平民少女は記憶喪失
あらすじに追いつくのすらちょっとかかりそうです…
悪役令嬢プライド 本名エンペラー•ウーノ•プライド
エンペラー公爵家の令嬢でその名の通り自尊心が皇帝レベルで高く、声と見た目のせいで圧倒的な存在感を放っている。なんだ虹色の髪とオッドアイって。
しかし、彼女の髪と目の色がここまで派手なのには理由がある。彼女が出てくる乙女ゲーム、通称「乙女ゲーム of the dead」どんな分岐でもたいてい人が死に、バッドエンドだと世界滅亡などが当たり前の様に起こる(ある意味)人気のゲームだ。この世界では髪と目の色が単色で同じであればあるほどその色の属性の魔法をうまく扱えるとされており、また色の鮮やかさによって魔法の強さが決まってくる。例えば、鮮やかな赤髪と赤目を持つ人間ならば、炎の魔法を精密に、かつ高威力で行使できる。逆に、くすんだ水色の髪と黒目を持つ人間は、水の魔法をごく平凡な範囲で使用することができる。
そう、彼女の髪は鮮やかな虹色、そして目は赤と緑のオッドアイ。様々な属性を高威力で使えるが、属性が散りすぎて暴発の様なことしかできない。
そのため、幼い頃は他の貴族たちから「統一されていない目障りで下品な髪」や「器用貧乏な暴発娘」などと蔑まれたそうだ。
そんな彼女がその鮮やかで派手な髪を振り乱し自分に向かって騒がしい声をあげている。正直何が起きているかさっぱりだが、なんとかして状況を把握しなければ。
「あの…ここはどこですか?」
それを聞いたプライドは一瞬訝しげな顔をした後、すぐに納得した様な顔をして言った。
「まぁ!何を言ってるのアリサ?寝ぼけて自分の家も忘れちゃったの?しょうがないわね!」
そしてくるりと金髪の女性(プライド曰くマーサというらしい)に向き直った。
「マーサさん!私さっさとこの子を着替えさせて連れてくわ!だから部屋から出ていってもらって大丈夫よ!さすがにこの年になって友達に着替えさせてもらうのを家族に見られるのはアリサも嫌だろうから!」
乙女ゲームの面影があるすこしキツイ言い方だったが、マーサという女性は慣れているのか気にせずにいった。
「そう?なら私は退散しようかしら。アリサ、プライドちゃんを待たせちゃダメよ。」
そうして彼女が去った後、私は強引にプライドに着替えさせられた。
「ほら、さっさと支度して行くわよ!」
なんとか状況を理解しようとする間に家から引っ張り出されてしまった。
家の外に出るとゲームでしか見たことがないファンタジーな木造建築が立ち並び、様々な髪や目の色を持つ人が当たり前の様に存在していて、自分がいるのがゲームの世界だということを否応にも理解させられる。
そのまま街中をすこし歩いたところに止めてある馬車に乗ると御者もいないのに一人でに馬車が走り出した。
「さて、アリサ!さっきは言わなかったけど今日のあなた変よ!具体的に言うと記憶がないみたい!」
突然核心を言い当てられ、私は思わず狼狽してしまう。(まずい)
彼女が悪役令嬢として立ちはだかる大きな要因の一つを忘れていた。それは勘。彼女は異常なほどに勘が良く、ゲーム内でもその能力で主人公を苦しめるのだ。
(なんとか誤魔化さなければ!)
そう思い私は努めて冷静を装いつつ言った。
「そ、そんなことないよ?たまたま寝坊しちゃって…」
「嘘ね!今まで私との約束で遅れたことなんて一度も無かったわ!しかもさっきの『ここはどこですか?』って言う質問!あの時のあなたは寝ぼけて言ってるんじゃなくて本当にどこだがわからないって顔だったわ!それに今のその口調!無理してその口調を使ってることがバレバレよ!」
(まずいまずいまずいまずい!状況把握などと言って安易に質問するんじゃなかった!)
「ほ、ほんとに気のせいなんだって!今日は調子が悪くて頭がぼーっとしてただけで…」
そう私が言うと彼女は少し考え込んでから、パッと顔を輝かせて言った。
「…そうなのね!わかったわ!でもあまり突拍子のないことを言っちゃダメよ?ただでさえお姉さんと二人暮らしなのに、あまり心配をかけさせる様なことをしちゃ。」
(あのマーサという女性は私の姉だったのか)
誤魔化せたことに加えて思わぬ自分に関する情報を取得できた。もう少し自らに関する情報を得るため、かつ、また不安に思われないために私は会話を続けた。
「うん、そうだよね。後でお姉ちゃんにも謝っておくね。ところで…」
「ダウト!」
「えっ?」
話を遮り大声を出されたためビクリとして彼女の方を見ると、悪役令嬢プライドはそのオッドアイを爛々と輝かせてこちらを覗き込んでいた。
「残念、非常に残念よアリサ。たとえ記憶を失っていたとしても、私が親友と認めた人がこんな簡単に引っかかるなんて!」
そう言われて、私が自分が犯したミスを自覚する間もなく矢継ぎ早に彼女は言った。
「さっき私はあなたがお姉さんと二人暮らしと言ったわね?そしてそれをあなたは認めてしまった!たしかにあなたとマーサさんは二人暮らしで、彼女の見た目は年齢と比べて若く見えるから「お姉さん」という呼称もわからなくもないわ!けど…」
そう言って彼女はいまだ理解が追いついていない私にビシッと指を指して言った。
「彼女はあなたのお母さんでしょ!」
(やられた!)こんな単純な罠に引っ掛かってしまうとは。今思えば私を着替えさせる時に「着替えを『親』に見られるのは恥ずかしい」とは言わずに『家族』という曖昧な表現をした時からこの質問を準備していたのだろう。こうなったら観念して話すしかない。
「…ごめんなさい、実はそうなの。だから…」
「その口調やめて」
「…うん…じゃなくて。ああ、わかった。」
「うんうんいいわね!さっきまでの口調は記憶をなくす前のあなたの口調そのものだったけど、話しにくそうで見ていられなかったの!」
こんな短時間のやりとりと口調のみで記憶喪失まで思い至る彼女ならばそう言ったこともあり得るのだろうか?そう思いつつ彼女の話に耳を傾ける。
「さて!記憶を失ったというけれど具体的にはどのくらい失ってしまったのかしら!マーサさんのことを忘れていたのに私のことはすぐわかったみたいだし、口調は昔あなたがハマって真似していた絵本に出てくる傭兵の様な口調だわ!記憶喪失にしては特定のことだけ覚えているのね!」
こちらが話さずともどんどん私の状況を言い当ててくる。一を聞いて十を理解する人間ですらこの状況では恐ろしいのに、一すら聞かずに全部を解明しようとする彼女をどうすれば納得させられるか。
そう思い自らの中にある記憶を探ろうとして、とある事に気づいた私は愕然とした。
(プライドの親友らしいアリサ。そのアリサという人間に入り込んだ私は、誰だ?)
自分が誰かわからない系女子