第四十八話 錆びれた古書と龍と虎
階段を降りた先には、花園が広がっていた。
魔法によって照らされた空間一杯に広がるのは向日葵の花。そして、四つの花壇の中心部分には噴水が設置されていた。
(美しい場所ですね。まさか、この学園にこんな空間が存在していただなんて)
メアリは「ほうっ」と感嘆の吐息を漏らした。
「ここが秘密の部屋、というわけですか」
この空間が真実だったことも驚きだが。
だとするならば、噂の出所はどこなのだろうか?
メアリは疑問に首を傾げつつ歩いた。
一本の通り道が奥間まで続き、その両翼に花壇が置かれている形だ。
ああ、これは……。
これはまるで。
魔法による照明。そして頭を垂れる向日葵の花の群れ。それは、どこかで見た光景にとても良く似ていて。
「偶然、じゃあなさそうですね」
かつて古代神殿へと赴いた時、私は奇妙な壁画を目にしました。
暗黒の球体に頭を垂れる謎の生命体。
今目の前にある光景は、あの壁画に酷似しています。
一歩、一歩と歩を進める度にメアリの心拍数が上がっていく。やがて最奥へとたどり着いた時、メアリは全てを理解した。
「……」
まさか、一番最初に大当たりを引き当てていただなんて。
そこには、一冊の古書が大切に保管されていた。見るからに高級な赤布に包まれ、しかし年季がいっているのか、その古書はところどころが痛んでいて――。
そしてなにより。
その古書には施錠がなされていたのだ。おそらく、腕力でも魔法でもこの施錠を破ることはできないだろう。メアリは直感でそう悟った。
あの鍵、ですか。
「なにはともあれ、持ち帰った方が良さそうですね。きっと何かの役に立つはずです」
メアリは古書を手に取り踵を返した。
すると、そこには一人の男の姿が。
紫紺のローブに身を包んだ長髭の老人。
お爺ちゃん、という見た目ではない。
彼を例えるならば、歴戦の猛者という言葉が最もふさわしいだろう。
その人物の名は――。
「……ヴェルモンド先生? なぜ、ここに」
「それは私の台詞だ、メアリ。かつての教え子がコソコソと動き回っていると思えば……。ここは決して立ち入ってはならない領域、否、神域。故にお前の行いは許されないことなのだ。だが、まだ引き返せる。その古書を元の場所に戻し立ち去るのじゃ。さすれば目を瞑ろう。私も、かつての教え子とはやり合いたくない」
「……先生、それはできません」
メアリの言葉に、ヴェルモンドの眉がピクリと動く。
「それは何故?」
「今、私の仲間が……。いえ。私の好きな人が、大切なものを守ろうと戦っています。私はそんな彼の為に一緒に戦うと決めたんです。だから――」
言いながら、メアリは大賢者の杖を懐から取り出し、臨戦態勢に入った。その双眼は激しい威圧感を解き放ちながら、ヴェルモンドの姿を見据えていた。
「たとえ相手がかつての恩師であったとしても、私は一歩も退くつもりはありませんので」
「そうか。それは……残念だ」
言いながら、ヴェルモンドも一本の杖を取り出した。
「知っているだろう、メアリ。この杖もまた世界に一つしか無いとされる伝説の代物。その名も全知全能の杖!! 所有者が扱う全ての魔法が得意属性へと転ずる、まさしく神の杖じゃ。また、相手の扱う全ての魔法の耐性を得ることが出来る!」
ヴェルモンドはさらに解説を続ける。
「さらに、この杖を所有している限り私は魔力消費を抑えることが出来る。分かるか? 魔法という分野においてまさしく神の力を得ることができる、それがこの全知全能の杖なのじゃ。……頼むメアリ、この通りだ」
突如としてヴェルモンドは頭を下げた。
そして悲し気な眼差しを浮かべながら、
「私はお前を殺したくはないんだ。一教師として、かつての教え子として、私はお前のことを愛している。大切な生徒をこの手に掛けたくない。お願いだ、どうか私の気持ちを分かってくれ!!」
などと宣うのだった。
対するメアリは。
「それは無理な相談です。私にはもう心に決めた人がいる。その人の為ならヴェルモンド先生はおろか、世界だって敵に回したっていい。そう思っているのですから」
「……そうか、無念だ。実に無念だ、メアリよ。――安心せい。お前ほどの墓とあらば金を惜しむつもりはない。聖・メアリ教会を設立し、お前の魂を慰撫することを誓おう」
両者、杖を構え睨み合う。
その瞬間。
カツ……カツ……。
何者かの足音が、階段を降りてくる。
両者、一度杖を収めた。
視線は音のする方へと釘付けだ。
(何奴!)
(一体、誰が)
暗闇から姿を現したのは一人の男だった。普段はだらしのない雰囲気な彼だが。
今この瞬間においてはその限りではなかった。丸眼鏡の奥の双眼が、射抜くが如くの形相でヴェルモンドのことを睨みつけているのだ。
「……オルタか。お前まで、何をしにここへ?」
レックはその問いを無視し、今度はメアリの方へと視線を移す。
そして、その手に握られている古書を見た。
「久しぶりだな、メアリ」
「え、えぇ」
二人はかつてのクラスメイト。同じ学び舎でしのぎを削り合った仲だ。
お互いに主席を目指していたということもあり、当時の仲は最悪だった。だが、それはもう過ぎた話である。
「この場は俺に任せろ。お前は早く行け」
「……は?」
「何を言っておる、オルタ。状況を理解しておらんのか。メアリが持ち出そうとしているのは、我々が【太陽の書】と呼ぶ代物! とはいえあれを読むことは叶わないがな。頑強なる施錠故、どう足掻いても本を開くことは叶わないのだ。だが、あの表紙は聖書にすら書き記されているものなのだ。その辺の古書とは違い、歴史的な価値が段違いなのだよ。メアリはそれを持ち出そうとしておるのだ! 国宝級にも値するであろう古書をな!!」
「黙れ老いぼれ」
レックは吐き捨てるように言う。怒りで顔も見たくない。今、レックはそういう状態にあった。
「メアリ~。俺ァお前のことが大嫌いだったよ。でもな、今はこの死に損ないの方が嫌いだね」
「なにを……言っておる」
「惚けるなよジジイ~」
言いながら、レックは魔道具を使用した。
空間に作用し、お互いの位置を入れ替える魔道具だ。
レックとメアリの位置が変わり、メアリは階段のすぐ目の前へ。
「走れッ!!」
叫びながら、レックは再度魔道具を使用。メアリとヴェルモンドの間にレックが割って入る形となった。
「レックさん……」
メアリは驚いていたが、思考を振り切りすぐに走り出した。魔力で全身を強化し、猛速力で。
「逃がさん! 超級魔法・超重力!!」
ズォオッ!! と周囲の重力が増し、メアリの動きが鈍化する。しかし。
「【貯痛】!!」
メアリは蓄積していたダメージを爆発的に解放。
圧倒的な推進力を生みだし、ヴェルモンドの放った超重力を振り切ったのだった。
「………………逃がした、か。ああ、なんという」
ショックを受けるヴェルモンドに。
レックは間髪入れずに超級魔法、聖十字光を発動した。
キュィイ、ドォオオオオオオオオッッ!!!!!
「小賢しいッ!!」
魔結界。魔法を遮断する防御型の魔法。
ヴェルモンドの扱うそれは、全知全能の杖によって究極の超防御結界へと昇華されていた。
「ま~、これくらいは防ぐか」
「どういう風の吹き回しだ。あの古書の価値をお前は理解していないのかッ!?」
「黙れ裏切り者」
「……は?」
「は? じゃね~よ。幾千にも重ね掛けされた魔法防御を剝がすのは重労働だったらしいけどな」
「……まさかっ!」
ヴェルモンドの表情が驚愕に染まる。
まさか魔法防御が解除されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「え~っとなんだっけ? 教会作って魂を慰撫、だったか~。それ、名案だと思うぜ? 聖・ヴェルモンド教会ってな~」
レックが言うと、ヴェルモンドはカッ! と目を見開き、一気に魔力を放出した。
「全ては神の為だ。闇属性魔法の使い手など存在してはいけない! 私はレイウス家を根絶やしにするのだ。今はその為に一時的に手を組んでいるだけ。……故に、私は正義だ!」
「黙れ死に損ない。……ブチ殺すぞ?」
「……ガキが。舐めてると潰すぞ」
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