3
「みっちゃん、すっごくカッコいい子じゃないっ!どストライクだわ!」
高坂は美鈴の横に立っている陸を見て頬を染め目を輝かせた。
次に反対側に立っている夜理を見ると頬は染めなかったがやはり目を輝かせた。
「色白で手足が長いわね!わが社のモデルにスカウトしたいわ!」
高坂のパワーに押され気味だったが夜理はお礼を言って微笑む。
陸は完全に引いており嫌な顔をして黙っている。
「もうっ!みっちゃんの知り合いは本当にイケメン揃いよね。羨ましいわ!」
高坂の言葉に改めて考えてみれば、確かにイケメンが多いかもしれない。世界情報機構の面々は特にそうであった。
「気がつかなかった…」
相変わらず疎い美鈴に高坂は笑いながら抱きつく。
「もうっ!みっちゃんは相変わらずで可愛いわね」
「わわわわっ」
自分より体格も身長も大きい高坂の勢いによろめきながらも美鈴は何とか踏ん張った。
「うわぁ…」
陸の何とも言えない顔と声に二人の様子を黙って見ていた夜理も笑ってしまった。
「とても仲良しですね」
「そういう問題?」
ポケットに手を突っ込みながら陸は冷ややかに言う。
「だけど朗ってば、本当に来ないつもりなのね!
許せないわ。私の誕生日パーティーなのにっ」
そうである。美鈴達は高坂の誕生日パーティーに来ていた。
しかしゲスト側ではなくホスト側としてパーティーの手伝いに陸と夜理を誘って来ていたのだ。
先日、陸達と食事をした後にマンションに着くと予想通り高坂が待ち構えており有無も言わさず二次会にとなった。
そしてその時に高坂にパーティーの手伝いを頼まれたのだ。
「用事があるからって朝から出掛けているんだけど、これ預かっているよ。高坂さんに、って」
自分の鞄の中から小さな手提げ袋を出すと高坂に渡す。
高坂は嬉しそうに受け取ると皆がいる前で手提げ袋に入っていた小箱を開けた。
「あらぁ…すっごく素敵じゃないっ!」
箱の中には宝石と美しい細工が施されたネックレスが入っていた。
高坂は器用に留め具を外し自分の首にかけると満足そうに笑う。
「相変わらずセンスのいい男ね」
高坂の首元で光るネックレスに見とれていた夜理は美鈴の方を見て嬉しそうに尋ねてくる。
「美鈴さんも相模さんにもらったりするの?」
「え…?もらわないよ」
夜理の言葉にあっさりと答えた美鈴に三人が驚いたように見た。
「何っ?どうしたの?」
三人が自分を見ている事に焦って美鈴は顔を赤めた。
「どうしたじゃないわよ!朗はみっちゃんに贈り物もしないの?」
「えっ?いや、でも食事とかはおごってもらうし家賃は朗が払ってるし他にも出してもらう事多いし…」
自分でも何か違う事を言っているとは思ったが慌てて弁解した。
「駄目よっ!」
高坂は美鈴の言葉をピシャリと斬る。
「いやでも、私アクセサリーつけないし改まってそんな物貰うと恥ずかしいし、いいよ」
「だーーめっ!絶対駄目っ!!」
「っっっ!!!」
高坂の押しに美鈴は何も言えなくなり困り顔で黙る。
さすがに話を振った夜理も申し訳なく思ったのか助け船を出した。
「あの…お話の途中ですが、そろそろ私達用意しないといけないんですよね」
高坂は時計を見ながら頷く。
「そうね、そろそろ準備しないと。ユニフォームを用意したからこっちに来て!」
高坂は夜理と一緒に奥の部屋へと歩き出す。
「すっげー人だな」
背後からぼそりと言う陸の声に美鈴はほっとしたように笑った。
「まあ、朗にも負けない人だからね。陸と一緒だね」
そう言うと二人の後を追って歩き出す。陸は美鈴の後ろ姿を見ながら小さく笑った。
「俺は全然勝ってなんかいないけどね」
高坂の用意をしたユニフォームである黒いパンツとシャツに着替えた美鈴が部屋から出ると、奥の部屋から高坂が手招きをしているのが見えた。
そこは5畳ほどの部屋で衣裳部屋兼メイクルームになっていた。
高坂は化粧台の前に美鈴を座らせると嬉しそうに髪に触れた。
「さて、みっちゃんはどんな髪型にしましょうか」
「あ、もしかして夜理ちゃんの髪をアップしたのは高坂さんだったの?」
高坂は頷く。
「グッと大人っぽくなったわよね。元々大人っぽい顔立ちなんだけど顔の輪郭を出してすっきりさせると本当に彼女は綺麗で目を惹くわ」
「そうそう。夜理ちゃんは綺麗だよね。色も白いしユリの花のようだよね」
美鈴の言葉に高坂は笑った。
「彼女は素材がいいからやりがいがあるわね。
陸くんは慣れたもんで自分でセットして、バッチリ決めていたわよ!」
陸の話しになるとテンションが高くなる高坂に笑いながら美鈴も頷いた。
「陸もオシャレさんだね」
「何だかみっちゃんのコメントはおばあちゃんみたいね。白いユリの花だの、オシャレさんだのって」
それから美鈴に顔を寄せると内緒話をするように小声で囁く。
「それから、あんまり陸くんと仲良くしていると朗が焼きもちを焼くんじゃなあい?」
「そんな事ないよ。この間、一緒に食事したんだけどお互い知っていたし、何だか二人で男の秘密をもってたよ」
高坂は少し驚いたように唸った。
「へー、朗に認められているんだ陸くん」
話しながらも手早く高坂は髪をアップさせてピンで留める。
「メイクも少し手を加える?今のままでもナチュラルで全然大丈夫だけど、ちょっと遊んでみる?」
「お願いします! 私、メイク苦手だからしてもらいたいです!」
高坂は美鈴の髪にスプレーをかけながら笑って頷いた。
美鈴のメイクをしながら珍しく高坂は少し無口になったがぽつりと言った。
「みっちゃんが朗の隣にいてくれて本当に嬉しいわ」
突然の言葉に美鈴は驚いて鏡に映っている高坂を見た。
「どうしたの?急に…」
「ううん。朗ってば本当に幸せとは縁遠い所にいた人だったけど、みっちゃんが変えてくれたから本当によかったって思っているの」
「高坂さん…」
高坂は美鈴をきゅっと抱きしめる。
「みっちゃんが今日来てくれて本当に嬉しいわ。本当ならお客様として招待したかったんだけど、私の我が儘を聞いてくれるのはみっちゃんぐらいだと思ってお願いしちゃった」
高坂は美鈴を離すと手を差し延べ立ち上がらせた。
「でも私、不器用だから大した事出来ないからね。その点二人は器用だから全然大丈夫だと思うけど」
不安そうな顔の美鈴に高坂は笑ってドアを開けた。
「大丈夫よ。ホームパーティーだもの。招待している人も皆知り合いだし、気を遣うような人は呼んでないわ」
背を押されて部屋を出ると陸が声を掛けてきた。
「へぇ…美鈴別人みたいじゃん。藤原さんもスゲェ美人だったし高坂さんのテクすごいよな」
「ありがとうvでも素材がいいのよ。陸くんもキマッているわね!
そういえばカウンター任せちゃっていいの?」
陸は今まで自分がいたミニカウンターの方を見ながら頷いた。
「今だいたい説明聞いたから大丈夫だと思う。それより美鈴は何すんの?藤原さんは受付とか言ってたけど」
陸の言葉に答えたのは高坂であった。
「みっちゃんは、接待よ。私の傍にいてもらうから大丈夫」
高坂は何か意味ありげに言うと陸は小さく頷いた。
「夜理ちゃんには今厨房の方の手伝いをしてもらっているわ。知り合いのシェフに来てもらったんだけどアシスタントがいなくて本当に助かっているわ」
そこまで言うと高坂は時計をみて辺りを見回した。美鈴たち以外にもスタッフが数名おり飾りつけをしたり片づけをしたりとそれぞれの事をしていた。
「みんな聞いて!そろそろお客様が来るからそれぞれの持ち場を頼みますね!
よろしくお願いします!」
高坂の元気な声が部屋に響くとスタッフたちは顔を上げて明るく声を返す。
「よろしくお願いしますっ!」
高坂は嬉しそうに笑うと、あちらこちらへとチェックに走って行った。陸も自分に任されたカウンターのお酒のチェックを始めたので美鈴はグラス磨きの手伝いをした。
「自分の誕生日パーティーを自分で企画して開くって、どんな奴かと思ったけど会って納得した。
あんだけパワーあれば何でもできそうだな」
美鈴も笑って頷いた。
「そうだね。とっても明るくてパワフルだから元気がもらえるよね。情も厚いし優しい人だし」
「おネェだけどね」
陸の言葉に思わず二人で笑ってしまった。
そこへ厨房の手伝いを終えた夜理が戻ってきて二人の方にやってきた。
「美鈴さんもアップにしてもらったんだ。素敵!
高坂さんそういう仕事もされていたみたいで凄いね。憧れちゃうな」
「そうなんだ。それは知らなかった。洋服関係の仕事をしているとは聞いていたけど詳しい話をした事なかったからな。そういえば今日、芸能人のお友達も来るみたいだよ」
「本当?どうしよう!緊張してきちゃった」
いつになくテンションが高くなっている夜理に美鈴は笑う。
「夜理ちゃん詳しいからな。私にはまったく分からない」
美鈴の言葉に陸が言う。
「美鈴の周りには芸能人以上にカッコいい人が多いし、ドラマ以上の事があるから興味ないんじゃないの」
「陸くんを含めてとか?」
夜理の言葉に陸は何か思いだすように唇を尖らせた。
「まあ、俺もいろいろとあったからな」
「違うよ。夜理ちゃんは陸がカッコいいって言ってるんだよ」
陸の言葉に美鈴は笑いながら訂正して言った。
しかし、入り口の方に人影を見つけると二人に声をかける。
「お客様が来たみたいだよ。行かないとね」
「あ、はい!」
夜理は小走りで入り口の方へ行く。
美鈴も行こうとしたが陸に呼び止められた。
「ごめん。俺、今何か軽口叩いた」
「え……?」
「興味がないって…言ったけど、そういう問題じゃないよな。
仕事でいい事ばかりじゃないって言ってたし俺と会った時だって酷い目に遭わせてしまったのに」
美鈴は陸の言葉に少し驚いて黙っていたが、静かな笑みを向けた。
「気にしてないよ。それに過去を振り返って凹んでいるより今は先を見るほうが楽しいと思える。
大丈夫だよ陸」
美鈴は陸の腕に触れると離れて行った。
陸は美鈴を目で追っていく。
そんな二人を見て高坂は小さくため息をついた。
「で、こんな遅くにどうした?」
相模は、深夜2時過ぎを差している腕時計を見ると横に座っている高坂に尋ねた。
「ごめんなさいね。
まず先にお礼を言っておくわ。プレゼントありがとう。嬉しかったわ」
「いや…」
相模はカウンターのグラスを手に取ると高坂が話し始めるのを黙って待っている。
「今日、みっちゃん達が来て手伝ってくれたわ。陸くんと夜理ちゃんも一緒にね」
「ああ、聞いている」
高坂は、相模の変わらない表情に少しイラついたように言った。
「気がついていると思うけど陸くん、みっちゃんの事本気で好いてるわよ」
相模は暫し高坂を見たがまた正面を見るとグラスに口をつけた。
「随分と余裕ね。昔のあの独占欲はどこに行っちゃったのかしら」
高坂も前を向くと酒を口にした。
「まさかと思うが、そんな事で呼び出したのか?」
「そんな事じゃないわよ。大事な事よ。あなた、陸くんと会ったんですって?」
相模は鼻で笑う。
「ああ、会ったよ。対等に話していたし肝も据わっていた。
今どきの若いヤツとは違うし妙に冷めた所もあって面白いヤツだった」
グラスを傾けながら言葉を続けた。
「初めて会ってから2年くらい経っていると思うが、美鈴の事を随分と気に入っているのも知っている。
押し倒しでもしたか?」
「朗っ」
高坂はグラスを机の上に置く。
「おかしな奴だな。どうしてお前が怒るんだ。まるでお前が盗られたみたいだ」
高坂は相模を睨み付けた。
「そうよ。私はみっちゃんが好きなの。でもあなたの事も好き」
相模は、小さくため息をつくとポケットから煙草を取り出しくわえる。
「みっちゃんは、すごく人の思いに敏感で無防備に心を寄せてくれるから危なっかしいのよ」
「まあ、八方美人だからな」
「朗っ、あなたが一番よく知っている筈よ」
煙を吐き出しながら相模は高坂を見た。
「で?俺にどうしろと言うんだ?明後日には日本を発つんだが」
高坂は相模をじっと見てから言った。
「指輪を贈ってあげて」
「……」
さすがに相模も理解が出来ずに黙ってしまった。
「あなた、みっちゃんに装飾品をあげないんですって?」
「まあ、お前とは違うからな」
「何?それどういう意味っ」
高坂は睨んで言う。
相模はグラスの方に視線を落とすと真面目に言った。
「形が残るものをあいつにはやりたくないんでね」
高坂は相模に視線を向けたまま黙っていた。何か不安を感じさせる言葉だった。
「それって何?あなたの思いをみっちゃんの傍に置きたくないって言ってるの?
あなた…まさか、みっちゃんを置いて逝こうとしてる?」
「さあ」
「さあって、どうしたのよ朗?何弱気な事言ってるの…」
不安顔の高坂を見る事もせず相模は灰皿に煙草を押し付けた。
「じゃあな」
返事も待たずに立ち上がり離れていく相模に高坂はあっけにとられて呼び止める事も出来なかった。
「…どうしたのかしら朗」
相模は一人道を歩きながら自嘲してしまった。
自分らしくない事は分かっていた。
美鈴と一緒にいるようになってから一年が経とうとしていた。
自分の帰る場所があり待っている相手がいる。それは今まで味わった事のないものであった。
しかし、一年経ってもそれが当たり前だと感じる事は相模にはできなかった。
今まで一つの場所に留まることを危険として送ってきた生き方が染み込んでおり、二人の生活の場であるアパートも一週間もいれば離れてしまう自分がいた。
そんな自分を分かっているのか美鈴は何も言わなかった。連絡だけはしてくれといい、突然戻ってきても変わらない笑顔で迎えてくれた。そんな美鈴が愛しくもあり不安でもあった。
自分が居ない間は、俊として生活を送っているらしく仕事もしていたし仕事仲間ともうまくやっているらしいのだが、なんせお人好しである。影がある人間にも好かれやすいので、トラブルにもしょっちゅう巻き込まれている。
自分は佐波のように傍にいてやる事は出来なかったが、他人にその役を譲りたくもなかった。
が最近、高野陸を見てその役を譲ってもいいように思えていた。
まだ18歳であり自分より一回り以上年下でどこか世の中を冷めた目で見ている生意気なガキ。
頭も悪くなさそうであったし冷静な目を持っていた。そして自分の中に影を持っていた。
陸の冷めた目を見ていると何か昔の自分を思い出した。
陸より自分の方がもっと世の中を信じることが出来ずに孤独で死に近い場所にいたのだが何か親近感のようなものが湧いた。
だからなのか分からないが、美鈴と親しくしても特に何も感じなかった。
それに陸は、友人という美鈴との関係を越える事はしない、してはいけないと本能的に分かっていた。
(俺がいなくなっても、あのガキが傍にいてくれる)
相模は死が自分の傍に来ている事を感じていた。
不思議と恐怖も不安もなかった。何か自分の中が満たされている事を感じた。
(これが幸せというものなのか…)
相模は自分の考えに笑ってしまった。
(らしくない)
外灯が照らし出している道は、まだ自分が帰る場所へと続いている。
相模は前を向くと足早に歩き出した。