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「大きな荷物は船便で届くなら1〜2か月後かしらね?」
高坂は、美鈴の為に部屋のクリーニングをしてくれた上にすぐに生活できるように布団なども用意してくれていた。家具は今ある物を使えばいいし、必要なものは徐々に揃えていけばいい。
「すぐに使うものは入れてないから大丈夫。
それより、すっかり掃除もしてもらっちゃってありがとうございました」
美鈴の言葉に高坂は笑う。
「本当に掃除だけよ。後は何もしていないわよ。
それにこっちは、無償でこの部屋借りていたんだもん。それくらいしないと。
みっちゃん一人には広すぎるけどセキュリティがしっかりしているから安心だわ」
高坂の言う通り広すぎる部屋を見回した。きっとリビングとその隣の和室ぐらいしか使わないだろう。
ベランダも夜景を見ながら寛げるほどの広さがあり観葉植物も置いてあった。
「で、みっちゃんに渡したかったものなんだけど、これよ。開けてみて」
高坂は、高級ソファに腰を下ろしてブランド物の大きなバックから封筒を取り出した。
机の上に置くと美鈴の方を見た。
美鈴は言われるがままに高坂から封筒を受け取ると封を開けて取り出す。
権利書と何かの鍵とメモ紙が入っていた。
美鈴は高坂の顔を見た。
「ここのマンションの権利書。あなたの名義になっているから。
後は貸金庫の鍵と暗証番号」
美鈴は目の前の権利書を見てから再び高坂を見た。
「私名義って、このマンション朗のだよね」
「そうよ。朗はあなた名義に変更していたの。
貸金庫には私も何があるか聞いていないんだけど、きっと朗があなたに残したものよ」
「朗が私に…」
「そうよ。自分に何かあった時はみっちゃんに渡してくれって頼まれていたの」
美鈴は何も言えずに無言でいる。
「取りあえず貸金庫の方へ行ってみましょうか」
高坂は立ち上がると美鈴の背を押した。
貸金庫から出て高坂の車に乗り込んだ美鈴はずっと黙ったままであった。
運転席に座っている高坂も前を向いたまま何も言わないでいてくれた。
金庫の中には、通帳に印鑑、他にもマンションとは別の場所の権利書などが入っていた。
通帳の金額は桁が間違っているのではないかと思うほどの入金がされいた。そして全て自分名義なのだ。
いつそんな事をしていたのか、美鈴には何一つ言うことはなかった朗。
車をゆっくりと発進させた高坂は話し出す。
「朗は、ああ見えても結構義理堅いのよね。
私にも自分の車譲っていったし他にもね…。まったく参っちゃうでしょ」
「……」
高坂は美鈴を見てから車を路肩に止めた。
「本当は、こんな役やだって言ったのよ。
だけどあの朗がさ、信じられるのは私だけだなんてこと言うのよ。
あいつが真面目に自分の思いを言うんだもん。引き受けるしかないじゃない」
美鈴の固まってしまった表情を見ながら高坂は優しく美鈴に言った。
「朗がね、みっちゃんには色々なものを貰ったけど自分には渡すものが何もないからって…
ね、だから気にしないで貰ってやんなさい」
高坂は美鈴の肩を優しく抱く。
美鈴の瞳からは後から後からこぼれていく涙で言葉が何も出てこない。
朗が死んでしまって初めて美鈴が見せた涙であった。それは堰を切ったように止まることもなく流れ落ちる。
「もうっ貰っているのに」
泣きじゃくりながら美鈴は言う。
「朗から大切なものを貰っているのに…」
高坂は美鈴にハンカチを渡しながら自分も目を潤ませながら尋ねる。
「大切なもの?それってなに?」
美鈴は目元をふきながらお腹に触れた。
高坂はすぐに気がついたようであった。
「もしかしたら赤ちゃん?朗の子がいるの?みっちゃんのお腹の中に」
美鈴は頷く。高坂は嬉しそうな顔をしたがすぐに怒ったように言った。
「あいつってば本当に死んじゃってる場合じゃないじゃない!
バカなんだからっ」
「本当だよね。自分だけ満足な顔して逝っちゃうなんて。
私だって朗から色々貰っていたのに、何勝手な事言ってるんだか…」
高坂の目にもいつの間にか涙が流れている。
「本当に、バカバカ、バカヤローだわっ!!」
車の中で暫くの間、泣きながら抱き合っていた二人だった。