗にとって少し複雑ではあるが、良い誤算だった。



………



 遊佐から急に話しかけられた理瀬は、普段なら絶対に断るところなのだが、珍しく興味本位で承諾の返事をしてしまった。


 ……転校生くんを見てたはずなのに、魔力の気配も無しに急に視界が彼から遠のいてた。遊佐先生の魔力を感じたのはそのすぐあと。…あの転校生くん何したんだろう。


 そうこう考えていると、隣に座った愛斗が笑顔で話しかけてきた。


「これから宜しくね、美人さん。本当に俺何も分からないから、色々と教えてくれると助かる」


 理瀬がこの時感じた事を一言で表すなら、謎。魔力は勿論、オーラも、癖も、力も、人と対峙した時に感じる何かしらの要素が、愛斗からは一切感じなかった。強そうにも、弱そうにも、優しそうにも、怒りっぽそうにも視え、彼の第一印象が定まらない。

 こんな人に出会うのは初めての経験だった。それなのに何故か不信感や嫌悪感は生まれて来ない。むしろフレンドリーに話して来る彼のことを、久しぶりに()()()()()()()話せる相手かもしれない、とも思っていた。


「うん。こちらこそ宜しくね、転校生くん」


 理瀬も笑顔で返事をする。

 周りの生徒達は、声こそ発しないが驚きの表情を浮かべていた。それは普段の理瀬からは、初対面の相手に対してあのような笑顔を向ける事は誰も想像出来なかったからである。


 …ほんと何者なんだろう。…底が全く視えない。


 理瀬の興味は完全に愛斗に奪われていた。

 当の愛斗は黒板の方に向き直り、清々しい程の笑顔で遊佐を見つめる。対する遊佐は愛斗をフル無視して授業を開始した。

 こうして無事、理瀬という美人なパートナーを手に入れて愛斗の学園生活は始まった。



………



 時を巻き戻し三年前。場所は中国の北京郊外にある、とあるビルの屋上。


「こ、降参だ。なんでも、なんでも話す。だ、だから、もうやめてくウガッ」


 全身を黒いローブで身を包んでいる男は、目の前で転がりながら必死に命乞いする男をまるでボロ雑巾でも見ている様に見下ろしていた。


「この程度で止めてくれはないだろ。お前がした事と比べたらだいぶマシだっつーの。ほら、今んとこ殺す迄はやんないから、安心しろよ?な?」

「ヴガァァァ」


 叫び声をあげる男の両腕には既に短剣が4本貫通しており、たった今右足にも新たな短剣が2本貫通した。


「切断しないだけマシだろ?っておい、起きろよ。おい。おいっ。…はぁ、こんなんで意識飛ばされてたらお前が殺したヤツらが浮かばれねぇだろうがよ」


 あまりの痛みと出血によって気を失った男に対して、黒ローブの男はペチペチと頬を叩き起こそうとする。


「はぁ…まぁいっか。最終的には変わらねぇからな」


 …が、起こすのを諦めた黒ローブの男は掴んでいた男の首元を地面に放し、左手に持つ新たな短剣を心臓に突き刺した。


「また情報聞きそびれた。つーか死ぬ覚悟もねぇのにこんな組織に入んなっつーの」

「そんなアンタは死ぬ覚悟があるってことだよな?」


 突然背後から聞こえた声に、黒ローブの男は瞬時に身を屈めて振り返る。


「誰だっ」

「まぁまぁ、そんな警戒すんなって。俺は同業者。所属は悪魔。大丈夫、直ぐ終わる」


 黒ローブの男は、目の前の仮面をつけた男の言葉で全てを悟った。


「噂はよく聞くぜ。アンタみたいな大物から追われるって事は、殺し屋冥利に尽きる。俺も悪くねぇ人生だったってことよ」

「おいおい、諦めんのか?まぁいいんだけど。見てたけどあんた良い奴だな。良い奴には好きな最期を決めさせんのが俺のポリシーなんだよ。ほら、闘うなり逃げるなり好きに選んでくれ」

「ははは、こりゃ随分と舐められたもんだな。はぁ。噂の死神(リーパー)だか悪魔だか知らねぇが、その鎌へし折って地獄へ送ってやるよ」

「そうこないとな。その内行くから先に地獄で待ってろよ」


………


「あーもしもし、今終わった。当たりだけどハズレ。黒幕はこいつじゃねぇよ。俺の勘だけど…」


 嗚咽がする程の死臭が立ち込める中、ビルの屋上に立って電話をしている仮面の男の傍には、短剣で串刺しになった遺体と黒いローブごと身体のあらゆる部分が抉り取られた遺体が転がっていた。


 忘れてはいけない。愛斗は7歳の時から裏社会で生活をしてきた。それがどういうことなのかを。

 裏社会では力こそ全て。力のある者が権力を持ち、力の無い者が従う。力のある者が生き残り、力の無い者が死んでいく。これは愛斗が見てきたごくごく当たり前の裏社会の構図(ルール)

 悪魔に拾われ7歳だった当時の愛斗は、間違い無くこの構図の一番下にいた。普通ならとっくに死んでる筈だが、愛斗はその構図の中で確かに生き残った。では何故生き残れたか。勿論、冴島霧奈が彼を守っていたという理由もあるが、それだけでは無い。最も大きな理由は、死という危険をリアルに感じられる天性の嗅覚を持っていたから。

 裏に身を置く者の多くが、自分より遥かに格下の相手には興味が無い。彼らが見るのは常に上の者。裏の世界で名を馳せるには、自らが上に立つ以外で方法は無い。ごく稀に無名な者が一夜で有名になることもあるが、それは本当にごく稀。だから名の売れた裏の者は常に自分の実力を把握して、相手が自分にとって脅威であるかないかの線引きをする。線引きより下にいる者は、彼らにとって存在しない者と同じ。

 愛斗の線引きは、他のどの者の線引きよりも長けていた。言い換えれば、相手から自分がどう見られ、どうすれば生き残れるのかを場面で理解出来ていた。そのお陰で彼は今も生きている。


 遊佐は愛斗のことをバカだと思っているが、彼がふざけられる相手は、彼にとって確かに存在する相手であるということ。

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