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この手をつかみたくて3  作者: えみっち
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「なんかなぁ…」


昼時の混雑も過ぎ、人もまばらになってきたファミりーレストランで高野陸は納得いかない表情で向かいに座っている青年にぼやいた。


「説明が遅くなってごめんな」


青年は申し訳ない表情のまま持っていたコーヒーカップをテーブルの上に置いた。

向かいに座っている青年は加納俊であった。

穏やかな空気を纏っている所は以前会った時と何も変わっていない。

佐波裕助の家を出て相模朗とカナダで暮らし始め一年の月日が経っていた。陸には日本を発つ前に電話でカナダに行くと告げただけで事の成り行きも説明がなかったのだ。


「何となしに話しは聞いていたけど裕助さんと一緒になるんだと思ってた。まあ、誰と一緒になろうと美鈴の勝手だけどさ」

「う…ん」


ついつい冷たく言ってしまった言葉に俊の口元が少し歪んだのを見て陸はため息をついた。

今まで俊に対しては自分の感情を抑えて話すことがほとんどであったのだが、自分に訳も話さず行ってしまった事への不満と俊の事も美鈴の事も知っているつもりでいたのに何も知らない苛立ちもあった。


「美鈴の事のように話しちまってるけど俊さんが美鈴でもあるんだもんな。

何かそこんとこもまだしっくりこないし」


そこまで言ってから陸は言葉を止めた。

俊の表情が先程とはまた違う表情になったからだ。

そんな表情に気がついたが文句も出てきてしまうし聞かずにもいられない。


「あのさぁ。相模さんに一度だけ会ったけど、すっげぇ近寄りがたい人だよね。

裕助さんとはまったく違うタイプだけど、なんでなの?」

「うーん」


俊は、再び唸ってしまった。


「なんでって言われると難しいんだけど……腐れ縁かな」


自分でもどう話してよいのか上手い言葉が見つからない。

相模と出会ったのは15歳の時であった。

美鈴の体が男体化し超能力という特殊な力を持ってしまったことで今まで送っていた生活が出来なくなり、世界情報機構という特殊な機関に身を寄せる事になった。そこで桐生翔達と出会い、桐生がリーダーをしている情報部に配属され仕事をし生活を始めた。始めの頃は滝と組み任務をこなしていたのだが、単独での仕事も任せられるようになりその時に相模と会ったのだ。丁度身体が不安定な時期で任務中に美鈴の姿に戻ってしまい動けないでいた所を助けられた。助けられはしたのだが相模は敵でもなかったのだが味方でもなかった。その後、出会う事があってもやはりその関係は長く変わらなかった。だがお互いに意識する存在ではあったのは確かだった。


陸は俊の様子を見てつまらなそうに言った。


「裕助さんが言ってた。詳しい説明はしてくれなかったけど結局元の鞘に収まったんだって」


陸の真直ぐ見つめる瞳に俊は目を反らすとため息をついて頬をかいた。


元の鞘…

元の鞘も何も鞘に収まることなどなかったのだが、一年前の事故がなければ一緒にいることもなかったのだろう。


事の発端は崖から転落した時に負った肩の傷も良くなったひと月後の事であった。

美鈴は裕助からの連絡で相模朗が意識不明の重体で病院に担ぎ込まれた事を知った。

任務中の藤原夜理を庇って銃で撃たれのだ。その後、記憶の混乱もあったのだが美鈴と夜理の看病の甲斐もあり回復の方向へと向かった。そして退院後、相模と美鈴が一緒になったのだ。

相模の傷も完治した今は、カナダにアパートを借りて暮らしておりそれぞれの仕事をしていた。暮らしているとは言っても家にいる事がほとんどない相模なので美鈴も俊の姿でいた。

それに慣れてしまった事もあって今回の来日も俊の姿のままだった。



「俺の事より、陸はどうしている?」


話しが自分の方に振られると前かがみなっていた体を椅子に戻しつまらなそうに答えた。


「別にどうってことないよ。バイトして…ああ、そういや一人暮らし始めたから料理のレパートリーが増えた。マスターにも色々教わってるからつまみ系が多いかな」

「へぇ。じゃあ今度ごちそうしてもらおうかな」


俊の言葉に陸は再びテーブルに体を寄せた。


「じゃあ今晩でも来たら?何なら裕助さんと一緒に」

「そうだね。裕助に聞いてみるよ。分かったら連絡する」

「オーケー」


陸は腕時計を見ると伝票を取り立ち上がった。


「俺が払うよ」


先に立ち上がった陸を追うように俊も腰を上げて声をかけたが陸は俊を見るとにやりと笑い伝票を持ち上げた。


「いいよ。ここは俺が払うから来る時に何か酒でも買ってきて」

「ったく、高い昼食になったもんだ」


俊は小さく笑って陸の後を追った。



その晩、俊は佐波裕助と世界情報機構での後輩でもあった藤原夜理と陸の家へ行った。

陸の手料理と酒で大いに盛り上がった帰り道、夜理は思い出したように笑い出す。


「本当に三人とも飲んべだよね。顔色一つ変わらないんだから」


夜理を送る為に一緒に歩いている俊は酔った風もなくポケットに手を突っ込んだまま夜理の顔を見た。

瞬間移動の特殊能力を持っていた二人だったが普段は能力を使う事もなかったし今晩はつもる話もありのんびりと歩いていた。


「まあ今日は時間も短かかったし量もほどほどだったんでね。

きっと裕助はこの後どこかに飲みに行ってると思うよ」


俊の言葉に目を丸くして夜理は声を大きくした。


「裕助さん、飲み足りないんだ」

「全然」


二人は笑う。


「そういえば朗さん、一緒じゃなかったんだね。仕事でどこか行ってるの?」


夜理の問いかけに俊は視線を上に向けると唸った。


「ひと月ほど留守にするって言われたんだよ。俺も詳しい事は聞かないし定期的に連絡をくれるから心配はしていないんだけどね」

「前もそんな事言っていたね。その…朗さんと一緒にいる事ってあまり多くないの?」


気を使って尋ねる夜理に俊は笑う。


「多くはないのかもしれないね。まあでもこれが俺らのスタイルだから。

朗は同じ場所に留まる事はできない。今までの生き方が体に染み込んでいるから変わらないと思う」

「これからもずっと?」

「そうだね、きっとずっと」


俊の言葉に夜理は俊の腕をきゅっと掴んでしまった。


「俊さんの姿でいるのは、そんな朗さんが心配しないようになんでしょう」


夜理の顔を見ただけで俊は何も答えなかった。


「一緒にいることが出来ないのかもしれないけれど帰る場所があって待っている人がいる。

朗さん、俊さんに会えてよかったんだね」


嬉しそうに自分を見上げて言う夜理に俊は静かに笑う。


「そうだといいね」

「うん。絶対によかったんだ」


夜理は俊の腕に顔を寄せながら頷いた。

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