貴族の子供が平民に育てられた弊害
父に右手を母に左手を握られながら「今から言うことをよく聞いてね」と母に言われた。
今日は私の十五歳の誕生日で、大人への仲間入りするおめでたい日だった。
「今まで言えなかったんだが、マルカは私達の子じゃないんだ」
「えっ?・・・お父さん、・・・さすがに笑えないんだけど・・・」
引きつった顔で、両親の顔を見ると、両親の顔は悲しみをいっぱいに浮かべている。
「冗談じゃないのね?」
「ああ」
「じゃぁ、私は誰の子なの?」
「済まない。それは知らないんだ」
「どういう事?」
「色んな事情があって、俺達が想像で何かを言って間違っていたら大変なことになる。だから、知らないことは言ってはいけないと思っている」
母が私の手を離して「これはマルカが私達の子になった日に着ていた服よ」
それは古びていたけれど、私達平民が着るような赤ん坊の服ではなかった。肌に当たる部分は凄く肌触りのいい布で、肌に当たらない部分は総レースだった。
レービアンス・Hと刺繍されていた。
私がその刺繍をなぞっていると母が「レービアンスというのがマルカの本当の名前だよ」
「マルカは本当の名前じゃないの?」
「そうだ。マルカは神父様がおつけになった」
「・・・私の市民権ってどうなっているの?マルカなの?」
「レービアンスとして登録されていると聞いている。」
「じゃぁ、私は存在しないの・・・?」
「そんな事出来るの?」
「神父様がすべてを知ってらしたら、どうにでもなる」
「神父様は私のことを知っているのね?」
「そうだ」
「神父様も私について話せないの?」
「俺達より話せることは多いだろう」
「私はどうすればいいの?この家から追い出されるってことなのかな?」
「追い出したりしない!!私達が産んだ子供じゃないけど、今まで大事に育ててきたんだよ。私の・・・私達の可愛い子供だということには変わりないよ!!」
母は涙をこぼしながら私を子供だと言ってくれたけど、このままここにいられないのだと理解したくはなかった。
なのに、ここに、両親のもとにいられないのだと理解できてしまった。
「私が今から取るべき行動は・・・」
つばを何度も呑み込んで、聞きたくないことを両親に聞いた。
「私は・・・どうすればいいの?」
母が必死に私の手を握って、涙をボロボロと流しながら私に伝えてくれる。
「マルカが選んでいいんだよ!!私達の子のまま居てくれていいんだっ!好きな人を見つけて、生活を始めて、子供を作って、ずっと一緒に居たっていいんだ!!」
「それは嘘・・・だよね?」
「本当だ。俺達はマルカとしてここに残ってほしいと思っている。ただ、その赤ん坊の服の持ち主は認めたりしないだろうが・・・」
「Hという家名があるってことは私は貴族なのよね?」
「そうだと思う」
「私を捨てた人達に気を使わなければならない理由があるの?」
「捨てたわけじゃないと聞いている」
「捨てたわけじゃない?」
「逃がされたと聞いている」
「私は貴族に戻る可能性があったから他の子達と違って文字や計算の勉強をたくさんさせられたの?」
「そうだ」
「世界が広がるためではなかったのね?」
「違う。世界は広がる」
「私はこの後どうするように指示されているの?」
母は泣き出し、父も唇をかみしめて、私と繋いだ手をきつく握りしめた。
「カウアス神父に会いに行きなさい」
「それは明日でもいいの?」
「今から行きなさい。待っていらっしゃる」
「解った」
私が立ち上がると、赤ん坊の服が包まれた包みを持たされ、母に抱きしめられた。
「私のマルカ!!愛しているよ!誰よりもっ!!」
「帰ってこいと言ってやれない俺達を許してくれ。俺の可愛い娘」
「私達はもう会えないの?」
「もしかしたらな・・・」
「私達はここに居るわ!!」
「いや、母さんの言うことは希望だ!何処かへ行かなければならない可能性もある。ここで待つことはできないかもしれない!!でも、ここに居ていいと言われたら、俺達はここでマルカを待っている!!」
「私、行きたくないわ!ここでシータと結婚して、一緒に畑をして暮らそうよ!!」
「そう、できたらどんなにいいか・・・」
お父さんまでもが涙をこぼして泣き始めた。
私は泣いてないつもりだったけど、頬が気持ち悪かったから、きっと涙を流しているんだろう。
お父さんにも抱きしめられ「もう行きなさい」と背を押された。
私は泣きながら家を出され、カウアス神父の元へと、のろのろと歩いた。
カウアス神父は「やっと来たね」と苦い笑みで私を迎え、今までの私が入ったことのない、豪奢な部屋へと案内された。
「マルカ・・・いや、レービアンス様、成人おめでとう。君は今からやってくる馬車に乗って、行かなければならない」
「私はマルカとして生きたいわ!!」
「それは無理なんだ。レービアンスを探している人達がそのままにはしてくれないから」
私は神父の前で涙をこぼしたくなくて、両方の手のひらで目を強く押さえた。
「レービアンスが生まれたのは十五年前の四月六日だった。君を産んだ母親はその翌日、亡くなられた。その理由は聞いていないので、私は知らない。レービアンスが生まれたその時、父親は戦争に行っていて、君を守れる人が誰もいなかったんだ」
私が生まれた頃、領地の奪い合いで隣の国と揉めていたと、教えられた記憶がある。
「君のお母さんが亡くなった途端、お父上の愛人だという女がやってきて、今日から私がここの女主人よと言って、君を殺そうとしたんだ」
衝撃の事実に驚く。
「本当にお父上の愛人だったのか、誰にも解らなかったそうだ。使用人ばかりの家の中で、その女を追い出すことはできなかったそうだ。執事をしていたバッカスという男が、レービアンス様を抱いて、私の下を訪ねてきた」
あの衣装を着た自分を想像する。
「このままでは正当な後継ぎであるレービアンス様を殺されてしまう。と言って、私に預かってくれと頼んできました。私はレービアンス様を受け取るとバッカスは早々に帰っていきました。お父上が行かれている戦争が簡単に終わる可能性が、あの当時はありませんでした。お乳を欲しがるレービアンス様をその当時、子供を亡くして気落ちしていた夫婦に、預かって欲しいとお願いしました」
両親の顔を思い浮かべる。
「詳しい事情は私から聞くよりも、いつか、知るべき時が来た時に当事者たちから聞いたほうがいいでしょう。と私は言いました。夫婦は、レービアンス様の衣装を見て、口を開いていい話ではないことだと気が付いたようでした」
この豪奢な衣装を着た赤ん坊を両親はどんな思いで受け取ったのだろうか?
「お腹を空かせて泣く赤ん坊に、夫婦は預からせてくださいと言って、預かってくれることになりました。それからバッカスは一年ほどでレービアンス様を返してくれとやってきました」
「なのに私は帰されなかったのですか?」
「バッカスとはご両親も一緒に何度も話し合いをしました。まず、御主人様と連絡が取れ、愛人などいないことが判明して、女を捕らえることができました。バッカスは両親に乳母としてHの家に来るようにお願いしましたが、ご夫婦は断られました。もう、お乳が必要な時期が終わる頃だったからです」
両親は私を他人の子として扱うことが、難しかったのだと私は勝手にそう思った。
「屋敷には勿論メイド達がいるので、一度は屋敷へ連れ帰ったのですが、レービアンス様はご両親を探して屋敷内を這いずって、探し回ったそうです。食べ物を与えようにもそれも嫌がってしまって、どうにもならなかったようでした」
神父は、数度瞬きをして、優しい笑顔で私を見た。
「バッカスと、使用人達は、子供を預けた夫婦に預けたままにしておくほうがいいと言い出し、ご両親に帰すことになりました。レービアンス様はご両親を見ると必死になって手を伸ばして、ご両親を求められました」
きっと、両親は喜んだと思いたい。
「その決断をした理由の一つに、長くても旦那様は後二年ほどで帰ってくるだろうと考えられていました。三歳ごろから貴族としての教育が始まるのですよ。だから三歳まではと思ってご両親に預けました」
私は神父の話の貴族の教育という部分に引っかかりを覚えた。
「けれど旦那様が帰ってこられたのは、レービアンス様が七歳になってからでした。三歳になった時もご両親から引き離しました。ご両親を泣いて求めるレービアンス様と、それを厳しく叱咤する家庭教師の間で、バッカスや使用人たちは、揺れ、またご両親に返してしまいました。バッカス達はその時にはもう、貴族の教育を諦めたのだと思います。ご両親から引き離すことは無理なのだと」
私はその当時のことを少し覚えている。
いきなり知らない所に連れて行かれて、知らない人に囲まれて、なだめられても、泣き止むこともなく、ただ両親を探し回ったことを。
「バッカスは戦争から帰ってこられた旦那様に、レービアンス様を預けたことなどを話すと、旦那様は激怒なさいました。奥様の実家に預けるなら解るが、平民に預けるとはどういうことだ!!と大変な剣幕でした。私も叱られました」
神父様は当時のことを思い出したのか、苦笑と懐かしさを半分ずつのような笑顔を浮かべていた。
「お嬢様を取り返すと言って、旦那様はレービアンスお嬢様の下へ行かれましたが、楽しそうにご両親に可愛がられているのを見て、引き離すことを思い直されました。既に八歳になっていて、貴族として育てるのには遅すぎたからでもありました」
私は両親大好きっ子だったものね。
「成人の日まで預けると。旦那様は泣く泣くお認めになりました、時折、レービアンス様の様子を見に行かれていました。その度に平民の夫婦から子供を取り上げることにためらいを持たれました」
平民の子が貴族の子として幸せになると思えないよ。
苦労しか考えられない。
「レービアンス様にとってもどちらが幸せなのかと、とても悩まれておりました。貴族の子は幼少の頃から貴族として育てられるものです。レービアンス様はもう既に貴族とは言えない子供になっていましたからね」
「なら私はお父さん達の所に帰ってもいいじゃない?!」
「マルカ、いえ、レービアンス様、旦那様にも愛されていることも知ってあげてください」
「・・・そうですね」
「ああ、馬車が来てしまいましたね。行きましょう」
私は仕方なく立ち上がり、教会から出ると馬車の戸が開いて、私が乗り、カウアス神父が乗り、知らない年配の男の人が乗り込んできた。
「さっき、話したバッカスですよ」
私は会釈だけをすると、バッカスは泣き出した。
「わたくしの配慮の無さのせいで、レービアンス様には大変苦労を掛けてしまいました。本当に申し訳ありません!!」
ワンワン泣く年配の男性に、私は困ってしまって、カウアス神父を見る。カウアス神父は「泣きたいのはレービアンス様だと思いますよ」と冷たく言い放つ。
神父様ってこんな感じでいいんだろうか?と思ったが、泣き止んでくれたので良しとした。
馬車でたったの二十分の距離にお屋敷はあった。
「こんな近くに・・・」
多分、父親なのだろう、玄関の前でウロウロしているのが見える。
背も高くて、スラリとした体型で、髪にはまだ白いものは交じっていなかった。
あぁ、この人知ってる。私の周りでよく見かけた。
いつも、場違いないい服を来て、私達が遊んでいるのを眺めていた。
馬車が止まり、バッカスが扉を開け、カウアス神父が降りて、私に手が差し伸べられたけど、どうしていいのか解らない、私は首を傾げた。
手を取られて、降りるように促される。
私の格好は平民のままだ。手を取られても格好がつかない。
「ありがとうございます」
そう伝えると、「もったいないお言葉です」と目礼をされる。
屋敷の中に入ると見覚えがあった。
それはとても嫌な思い出と繋がっていて、とても居心地が悪かった。
フカフカの椅子に座るように言われて、お茶が入れられ神父様に、いただきなさいと勧められて、口をつけた。
私では飲むことはできないようなとても香り高いお茶だった。
この辺の教育は神父様から受けていた。
どうして私だけがと思っていたけど、理由があったのだと今知った。
最低限の恥はかかなくて済みそうだと思いつつ、お茶を頂いた。
とても美味しいお茶だった。
両親に飲ませてあげたいと、思った。
「レービアンス・・・初めましてと言うべきなのだろうか?」
「・・・いえ、よく私の周りでお見かけしました」
「気付かれていたのか?恥ずかしいな・・・」
赤い顔をして頭をかく仕草にドキリとした。
私が照れた時、髪の毛を何度も耳にかける仕草と重なって見えたのだ。
「レービアンスにはどうしてあげるのが一番いいのかを話し合いたいと思っているんだ。だけど、きっとレービアンスが喜べるような話にはならない」
私は「はい・・・」と返事した。
「貴族の生活をしてみて、どうしても馴染めないなら、平民に戻ることを考えなければらないだろうと思っている」
「平民に戻ってもいいんですか?」
「ただし、レービアンスが産んだ子供、男の子を一人貰わなくてはならない」
「そんなっ!!」
「貴族家だからね。跡取りは必要なんだ」
「平民との間にできた子供でもいいんですか?」
「できれば、貴族の人と、子供を作ってもらって、どうしても平民に戻りたいなら、それから平民に戻ってもらうのが私にできる譲歩だと思って欲しい」
そんな勝手な譲歩って・・・私の気持ちは考えられていないと思った。
「勝手なことをと思うかも知れないが、私達は一歳の頃、三歳の頃、と君の望むとおりに譲ってきたんだよ」
そんな赤ん坊の頃のことを言われても、今の私には関係ないと思った。
「まず初めに知ってもらわなければならないのは、平民と貴族の常識は違うということ。貴族は好きな人と結婚出来ることなんて、ほんの一握りの人しかいない。初めて顔を合わせた人と結婚式を挙げて、今日から夫婦ですと言うことが当たり前の世界なんだと知ってほしい」
貴族と平民では本当に常識が違うんだ・・・。
私は貴族として最低限の義務を果たさないといけないんだ。
でも、私が産んだ子を捨てられる?
そんな事をしたらお父さんたちに怒られる・・・。
「私が産んだ子はどうなるんですか?」
「貴族の位の高い乳母に育ててもらうことになる。勿論私も関わるし、父親も子育てに関わることになる」
「私が産んだ子なのに、私だけが関われない・・・?」
「平民のように接されては困るんだ。言葉遣い一つにしてもね」
「ということははじめから私は子供の成長に関われないということですよね?」
「そういうことになるかもしれないね。レービアンスが完璧な貴族女性になれば、子育てにも関われるよ」
「三歳から教育をすることを、短い期間で出来るわけがありません!!」
「そうだね。とても残念だと思う」
「私の子供を作る相手は決まっているんですか?」
私の父親だという人が、バッカスに目配せをすると、ドアが開けられ、十七〜八歳の品のいい人が入ってきた。
「レービアンスの旦那様になる人だよ」
私の旦那様になると決まっているんだ・・・。
信じられない・・・。
「はじめまして、ルーベルハウト・ハンブルクです」
「まるで娼館にでも売られたような気分です・・・」
「そうだね。ごめんね。でも、私達の状況を許容してくれて、レービアンスの旦那様になってくれるのはルーベルハウトしか居ないんだ」
「ハンブルク様は私でいいんですか?生まれは貴族かもしれませんが、育ちは平民なんですよ?!本当に私でいいのですか?」
「私にとってはとても、光栄な話なのですよ」
父親は私の興奮を見てとったのか、話はここまでにしようと言い出した。
「混乱しているだろう。少し部屋で休むといいよ」
メイドさんと思われる人が私の部屋ですと案内してくれたのは、私の家よりも大きな部屋で、ベッドもとても大きなものだった。
とてもきれいな鏡台が置かれていて、私はその前に座って、自分の顔を見つめる。
こんなに歪みのない鏡を見たのは初めてだった。
私は両親に預けられなかったら、ここが子供の頃から私のものだったのだと思い、両親との狭い家を思い出し、狭くても両親たちとの家が良いと思った。
ノックされ、返事をすると、お風呂の用意ができましたと言われ、服ぐらい自分で脱げると言ったのに、メイドさん達に服を脱がされ、湯船に浸かると、そのお湯がすぐに汚れて、恥ずかしい思いをした。
何度も湯を替えられ、湯が汚れなくなってから、頭や体を洗われ、全身マッサージをされた。
それは気持ちよくて、マッサージは毎日受けたいと思った。
着たこともないような衣装を身に着けさせられ、夕食の時間だと言われて、食事の部屋へと案内された。
父親と、ハンブルク様と一緒に食事をいただくことになったが、ここでも神父様の教育のおかげで戸惑わずに済んだ。
なるべく上品に見えるように食べ、二人の会話に耳を澄ます。
私にもときおり話を振られるが、正直な気持ちを答えていいのか解らなくて、曖昧でごまかすような返事しかできなかった。
食後のお茶を一緒にと父親に誘われ「少しは落ち着いたかな?」と聞かれた。
「衝撃的なことばかりで、どう反応すればいいのか解らないままというのが正直なところです」
「悩んでいる時間もそうないと思って欲しい。嫌だろうが、子作りを始めてもらいたい。私がいつまで生きていられるかわからないから、跡取りは一日でも早く必要なんだ」
父親の顔は真剣だった。
それは理解できたけど、ハンブルク様と、子供を作るあれこれをすることが想像できない。
「レービアンスは貴族としての教育を受け入れる気はあるのだろうか?」
「それは・・・あると言えばありますし、ないと言えばありません。ただ少しでも子どもと長く居るためには、必要なことだと理解しています」
「では明日から貴族教育を受けてもらうね」
「・・・解りました」
「今夜からルーベルと枕を共にしてくれるか?」
「それは・・・覚悟できていません・・・」
「覚悟はいつまで経ってもできないと思うよ。本当に時間がないんだ。覚悟を決めてくれ」
「・・・・・・はい」
ハンブルク様は優しかった。それがまた辛かった。
強引に犯されるようにされたほうが、ハンブルク様の責任にできたのに、何度も「大丈夫かい?」とか「ごめんね」とか「辛いよね」と私を思いやってくれた。
私は必死にシータのことを思い出しながら、終わるのを必死に我慢していた。これでシータにお嫁さんに貰ってもらえなくなってしまったと涙が出た。
妊娠するまで毎日ハンブルク様に体をいいようにされ、言葉だけは優しく掛けられる。
けれど、昼間は夫婦のようなふれあいはなく、ベッドの上だけで夫婦生活が行われた。
二ヶ月目で月のものが来なくなり、しばらく様子を見ていると、妊娠は間違いないと診断された。
昼に受ける貴族教育は、考え方一つとっても平民とは違っていた。
上辺を真似することはできても、私には貴族になれないということだけは解った。
けれど、私は貴族とは扱われないけれど、平民とも扱われない贅沢を知ってしまった。
平民なら我慢することを、我慢する必要がないのだ。
使用人の誰かに何かを言えば、私が望むとおりになるのだ。
私は平民にも戻れないかも知れないと、怯えた。
私の産んだ子が、貴族としての考え方をする子に育つのかと衝撃を受けていた。
一人目は女の子で、父親に次の子を望まれ、また妊娠するまでハンブルク様に体を明け渡した。
子供には母乳を与えることは認められていたけれど、可愛がることは喜ばれなかった。
ただ、子供の記憶に残らないからと、多少の目溢しはあった。
ハンブルク様が排出した後、入れたままの姿で腰を高く上げていると、ハンブルク様は二度目を求めるようになり、妊娠するためだけの性交渉では無くなりつつあった。
楽しみつつ性交渉をしていると、また直ぐに妊娠した。
妊娠してもハンブルク様は私を求め、私もそれに応えていた。
二人目も女の子で、三人目を求められ、私は喜んでハンブルク様を受け入れていた。
二人目も母乳を与えながら、時折可愛がって、半分育てて、半分他人の手に委ねて子供は育っていった。
三人目は直ぐにはできず、半年ほどの時間がかかった。
三人目の妊娠で、この子は男の子だとなんとなく思った。
一人目の子が三歳になった途端関わることを禁じられ、会わせてもらえなくなった。
三人目は待望の男で、父親は大喜びしていた。
母乳を与え、この子とも三歳になると関わりを持つことを禁じられるのだと、悲しくなった。
遠くから見る一人目と二人目の教育は平民ではありえないことばかりで、父親が、七歳の私を引き取らなかった理由がわかった。
ハンブルク様は私の体が好きなようで、もう子供は作らなくてもいいはずなのに、私を求め、四人目ができた。
父親は驚いていたが、四人目も男の子だったので喜んでくれた。
父親はまだ子を作るつもりがあるなら作ればいいとハンブルク様に言ったようで、毎晩激しく求められた。
三人目の子供を取り上げられたときで、私を慰めながら私を半年程楽しんで、五人目ができ、大きなお腹をしていても、私を求めた。
ハンブルク様は私が好きなのではなく、女の体に溺れているだけなのは解っていたが、子供を取られる寂しさから、ハンブルク様にすがっていた。
ハンブルク様に突かれている時に陣痛が来て、それでも私の中に排出するまで止めなかった。
私はハンブルクが嫌いになった。
五人目の子は女の子で、この子が取り上げられたらこの家から出ていこうと思った。
父親にその事を伝えると「子供をたくさん産んでくれてありがとう」と言われ「これで跡取りの心配は無くなった」と言われた。
三つほど離れた街に小さな家を買ってくれて、そこに住むといいと言ってくれた。
メイド一人と料理人を一人付けてくれるといい、生活の心配はする必要はないと言われた。
五人目の子を取り上げられ、ハンブルク様と離婚が成立して、私は小さな家へと移り住んだ。
両親を呼び寄せようとしたけれど、畑があるから行けないと断られ、私はメイドと料理人の三人で住んでいた。
私はこの時まだ二十三歳だった。
父親の屋敷には近づけなかったが、時折両親の元へ行き、シータはどうしているのか尋ねると、三つ下のカルカと一緒になっていると聞かされた。
私は父親に手紙で私と隠居生活をしてくれる結婚相手が欲しいと相談すると、私の相手は難しいと断られた。
中途半端に貴族の生活を知ってしまったために、平民と一緒になることは考えられなかった。
かといって、生粋の貴族だと、私は見下されてしまう。
一人は寂しいと思いながら、手芸をしては、売って、お金にして、小金を貯めていた。
父親に男爵家の五男で、ウェルソンという名の三十歳の男が平民でもかまわないと言っていると言い、一度会ってみるかとセッティングされた。
まぁ、年はちょっと上だけど、特に悪い人には見えなくて、仕事もきちんとしている人だったので、数度のデートで、身体的接触を持ってしまった。
その相性が良くて、二人で溺れた。
直ぐ妊娠したために慌てて籍を入れて、私の小さな家で暮らし始めた。
妊娠中もたっぷりと堪能しつつ、生活貴族と平民の間で平凡に暮らしていた。
六人目の子供にして、やっと自分で育てられる子を手に入れて、私は可愛がった。
女の子だったのもあって、夫もものすごく可愛がってくれた。
六人目の子供に会いに父親が時折訪ねてきて、子供が三歳になった時「貴族の子として育てるか、平民の子として育てるかよく考えなさい」と私達夫婦に言った。
夫は、平民の大変さを知っていたので、貴族として育ててやりたいと言った。
手放したら二度と会えないんだよと言ったが、平民と貴族、どちらが幸せだ?と聞かれて、泣く泣く父親に六人目も預けることになってしまった。
もう子供は作りたくないと思っていたのに直ぐ七人目ができて、今度は男の子だった。
生まれて直ぐ乳母がやってきて、半分しか関われない子供になってしまった。
二歳半で父親のところに行ってしまい、それっきりになってしまった。
ウェルソンが言うには、父親の家は侯爵家で、三男や四男でも、貴族女性の所に婿入りすることが出来るので、貴族として困ることはないだろうとのことだった。
男爵家の三男以下なんて、平民とほぼ変わらないとのことだった。
私はもう子供は作りたくなくて、子供ができない薬を飲んで、夫と二人の生活を楽しむことへと切り替えた。
生活に困ることはなかったが、昼間はちゃんと働いて、夜は楽しんで、生活していると、ハンブルク様が亡くなったと連絡が来た。
まだ若いのにとお葬式の準備をして向かうと、子供達を見かけることができて、私は嬉しくて仕方なかった。
話しかけたかったが、乳母やメイドに止められて、言葉を交わせなかったが、大きくなった子供達が貴族としてちゃんとしていることに満足した。
あの子達は貴族としてちゃんと育っている。
貴族の行く学校にももうじき行くのだと聞いた。
ハンブルク様の葬式は、子供達を見かけることが出来る、素敵な時間だった。
ウェルソンも、我が子を見かけることができて喜んでいて、帰ってから二人で子供達がどうだったか言い合って楽しい気持ちでいて、会話が途切れると寂しくて仕方がなかった。
子供達が順番に学校へ行くようになると、両親がいないことで苦労していると聞かされた。
ハンブルク様が早く死に過ぎなんだ、と文句を言いつつ、たくましく育って欲しいと願いながら、一番下の子が学校に入ると、成人した子には会ってもいいと父親から許可が出た。
子供達が受け入れてくれるか心配だったけれど、子供達は私に抱きついてくれて、お母さんの匂いを覚えていますと話してくれた。
私のせいで苦労させてごめんなさいね。と謝罪すると、お母様は何も悪くはありませんと言ってくれて、何度も子供達とハグをした。
帰り際、私は初めて父親に「子供達を立派に育ててくれてありがとう」と父親を抱きしめた。
父親と触れ合ったのは初めてだった。
父親も涙を流し、遺言書をきちんと作成してあるから何も心配はいらないと言ってくれて、凄く安心した。
平民の父親が亡くなり、私は小さな家に母を引き取った。
家の小さな庭を畑に変えてしまった時は頭を抱えたけれど、収穫された野菜は美味しくて、母に感謝した。
その母も体が動かなくなり、寝たきりになり、それからは早かった。
毎日母に感謝を伝え、お父さんにも伝えてねと頼むと任せておきなさいと言って、眠るように逝った。
少しでも揉め事が少なく済むように父親には長生きして欲しい。その願いは叶ったのか、ウェルソンのほうが先に逝ってしまった。
寂しさにがっかりと肩を落としていた。
一人ぼっちになってしまったことが怖かった。
三人目の子が、家督をついで、私の現状を知り、一緒に暮らそうと言ってくれた。
父親も、同じように言ってくれて、小さな家を片付けた。
一人目と二人目の嫁入り姿は見られなかったが、家にウェディングドレスを持ってきてくれて、二人共着て見せてくれた。
私は感極まって涙が止まらなくて、子供達に沢山のキスをした。
父親が逝くときがやってきて「ありがとう、お父様、大好きよ」と伝えると、微笑みながら逝ってしまった。
子供達が全員結婚して、孫がたくさん生まれた。
子供達の連れ合いもいい人ばかりで、私にもお母様と言ってくれて、感激した。
子供と孫に見守られて、私も夫や親たちが待つ場所へと旅立つ時がやってきた。
子供と引き離された時は、酷い人生だと思ったけれど、終わってみればいい人生だった。
子供達も孫達も死ぬ時にいい人生だったと思える人生を送って欲しいと心から思う。