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平民少女は心乱す。

アリサとなった自分の元の名前がわからない。

そのことに気づき、慌てて自らの記憶を探った私は愕然とした。なにせ、名前どころか元の自分がどこに暮らしていて何をしていた人間かということすら全くわからなかったからだ。

覚えていることはこの世界が「乙女ゲーム」というものの舞台となっていること、そしてそこでプライドがたどる末路だけだ。その記憶すら酷く朧げで、プライドがあそこまで存在感のある見た目でなければ思い出すまでさらなる時間を要しただろう。

自らの情報量の少なさとそれによって降りかかるであろうこれからの受難について考え、呆然となっていた私は、呆然としてプライドが話しかけていることに少しの間気づかなかった。

「…リサ!アリサ!話を聞いているの!?」

ただでさえ大きい声をさらに張り上げて詰め寄ってくるプライドに気付き、慌てて返事をした。

「す、すまない。少し記憶について考え事をしていた。」

「ふーん、まぁそういくことで納得してあげるわ。」

プライドはそういうと、紙と筆記具を取り出してきた。

「さて!話を戻しましょう!とりあえず覚えていることを言ってちょうだい。それによってこれからの行動方針もきまっていくから!」

そう言われると困ってしまう。なにせ話すべきではない乙女ゲームのこと以外、何も覚えていることはないのだ。

「あ…えーと、実は何も覚えていないんだ。ここがとこで自分が誰かとか、その、家族とかの人間関係も。食事や言葉などの基本的なことはできるが、それ以外となると…」

それを聞いたプライドは悲しげな目をした。

「私のことも…この世界で唯一にして至高の親友であるエンペラー•プライドのことも?」

「起きた時から思っていたけど君は自分自身に対する評価が天より高…」

「そんなことどうでもいいから、答えて」

美しいオッドアイに悲しみの色を浮かべながら、真剣な声音で問うてくる彼女を見ると、心が締め付けられるようだった。

それというのも、記憶としては乙女ゲームなるものしか覚えておらず、そこで見たものしかプライドについて知らないはずの私の心には、記憶とは別としてプライドが大切で好ましい存在である、という感情があった。これが精神体としての自らの感情なのか、この体の元の持ち主が持っていた感情に引っ張られているのかはわからないが、とにかくプライドが悲しそうにしていることに耐えられなかった。

「その、あなたと私が共に行動した記憶はないが、プライドという人間がどのような人物だったかという記憶はある」

言った、言ってしまった。悲しませることに耐えられなくて言ってしまったが、思い返せば私が知っているのは破滅に向かう傲慢なプライドのことであって、少なくとも貴族のような身分ではない者を親友と言って憚らない存在ではないのに。

「そう…そうなのね!いいわ!私という最高の親友のことを覚えてたことのご褒美にあなたが記憶喪失だということは黙っておいてあげる!」

そう言って先ほど取り出した紙に『覚えていること-至高にして最高の親友についてのみ!』と書いた。

「覚えていることはわかったから、次に思い出さなければならないことについて話しましょう!まずは…」

そう言ってさっき書いたことの横に『思い出すべきこと』と付け加えた。

「一つ目はやっぱりマーサさんのことかしら。」

「マーサというと先程の金髪の…私の母親という人?」

「そうよ!女手一つであなたをここまで育ててくれた人よ!」

女手一つ、ということは私に父親はいないのだろうか。

「その、私の父親は亡くなっているのだろうか?」

そう聞くと、プライドは難しい顔をして言った。

「それは…わからないわ…近所の人に聞いたことはあるけど、マーサさんは赤ん坊のあなたを連れて突然この街に引っ越して来たらしいから」

「直接聞いたことは?」

「そんなことできないわ!あからさまに訳がありそうなことを聞き出そうとするのはマナー違反よ!こういうことは本人がこちらを信用して話してくれるまでいつまでも待つものよ!アリサ、あなたって記憶があってもなくても…」

「?」

「常識がないわね」

プライドについて好意的な感情をもっていても、未来の悪役令嬢に常識について言われると複雑な感情になってしまう。しかも今の状況に関わらず、アリサという存在は元々そうであったかのような物言いだ。

そう思い何か言い返そうとした私は、次のプライドの言葉で凍りつくことになる。

「アリサの体に誰か他の人が入り込んだのかとも考えたけど、その常識の無さはアリサ本人ね。まぁそもそも他人の体を乗ってるなんて聞いたことがないのだけれど。」

「っ!?」


…恐ろしい。納得したと言いつつ、ずっと見極められていたということか。まさかピンポイントで正解を出しかけるとは。

そんな私の荒れ狂う暴風のような心中などいざ知らず、プライドは話を続けた。

「学校のことは…まぁいいんじゃないかしら。あなたどうせ私以外に同年代の知り合いなんていないのだし。」

(どうやら、私はなかなか狭い人間関係で生きてきたらしい)

いまだ落ち着かない心を鎮めるために無理矢理そんなことを思ってみた。

「そうよ!一番大切なことがあったわ!」

少しづつ常人レベルまで下がっていた声のボリュームをまた五段階ほど上げてプライドは叫んだ。

何を思い出したのか、そう問いかけようとしたところで馬車が止まった。

(プライドの一挙一動にいちいち心乱されていて馬車の中だと行くことを忘れていた…)

そんなことを思っていると馬車の扉が自動で開き、プライドが私の手を引っ張って下ろした。

「さ!行きましょう!本当は学院入学に必要なものを買い揃える予定だったけど、ついでに記憶を取り戻すために思い出の場所を見て回りましょう!」

あらためて、私が知っているお話のプライドとは違いすぎる。虹色で声が大きく、自尊心が高めで感が鋭い。そんな能力的な一致はあれど、中身は完全に別物だと言える。

平民であるらしい自分を親友だといい、記憶を失ったと言っても態度を変えることなく、それどころが記憶を取り戻すのを手伝うと言う。こんな優しい彼女がどうしてあのような悪に堕ちてしまうのだろうか。

そう考え困惑している私のことを見ながら、顔を赤らめた彼女は今日1番の混乱を投げかけてきた。



「早く記憶を取り戻してね!この前にした結婚の約束の御返事をまだ聞いていないのだもの!」




結婚?





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