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この手をつかみたくて3  作者: えみっち
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5

「あれ?美鈴さんっ、どうしたの?嬉しそう…」


テレポートをしてアパートにやってきた夜理は美鈴のいつもと違う様子にすぐに気がついた。

美鈴は用意をしていたマグカップに紅茶を注ぎながら不思議そうに自分を見ている夜理に椅子に座るように促した。いれたばかりお茶を夜理の前に置くと自分も前に座る。


「いやいや実はですねー、ちょっと驚きの報告がありまして」


美鈴の様子からしてよい報告だとは分かったのだが、思いあたる事はない。


「えー、なになに?何があったの?」


夜理は身を乗り出して美鈴に尋ねる。

美鈴も同じように身を乗り出し夜理に近づくと内緒話をするように言った。


「実は、できちゃったの」


夜理は意味が分からずに目をぱちぱちさせた。


「できちゃった?」


美鈴が頷いているのを見てからふと視線を下げて「あっ」と声をあげた。


「もしかして赤ちゃん?」


美鈴は再び頷く。


「朗さんとの赤ちゃんがいるの?」


夜理は立ち上がると美鈴に聞きなおす。


「そう。病院に行って診てもらってきたから間違いないよ。何だか信じられないでしょう。

お腹にもうひとつの、それも朗との命が育っているなんて」


美鈴の笑顔を見て夜理も一緒に笑ってしまった。


「そっか!だから俊さんになれなかったんだ。

わぁーー、私もとっても嬉しい。美鈴さん、おめでとう!」


夜理はきゅっと美鈴を抱きしめる。本当に自分の事のように嬉しかった。

その夜はベットの中で一晩中、生まれてくる子供の話と朗の話をした。

美鈴が日本に戻ってくるまで後一週間であった。



「どうしたんですか?私に話があるって」


夜理は向かいに座っている陸に不思議そうに尋ねた。

陸から連絡が来たのはカナダから帰ってきた晩であった。

電話ではなくて直接会って話がしたいと言われて次の日にファミリーレストランで待ち合わせをしたのだ。

陸とはカナダで会った時以来であったが、その時と同じように口数が少なく自分から話があると言ったはずなのになかなか話そうとしない。


「高野さん?」


夜理の問いかけに陸はやっと夜理を見ると口を開いた。


「実は俺、相模さんが亡くなる二週間くらい前に二人で会ってたんだよ」


陸の言葉は思いがけないものであった。


「相模さんに呼ばれたの?」


陸は頷く。


「頼みがあるって言われて」


陸は一息つくと言った。


「俺にこれからも美鈴の傍にいてくれって」

「……」


夜理は言葉が出てこなかった。陸の視線は下にと落ちていた。


「相模さんは何となく自分の死期が近いって感じてたんじゃないかな。

その時は何でそんな事言ってきたの分からなくて相模さんにも尋ねたんだけど、

相模さんは『ただ言っておきたかった』としか言ってくれなかったんだよ」


夜理は黙って陸の話を聞いていた。


「相模さんが亡くなって、相模さんの言った言葉が頭から離れなくて、いろいろ考えて

やっと答えが出て、それを藤原さんに聞いてもらいたかった」

「私に?」


陸は頷く。


「俺、人から言われたからじゃなくて自分の気持ちで美鈴の傍にいたいと思う。

そして守っていきたいと思ってる」


夜理は陸を黙って見つめていた。

言い終わってから陸は何かほっとしたように椅子の背もたれに寄りかかった。


「突然こんな話してごめんな。でも裕助さんもそうなんだけど藤原さんは美鈴に近い存在だから何か言っとかないといけないような気がしてさ」


夜理は思わず笑ってしまった。


「私、美鈴さんのお母さんでも妹でもないんだけどな。

どちらかと言うと高野さんのライバルの方が近いと思うよ」


陸も夜理の言葉に笑った。


「そうだったのか。

藤原さんがライバルだったとしても美鈴がこっちに戻ってきたら俺は言うつもり。

相模さんが言った事は言わないけど」


夜理は陸を真剣な表情で見つめた。


「それはどんな事があっても揺るがない思い?」


陸は、夜理を見返すと頷いた。


「揺るがない」


陸のハッキリとした言葉と真っ直ぐな目を見て夜理はためらったが再び問いかける。


「美鈴さんのお腹に相模さんの子供がいても本当に守ってあげられる?」


夜理の言葉に陸は驚いた表情をしたが頷いた。


「守るよ」


夜理は真っ直ぐ見つめていた陸から視線を外して息を吐いて笑った。


「高野さんはスゴイね。

本当に美鈴さんの事大切に思っているんだね。だから相模さんがお願いしてきたんだ」

「藤原さんもそうじゃん。見てれば分かるよ」


陸は笑って言った。しかし、夜理は何か自嘲した。


「そう。そうなんだけど、美鈴さんが羨ましくもあるの。

美鈴さんは素直でいつも笑顔で迎えてくれて一生懸命でしょう。

私、自分を出すのが苦手だから羨ましい。それに美鈴さんにはいつも見守ってくれている人がいるし」


陸は頷く。


「そうだよな。美鈴は羨ましいよな」


それから肩をすくめてみせた。


「なのにちぃっとも分かってないんだよな。本当に参っちまうよ」


夜理は愚痴をこぼす陸に笑ってしまった。



店を出た別れ際、夜理は陸に言った。


「美鈴さんが高野さんの事好きな理由が分かった気がする」


陸は不思議そうに夜理を見た。


「一緒にいると元気にしてくれる人なんだね」


すっかりいつも通りに戻った陸は笑った。


「そっか?うるさいだけだと思うけど。

あ、あとさ、俺の事呼び捨てでいいよ」


夜理は頷く。


「じゃあ私の事も『夜理』でいいよ」


それからにこりと笑って言った。


「よかったら教えてね。結果」


陸は苦笑いした。


「いい答えだったらね」


そう言って軽く手をあげ歩き出した。

夜理はそんな陸に小さくと笑うと陸には聞こえないような小さな声で言った。


「いい結果じゃなくても教えてよね。ここまで聞いちゃうと気になるよ」

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