平民少女は絶望する
文章書くのむじゅかしい
(結婚?結婚と言ったのかこの虹色デカボイスは)
突然言われた言葉が理解できず、少し失礼な呼称を使ってしまう。
(冗談?いや、あれは本気の顔だった)
しかし、ゲームでのプライドに嫁がいたなんて過去はなかったし、そもそも自らの婚約者と主人公の関係を疎んで立ちはだかる悪役であるためレズビアンであるという訳でもないはずだ。そもそもゲーム本編では女性好きどころか、自分以外の女性を全て見下していた。
(実は元々はこの性格で、ゲーム本編よりも過去の時間軸におけるなんらかの出来事によってああなってしまうのだろうか)
そんなことを考えているうちに大きな書店らしきところに到着した。
「さぁ、着いたわ。ここは私とあなたがいつも通っていた本屋さん!今日は学院で使う教科書を買うために来る予定だったのよ。」
「そうなのか」
プライドは期待と不安が入り混じった目で私を見ている。
「どう?何か思い出したりはしない…?」
「すまない、特に何も思い出せそうにない…」
「そう…」
まただ。記憶はないはずなのに彼女の悲しそうな顔を見ると胸が締め付けられる。
「まぁ、そんなにすぐに思い出しても拍子抜けだわ!教科書が置いてある本棚まで行くから着いてきて!」
無理に明るい声を出して進んでいく彼女に着いていく。
そうして、本棚に着いた彼女が手際よく集めていく教科書をどんどん受け取る。
「多分これで全部だと思うのだけど、一応確認してみて!科目は魔法、歴史、保健体育、経済学よ!」
「わかった」
そう言って教科書を見た私の目にとんでもないものが飛び込んでくることになる。
『これマジ?家柄に対して魔力が貧弱下がるだろ…とはもう言わせない魔法学』
『闇が深すぎて全てが嫌になる歴史』
『子供を作る方法に一同絶頂!性欲が止まらない…保健体育』
『これさえ学べばお金に酒、美男美女がよりどりみどり!この世の全てを手に入れられる経済学』
(なんだこの教科書は…!?)
「あっ!ちょっとどこいくのアリサ!」
嫌な予感がした私は、突然走り出したことに驚いたプライドの声を無視して他の本棚の本も確認してみる。
しかし、
『「俺のママになれメスガキ」の一言から始めるナンパ術 〜対13歳以下編〜』
『これを学べば医師免許が無くても手術ができる!よくわかる医学』
『貴族ジェノサイダーが語る革命論!今日から始める革命戦争』
ろくな本がなかった。
「ちょっと!いきなりどうしたのよ!そっちに教科書はないわよ?」
走り出した私を追いかけてきたプライドへ思わず縋り付くような目を向けてしまう。
「プ、プライドォ…」
「っ!?」
あんな狂った書物が一般的だと思いたくない私の震え声を聞いたプライドは何かを堪えるように服の裾を掴んだ。
「…さっきまでぶっきらぼうでそっけない態度だったのに、いきなりそんな子犬のような目で擦り寄ってこないでちょうだい…興奮してくるじゃない…!」
「ヒッ」
(まずい!このままでは公衆の面前で美味しく戴かれてしまう!)
そう思い、慌てて本について一抹の希望を込めて聞いてみる。
「この店はちょっと変わったものが本が置いてあるところだったりしないか!?普通のところとはちょっと違う本屋だったり!」
しかし現実は残酷だ。
「何言ってるの…? ここは貴族が直接経営している本屋さんよ?ちゃんとしたものしか置いてないわ。変なものや出自の怪しいものを置いたら、その貴族の品位そのものが疑われてしまうわ。」
(終わった…)
記憶がなくなったことで忘れていた絶望という感情をとんでもない形で思い出すことになってしまった。
「?よくわからないけど、とりあえず教科書は買い終わったから次のところに行くわよ。」
私の手をまた引っ張り次の場所へ連れて行こうとするプライドへ慌てて言った。
「少し、催してしまったからトイレに行ってくることにする!」
トイレに駆け込んだ私は錯乱しそうになる頭を抱えた。
(こんなとんでもない世界で私はこれからいきていくのか…!?あんな書物を一般的に読んでいる世界で…!?しかも、現状唯一の理解者にして最大の問題でもあるプライドはどうやら私に恋愛的な意味での好意を持っている様だし…先ほどの本屋での視線はとんでもない好意と性欲が入り混じったものだった…!もしあそこで迂闊に答えたら記憶だけでなく貞操まで失われるところだった…!)
極め付けにまずいのは
(私がそれを満更でもないと思っていることだ…!)
体に引っ張られる形で持っているであろうプライドに対する好意。アリサの体に私という精神が入った状態でプライドを受け入れてしまうのは双方にとって悲劇を生む。
元のアリサからしてみればいくら外側が同じだとしても、自分ではない人間が最愛の人と結ばれることになるし、私の方は私の方でもし受け入れて相思相愛のなった後にアリサ本人が体を取り戻したら、離れ離れになる苦痛を味わうことになる。
プライドだって結ばれた後になって相手の中身が実は別人だったと知ったら絶望するだろう。
誰も幸せにならない。
(ならば私にできることは…)
アリサ本人の精神をこの体に戻す方法を探しながら、いつ戻ってもいい様にプライドからの好意をかわしつつアリサ本人として過ごし、二人の未来のためにプライドが悪役となって破滅するのを阻止することだ。
(荷が重い…)