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この手をつかみたくて3  作者: えみっち
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未成年者の飲酒シーンが出てきます。ご注意下さい。


 「俊さんの彼氏こっちに来るの?」


俊が日本に戻ってきて三日目の晩、陸と居酒屋へ飲みに来た時の事だった。

ビールジョッキを片手に陸は声を大きくして尋ねてくる。

賑やかな居酒屋ではあったのだが隣の席に座っていた女性がチラリとこちらを見た時にはさすがに俊も表情を渋くさせた。


「せめてこういう場所では美鈴の彼氏と言ってくれないかな」


俊のぼやきも一切無視して陸は話を続ける。


「仕事で来るの?」

「いや、仕事は一段落着いたみたいだから私的用事って言ってた」

「へー…会ってみたいような…みたくないような…」

「どうした?いつになく消極的な発言じゃない」


俊の言葉に渋い顔をして陸はビールを空けた。


「俺だって苦手な相手はいるよ。普通なら相手にしないか避けてるだけだし。

相模さんは何て言うのか本能的に近寄りがたいって言うか、緊張する」


俊は陸の言葉に笑う。


「確かにそんな空気は纏っているかもしれないけど最近は丸くなったから大丈夫だよ。

それに俺は朗と陸は似ていると思うし」

「俺と相模さんが?何も思い当るとこないんだけど」


眉間にシワを寄せて首を傾げる陸に俊は笑いながら言った。


「周りに流されずに自分を持っている所とか思っている事をはっきり言うとこは似てるよ。

でも相模は結構性格曲がってるとこがあるからそこは違うかな」


俊の最後の言葉に陸は苦笑いしながら肩をすくめた。


「じゃあ似てんじゃん。俺もどっちかって言えば曲がっているし世間一般から言わせりゃあひねくれ者だしきついって言われてる」

「そんな事ないだろ」

「別に気を使わなくていいよ。本当のことだし」


冷めた言葉に俊は何も言えなくなってしまった。

以前話してくれたやくざという家業の為、周囲から冷たい目で見られてきた事もあり自分を守ってきたからではないかとも思った。


「でもそうなるとこっちに長くいられるの?今ホテルに泊まっているんだろう。なんだったら相模さんが来るまで俺んとこでも大丈夫なのに。俺てっきり裕助さんとこに居るとばかり思っていたからさ」


陸が何ともなさそうに話を変えた事に戸惑いながら俊は顔を上げた。


「…そうしようかと思っていたんだけど裕助も仕事があるから今回はホテルにしたんだ。確か今日からいない筈だよ」

「そっか。んで、相模さんを迎えに行くの?」

「空港まで夜理ちゃんと迎えに行ってくる。その後、皆で飯食おうと思っているんだけど陸もどう?」


俊の誘いに陸は複雑な顔をした。


「美男美少女と一緒の飯ってどこか高級レストランじゃないの?そんな窮屈なとこ俺はやだよ」


陸の言葉に俊は笑いだす。


「変な顔していると思ったらそんなこと心配してたんだ。

俺もいるし…っていうかその時は美鈴だと思うけど、居酒屋とかだよ」

「…それならいいけど」


俊の笑顔を見ながら、不安の陸だった。



そして陸の不安はやはり的中した。

都心の路地裏にある看板も値段表も掲げていない店に連れられて入ってから陸と夜理は緊張した面持ちでいた。


「だから俺聞いたのに。話と全然違わなくない?」


陸は席に案内されている途中にぼそりと言った。

前を歩いていた美鈴はちらりと後ろを見たが何も言わない。美鈴の前を歩いていた夜理がくすりと小さく笑った。


案内されたのは落ち着いた照明とインテリアの個室で大人の隠れ家のような店であった。

周りの装飾品を見ながら陸と夜理は緊張の面持ちのまま椅子に腰を下ろした。


「俺、こんな洒落た高そうな店来たことがないんだけど」

「私もです」


夜理も椅子に座りなおしながら美鈴の方を見ると、美鈴は隣に座っている相模をちらりと見た。


「私は普通の居酒屋にしようって言ったんだけど、その時にはもうこのお店を予約してたのです。

ちなみに支払いは朗がしてくれると言うから気にしないで飲もう」


相模は美鈴の言葉に笑う。


「まあ、そういうことだ」


丁度その時、部屋の中に中年の男性が入ってきた。

相模の顔を見ると静かに笑い夜理、美鈴、陸を順番に見ると頭を下げた。


「失礼いたします。本日はご来店ありがとうございます」


男はそういうと膝をついて相模の方を見た。


「若いお連れ様とご一緒とは珍しい」


マスターの親し気な言葉に相模は小さく笑った。


「社会科見学だよ」


美鈴は眉間に皺を寄せて隣に座っている相模の顔をちらりと見たが相模は何食わぬ顔をしている。

そんな二人の様子に中年男性はすぐに理解したようであった。


「こちらのお嬢様は相模様の?」

「えっ?」


容赦なく突っ込んできた男性の言葉に美鈴は焦ったが、相模は何ともないように答えた。


「そうだな」


今まで付き合ってきた相模からは予想もしない一般人的な返答に美鈴は驚き何も言えずに黙っていると、中年男性がにこやかな笑みを向けた。


「可愛らしいお嬢様ですね」


ぎこちない笑みを何とか返したのだが、目の前にいる美少女を前にしてそんな痛い社交辞令は止めてくれ!と突っ込みを入れたくなる。美鈴の心中を察したのか隣で相模が鼻で笑っているのが見えた。

しかし、すぐに表情を戻すと前に座っている二人に声をかけた。


「飲み物は何がいい?何でも飲めると聞いているが」


陸と夜理はお互い顔を見合わせたが夜理に尋ねる事なく陸が答えた。


「じゃあ最初はビールでお願いします」


相模はうなずくと飲み物とつまみを何品か頼んだ。


中年男性が部屋を出て行った後も、自分の事を見ている陸に相模は顔を向けた。

部屋の空気が再び緊張したがそんな空気も気にせず相模は低い静かな声で自分を見つめている陸に話しかけた。


「高野陸くんだったな」

「そうです。あなたと会うのは二度目です」


陸のはっきりとした口調に相模は頷く。


「そうだな。佐波の家で俺は君に頼みごとをしたな。ありがとう」


相模の言葉に陸は表情を変えずに返す。


「いいえ。礼なんていいです。

俺がしたかったからした事だし」


陸の言葉に相模は笑った。


「そうか」


二人の会話からして裕助が行方不明になった時の事だと分かった。

数日前に「相模が苦手」だと言っていたのだが真っ直ぐ相手を見て話している陸の様子からはそんなことは微塵も感じさせなかった。

相模もいつになく大人の対応をしている。夜理はと見ると頬を少し赤らめて二人の様子を見ていた。


「どうした?黙ったままで」


突然自分の方に視線を向けた相模に美鈴は焦って相模から夜理の方を見たが、夜理もとっさには言葉が出てこなかったのか少しうつむいて黙っている。


「あ…いや。二人が突然真面目に話し出すから口を挟めなかっただけ…」


美鈴の言葉に夜理も頷く。


「ちょっと男同士のお話だったみたいですしね」

「えっ?ああ…」


夜理は美鈴の方を見て言ったのだが、美鈴は目をぱちくりさせて分かってない返事をする。

小さくため息をついて視線を横に向ける陸に相模は思わず笑ってしまいそうになった。




店を出たのは11時近くであった。

陸が夜理を送ってくれると言うので相模と美鈴は、相模の知り合いが住んでいるマンションにと向かっていた。


「高野陸は、高野海人の弟だったな」


突然の言葉に美鈴は相模の顔を見た。


「そうだけど、何かあるの?」


陸と出会った頃に相模から忠告された事を思い出し美鈴は不安顔になる。


「いや別にはないが、まだ未成年なんだろうアイツ」


予想外の言葉に美鈴は苦笑いしてしまった。


「そうだね。早生まれって言ってたからまだ18歳のはずだよ」

「そうか」


相模は小さく頷いた。

何を考えているのか相模は口数が少ない。


「そういえば最初に陸と話していた事って、裕助が行方不明になった時の事だよね。

陸とは初対面だったんでしょう。何を話したの?」

「男同士の話しなんでね、話せないな」


答えは何となく分かっていたが何か面白くない。

おまけに思いだし笑いするように相模の顔が緩む。


「そうですか。まあいいけど」


少しふてくされた美鈴の顔に相模は笑った。


「しかし、ああいうタイプは苦手だと思っていたんで意外だった」

「あ…それは夜理ちゃんにも言われた。

確かに思っている事をハッキリ言うから凹むときもあるけど、自分にはないものを持っているから惹かれるんだと思う」

「まあ確かにお前は優柔不断だからな」


自分の横にもはっきりと物言いをする人物がいたことを思い出す。

相模は美鈴の様子を無視して話を続けた。


「そういえば高坂がお前に久し振りに会えると喜んでいた。

部屋を空けとくとは言っていたが、もしかしたらマンションの方にいるかもしれないな」


腕時計で時間を確認しながら相模は言う。

高坂とは美鈴が唯一知っている相模の古くからの友人であった。何度か会った事があったのだがここ数年はご無沙汰していて久し振りに会う約束をしていた。

今向かっているマンションの所有者は相模なのだが高坂が借りて時々使っているマンションだった。


「嬉しいけど、今日は高坂さんのテンションについていけないなあ」


相模も頷いた。


「そうだな。同感だ。いたら追い出すか」


シレっと本音ともふざけているともとれる事を言う相模に思わず笑って返してしまった。


「いやいやいやいや、無理でしょう。追い返すのだって大変だよ」

「そうかもな」


二人は笑いながらゆっくりした足取りでマンションへと向かった。

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