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『相模朗 急死』
美鈴と相模朗が日本を発って2ヶ月後、突然の訃報が日本に送られてきた。
その訃報を受けて佐波裕助、陸、夜理がカナダへと来ていた。
混雑した空港の人込みの中を三人の方へと歩いて来る美鈴を夜理は見つけると駆け寄って行った。
「美鈴さんっ」
美鈴は駆け寄ってきた夜理の手を取った。
「夜理ちゃん来てくれてありがとう」
美鈴の言葉に夜理は顔を歪ませて抱きつく。目からは涙が零れ落ちる。
「夜理ちゃん泣かないで。朗はとても静かな穏やかな顔をしているんだ。
悲しまないで」
夜理の頭を優しく撫でながら美鈴は静かに言った。
そして夜理の後ろに立っている裕助と陸に目を向けた。
「2人とも来てくれてありがとう」
「いや、俺らは大丈夫だが、美鈴さんは大丈夫なのか?」
裕助の言葉に美鈴は小さく数回頷いた。
「私は大丈夫だよ。高坂さんは明日の朝の便で来てくれるって言ってたし、とりあえずいったん家に行こう」
美鈴の言葉に三人は頷くと無言で歩き出した。
葬儀の日は雲一つない良い天気であった。
後から来た高坂と合流し皆で相模を見送った。
美鈴が言うように相模は静かな表情をしていた。まるで眠っているかのように変わらなく見える。
だからだろうか美鈴の感情も不思議と落ち着いていた。涙も出てこない。
本当はまだ受け止められていないだけなのかもしれない。
「まさか相模の事を俺が見送るとは思わなかった」
裕助の言葉に美鈴は小さく笑った。
「そうだね。朗も思ってはいなかっただろうね。でも2人は何だかんだ結構長い付き合いだったんでしょう」
美鈴の言葉に裕助は苦笑いする。
「確かに長い付き合いだったが、楽しい付き合いではなかったね」
「そうだね。イロイロありました」
思いかえすと本当に色々な事があった。出会って10年も経っていないのに遠い昔のようであった。
「私も長い付き合いだったけど、あんなに穏やかな朗の顔、見た事がなかったわ」
美鈴の隣にいた高坂がポツリとつぶやく。そして高坂はしゃがむと墓石を撫でる。
「大切なものを見つけて満足できたんでしょ。よかったね。ちょっと早すぎたけどね」
後ろにいた夜理はハンカチで目元をおさえなが頷いた。
「私もそう思います。朗さんとても優しい顔していたから」
「ふたりともそんな褒めちゃうと、今頃照れて怒ってるよ」
「そうね。ちょっと面倒くさいヤツだからね」
美鈴の言葉に高坂は肩をあげてみせる。
そんな皆の様子を陸は黙ってみていた。カナダに来てからほとんど話すことがなかった。
何を思っているのか黙ったまま墓標を見つめている陸に美鈴は声をかけた。
「陸も本当にありがとう」
陸は、はっとして我に返り美鈴をみた。
「あ…いや。俺も相模さんに会いたかったから」
「ありがとう」
静かにお礼を言って頷く美鈴を陸はやはり何も言わずに黙って見つめるだけだった。
美鈴のアパートに着いてから4人は一息ついた。
高坂が夜の便で帰ると言うので空港まで送ってから家に戻ってきたのだ。
「で、美鈴さんはこの後どうするんだ? 日本に戻ってくるんだろう」
裕助は、夜理から受け取ったマグカップのコーヒーを飲みながらキッチンに立っている美鈴に尋ねた。
「う…ん、そうだね。でもこっちでやらないといけない事もあるから暫く後かな」
「手伝えることがあったらいつでも言って。すぐに行くから」
夜理の言葉に美鈴は頷いた。
「ありがとう。その時はお願いね」
自分のマグカップを手にしながら皆がいるリビングに来た美鈴に夜理は気になっていた事を尋ねた。
「そういえば俊さんになれないって本当?」
夜理の横に腰を下ろしながら美鈴はマグカップを机の上に置いた。
裕助も陸も自分を見ていた。
「そうなんだよね。仕事は休暇を取っているんだけど辞めないといけないな。
ついつい甘えてしまっていてひと月半も経ってしまったんだよね」
「身体の方は他に異常はないのか?」
裕助は眉間に皺を寄せて聞いてきた。
「ないよ。至って健康」
「でも前もあったよね。その時は1年近くあったんじゃないの?」
陸は裕助が行方不明になった時の事を言っていたのだ。
「身体が落ち着くまで俺が残るぞ。仕事も俺なら自由がきくからな」
陸の言葉に裕助が過保護に言うので美鈴は慌てて断った。
「大丈夫だよ。もう昔のようなことはないし」
裕助が何か言いたげに口を開いたが夜理の方が先に言う。
「佐波さん、私もすぐに行けるから大丈夫です。ね、美鈴さん」
「そうだね。ありがとう夜理ちゃん」
ほっとして美鈴は夜理の方をみて礼を言う。
そんなやりとりをやはり陸は黙って見ているだけだった。
3人が帰国した後、俊が勤めていた会社に退職の手続きをしに行ったりと片づけを始めた頃に帰国した高坂から連絡が入った。日本に戻ってきたら渡したいものがあるので連絡をくれとの事だった。
そしてその頃になって美鈴は自分の身体の異変にやっと気がついたのだった。そのことで俊になれなくなった事にも。