7
高級マンションの最上階にあるこの部屋の窓から外を眺めていた陸は声をあげた。
「すっげぇ、眺めがいいんだな」
テラスは広くテーブルと椅子が置いてある。夜景を見ながら寛ぐのに最適であろう。
観葉植物もいくつか置かれてあり落ち着いた雰囲気であった。
「そうだね。夜も夜景がきれいだよ。
正直私一人にはもったいない場所だけどね」
美鈴の言葉に陸は小さくため息をついた。何も分かっていないから言える言葉だ。
美鈴はリビングのローテブルの上にアイスコーヒーを置くと外を見る。
外の景色を見ているように見えたが何か違うものを見ているようで陸は
慌てて窓を閉めるとソファに腰をかけながら話を変えた。
「そういえばこっちで仕事探すんだろう」
美鈴は陸の方を向くと頷く。
「来月から高坂さんの会社にお世話になろうと思っているんだ」
「そっか」
妊娠も控えている身体なのだから知り合いの所で働いていた方が何かと安心なのであろう。
陸は納得して頷いた。
「どうしたの?何かあった?」
美鈴の問いかけに陸は少し戸惑ったが口を開いた。
「あのさ…。夜理に聞いたんだけど、美鈴、妊娠したんだって?」
陸の口から思いがけない言葉が出てきて、美鈴は驚いたが頷いた。
「そうだよ。朗の子がお腹にいるんだ。ちょど三か月くらいかな」
陸も頷いた。
「おめでとう…でいいんだよね」
陸の何やら自信なさげなお祝いの言葉に美鈴は笑ってしまった。
「いいんだよ。ありがとう」
美鈴の優しい笑みを見ながら陸は戸惑いながら視線を下げた。
「そういや、夜理はもうここに来た?」
「夜理ちゃん? 夜理ちゃんは仕事で暫く来れないって言ってたんだけど、今度来るときには陸にも連絡入れるよ」
「いや、いいよ」
陸の返事に美鈴は不思議そうな顔をした。陸は落ち着かなくアイスコーヒーを飲む。
相模朗が亡くなってまだふた月も経っていなかった。
夜理には自分の気持ちを美鈴に言うと言ったが、まだ言うべきではないのかもしれないという気持ちと
早く言って支えてあげた方がいいのではないかという思いが陸を悩ませていた。
いつもだったら自分の感情で行動をしていたのに何かいつもと違う自分に戸惑う。
「そういやあ、裕助さんには言ったの?」
「裕助は今晩来るからその時話すつもり。怜と一緒に来るし」
「怜って?」
「確か陸もあったことがある人だよ。夜理ちゃんの上司。私の仕事の先輩でもあるんだ」
話を聞きながら美鈴がいつも通り笑って話している姿は陸をホッとさせた。
裕助がいなくなってしまった時には、ぼーっとしている事が多く自分もどうしたら良いのか分からなかったのだ。そんな事を思い出しながら顔をあげると美鈴と目が合った。
「あのさ」
陸は思い切ったように言った。
「俺、美鈴とお腹にいる赤ちゃんを守りたい」
美鈴は陸をみつめたままだった。陸のほうが視線を下げてしまったが言葉を続ける。
「ずっと一緒にいて二人を守りたいと思っている」
「陸…」
美鈴が話し出そうとしたところで、陸は焦ったように遮った。
「別に返事はいい!今は知ってもらうだけでいいからっ!」
それだけ言うと立ち上がった。
「じゃあ、今日は帰る」
鞄を持つと美鈴の顔を見る事もなく慌てて飛び出してしまった。エレベーターを待つこともしないで階段から下へと駆けおりて行く。その場で断られたらと思ったらいてもたってもいられなくなり逃げ出してしまった。
しかし駆け足で降りて行く足を止めると顔を歪め下を向く。
「あーーーくそっ。何やってんだろ俺」
陸は苦い顔でつぶやいた