第四十五話 掌握された状況
「二人とも、これを見てくれ」
もはや、次の授業のことなど吹き飛んでいた。俺は顔を覆い隠しながら泣き崩れるノエルを隣に座らせ、対面に座するメアリさんとサタナに手紙を渡した。
「む~、紙がくしゃくしゃで読み辛いのう」
それは許してくれ、サタナ。
怒りのあまり自我をコントロールできなかったんだ。
サタナの手からそれを奪い、メアリさんが朗読を始めた。
「レインさん、この手紙の中に出てくる「この子」とは誰なんですか?」
俺は「リリルという獣人族の女の子だ」と告げた。
やはりと言うべきか、メアリさんの目は驚いたように見開かれた。同時に、サタナも同じ反応を示す。
「ああ、そんな」
俺の知る限りでは、メアリさんとリリルに直接的な面識はないはずだ。だが受付嬢という職業柄、知っていてもなんら疑問はない。
そう思って名前を告げたのだ。結果は見ての通り。やはり顔見知りだったらしい。そしてサタナは……。
「差出人は誰じゃ。その不届き物、妾の手で惨殺してくれるわッ!!」
などと息巻いていたが。
「無理だよ」
俺は即答した。
サタナは「何故じゃ!? 妾は強いぞ!」などと宣っている。
「ああ、確かにサティは強い。でも相手も強いんだ。主にここがな」
言いながら、俺は自分の頭を指差した。
メアリさんは手紙を閉じ、ふうっと一息ついた。
「まんまとしてやられた、といった感じですね。人数と場所の指定、さらには内通者の存在の示唆=常時監視しているぞ、という脅し。対してこちらはリリルちゃんの居場所すら知らない」
「別によいではないか。相手が分かっておれば殺して終わり。リリルはその後で見つけ出してやればよい!」
「アンタって底抜けの阿呆ね!」
耐えかねて、といった様子でカラドボルグが乱入してきた。気持ちは分かる。俺も同じ立場だったら同じように口を挟んでいただろうから。
「そ、底抜けだと!? いくらなんでもそれは言いすぎじゃ! 今までは幼馴染だからという事で数々の罵詈雑言を、魔王たる懐の広さを以てして許容してやっていたが、もう限界じゃ! 折る! 貴様を今ここでベキベキのバッキャバキャに圧し折って粉々にしてFランク装備の錬金素材にしてくれるのじゃ!!」
ああ、また始まってしまった。
しかし、今回ばかりはカラドボルグの肩を持たせてもらう。すまないな、サタナ。
「状況を考えろ、サティ」
俺は溜息混じりに言った。
「リリルの居場所が分からないという事は、リリルが今現在どのような状況にあるのかも分からないという事なんだ」
実際には状況は把握している。なにもない真っ白な部屋に一つの椅子。リリルはそれに縛り付けられた状態で項垂れているのだ。
俺は続けた。
「しかも相手が指定した場所に、相手が指定した人間以外の立ち入りを禁止されている。完全にお手上げだ」
「そういうこと! 分かった? おバカなサティちゃん。我が解放者様に無駄な説明をさせるんじゃないわよ」
「ぐっ……。で、ではどうすれば? どうすればリリルを助けてやれるのだ!?」
「方法は一つしかありませんね」
「そうだな」
俺は手紙に書かれた文字を読み返す。そこにはやはりこう書き記されていた。
――明日の正午、と。
唯一見出せる希望があるとするならばそれだけだ。
「んぬ? それはどんな方法じゃ?」
「明日の正午……つまり今から二十四時間以内にリリルの居場所を特定し救出する。それが出来なかった場合、ノエルはレイウス家へと連れ戻されることになる」
それで済めばいいがな、と俺は続けた。
「ノエルを返した瞬間に相手は目的を遂げる。そうなればリリルにはなんの価値も無くなる。つまりは、生かすも殺すも相手の気分次第という事になるんだ。リリルが生きて帰ってくるという保証は、どこにも無い」
ダンッ!! とサタナが食卓を叩き、立ち上がった。
「なんじゃそれは! おかしいではないか。そのノエルという女を差し出せばリリルの安全は保障される! そうではないのか?」
「書かれていないんですよ」
子供を宥めるような声でメアリさんが言った。
「……は?」
「この手紙には、ノエルちゃんを差し出せばリリルちゃんの命を保証するとは、どこにも書かれていないんです」
サタナは力なく、崩れ落ちるように木椅子に座った。
そして、サタナらしからぬ悲痛に満ちた表情で、
「そんな……」
そう口にしたのであった。
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