第四十二話 獣人族の少女・リリル
「いつもすまないね、リリル」
そう言って咳き込んだ獣人族の男が居た。男の身なりは見窄らしく、裸体の上にボロ布一枚といった格好だった。彼はリリルの父、バグード。
かつてはBランクの冒険者として家族を養っていたが、とあるダンジョンにて仲間を庇い負傷。モンスターに負わされた傷に、今もなお苦しんでいる。
「ごめんねリリル。私たちも、お仕事できればいいんだけど」
彼女はリリルの母、ロマ。彼女も同じく、裸体の上にボロ布一枚といった格好である。
生計の全てを娘のリリルに任せている以上、服装に拘っている余裕などなかったのだ。二人が身に纏う衣服は、一枚10ゴールドにも満たない。
「大丈夫だよ、パパ、ママ」
リリルはキラキラの笑顔を咲かせる。
実際、リリルはこれくらいなんてことないと思っていた。
今まで自分を育ててくれた両親。父は手傷を、母は病に。
ならば自分が働いて恩返しするのは当然だと、心の底からそう思っていたのだ。
「今日も頑張って行ってきまひゅ! 二人はなにも心配しなくていいからね!」
そう告げて、リリルは吹けば消し飛びそうなボロ屋を飛び出していった。
大切な大切なお守りを胸にぶら下げて。
リリルは獣人族の少女で、年齢は十一歳。将来の夢は、父・バグードと同じく冒険者になること。
その為に四歳の頃から剣の修行をしており、現在のレベルは5である。まだダンジョンに挑んだことが無い少女にしては高い方だ。
だが、今はそんな夢の事よりも優先しなければならないことがある。
一日一日をなんとしてでも生き抜くこと。
今まで育ててくれた父と母に報いるため。そのために、リリルは今日も馬車を引くのだった。
☆ ☆ ☆
御者の仕事は、基本的には誰でもできる。
冒険者を荷台に乗せるだけの仕事だからだ。
確かに力は必要だし体力も消耗する。馬の機嫌によっては一人の冒険者を目的地に届けるまでに必要以上の時間を浪費することもあるし、それによって苦情を入れられることもある。
それでも、リリルはこの仕事が好きだった。
色々な人との出会いがあり、そして別れ、再会があるから。それに、冒険者の人間に気に入ってもらえれば、指名といった形で支援してもらえることもある。
だから、別に辛い仕事ではないのだ。
「一人目はクオンジさん、ですか。珍しい名前でひゅね~」
あまり聞いたことの無い名前だ。
それに、肖像画もぼやけた感じでよく分からない。口元しか映っていないのだ。だが、見つけることはそう難しくはなさそうだった。服装が実に特徴的なのだ。
教会のシスターが羽織るような純白のローブ。ただそれだけ。一般的な冒険者の見た目とはかけ離れているので、すぐに見つけられるだろう。
ということで、リリルは冒険者ギルドの周辺をキョロキョロと見回した。すると、やはりすぐにその人物は見つかった。リリルは男か女かも分からないその人物の元へと駆け寄っていく。
「えっと、クオンジさん、ですか?」
「――そう」
ひどく冷淡な声が応じた。感情の機微が感じられない人形のような声。リリルは少し不気味だな、と思いながらも、その人物を荷台に乗せた。
「でも、珍しい依頼をなさるんでひゅね」
道中、リリルは語り掛けた。
あまりの静けさに耐え兼ねたのだ。
「――なに、が?」
相も変らぬ不気味な声。男か女かも分からぬ冷え切った声。無感情なその人物に対しても、リリルは努めて明るく振るまう。
「初めてなんでしゅよ。目的地がないっていうのは」
その人物の依頼欄には【散歩】とのみ記載されている。このような御者の使い方は極めて稀なものであった。
リリルがこの仕事に就いたのは今から二年前。だが、この二年間でこんな依頼を受けたのは初めてだった。
「――目的地は、ない」
太陽が大地に降り注ぎ、照り返す熱で汗がにじむ。そんな陽気に照らされながら、しかし背後からかかる声は酷く冷たく。
うう、なんなんでひゅか? この人は。
あんなローブを目深に被って、暑くないのかなあ?
そんなことを思った時、その人物は「――フフッ」と笑みを零した。同時に、リリルはビクッ! と肩を震わせる。
「えっ、えーと。どうか、されましたか?」
「――君は、実に可愛らしいね」
「え?」
「――大、丈夫。暑くは、ないよ」
リリルは猛スピードで振り向いた。
なんで。どうして。
そんな疑問が脳内を埋め尽くす。
「――目的地は、ない。目的は……君」
「ひっ!」
差し伸ばされた手に悲鳴を上げようと試みるリリル。
しかし。
「――ッ!?」
こっ、声が出ない!?
どうして? なんで!?
「――怖がらなくても、いいんだ……よ」
い、いや! やめて。
私には、必要としてくれる家族が……っ!!
「――フフ、君は好かれているね。君を……必要、とするのは。家族だけじゃあない」
――僕たちにも、君が、必要だ……。
白いローブを纏う人物。名も知れぬその存在はリリルに優しく触れた。
その瞬間、リリルの意識はプツンッ、とブラックアウトしたのだった。
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