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魔法俳優  作者: オッコー勝森
「卵の卵」編 第一章:義兄
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演技の聖地「ミナス」


 演技の聖地「ミナス」にやってきた。魔物侵入防止用の壁が高い上に、澄み切った碧色の魔力を発しながら、分厚い防御結界まで形成している。明らかに大都市だ。世界中の人々が「ミナスは田舎」って言っても大都市って言い張る。オレみてえな薄汚い田舎者が足を踏み入れて本当に大丈夫なのか、不安に感じて仕方がない。


「大丈夫よ。きちんとした服を買ってあげたじゃない。髪も整えたし、顔立ちは最初から整っている。今の君は、立派な貴族の青年に見えます」

「それはそれで複雑な心境っすねぇ」「あとは言葉遣いかな」

「手厳しーっす。これでも、副団長とかに散々直されてきたんすけど」


 たくさんの人で賑わう大街道には、露店の代わりに、たくさんの商店が並んでいた。様々なレストラン、ホテルに加えて、服飾・アクセサリ店、カメラスタジオ、化粧品店、本屋、それに魔晶壁を扱う店など、オレが今まで住んできた所と比べて非常に充実している。銀行もある。

 どこもかしこもすっげえオシャレだ。家屋はどれも直立していて、丈夫そうで、しかも眩しいオレンジだったり、笑うような赤だったり、賢そうな青だったり。歩く人々は清潔で、気品がある。

 着ている衣服もハイソサエティだ。

 商店のカラフルな飾りが風に揺らめく。色彩が鮮やか過ぎて、太陽の白い光も虹色に見えるくらい。今のオレ、きっと瞳を輝かせてる。

 キラキラ。


「武器屋とかないんすか?」「あるわけないでしょ、そんな野蛮なもの」


 育ちを否定されちゃった気がした。悲しい。

 再び視線を、窓の外に転じる。煌びやかな店や人ばかりに気を取られていたが、ふと、あちこちで路上ショーが行われているのに気づく。見慣れた大道芸や動物芸(と言ってもクォリティは高い)もちらほらあるが、何より演劇が多かった。無意識に身を乗り出そうとする。

 またあの、虚と実の狭間にある、清冽怜悧な空色の空間に行き、現世(うつしよ)から解き放たれたい。

 窓に額をぶつけた。


「いてっ」「そう焦らなくてもいいよ。君はまだまだ若いんですから」

「あれは?」

「仕事の少ない俳優か、あるいは学生の小遣い稼ぎです。学生に限れば、大物もよくいます」


 大街道を外れてしばらく、風情はガラリと変わった。物静かな街並み。恐ろしいほど整備された街並み。建物は、グレーやベージュ系統が多い。住宅区画という印象を受けるが、自信はない。

 スケールの大きさゆえに。


「ここにあるのは、すべてが貴族の屋敷です」「ああ……」


 格差だね。もう格差しか感じん。

 ただ、だからと言って、住みたいとはまったく思わない。もっとゴチャゴチャしている方が好みだ。あのボロアパートは、意外と気質に合ってたのかもしれない。


「そうなのですか? うーん。君にはベスティン家の屋敷に住んでもらおうと思ってたんだけれどな」「ベスティン?」

「君を養子にもらってくれないかと相談通達を出したら、真っ先に手を上げてくれたファミリーです」


 ヨルナさんの通信精霊が、胸ポケットから顔を出す。ニョキッと。


「本人の許可なく何やってんすか」

「? 身元不明孤児出身傭兵崩れのゴロツキが、端くれとはいえ貴族になれるのよ。とても素晴らしいことじゃない」


 ケラケラ笑った。この女、オレをナチュラルに見下してやがる。しかも、軽蔑していることに無自覚だ。

 虚しく笑う。オレは、オレたちは、侮られても仕方のない底辺層の人間なのだ。


「すいません。一つ聞いてもいいっすか?」「はいどうぞ」

「どうしてあんな、低ランクの街に?」


 シャウィーノの屋敷に着いたらしい。魔車から降りる。


「スカウト活動のためかな。偶には、外の子も見たくなりまして。そして君という原石を見つけられた。やってみるものです」

「スカウト? とするとヨルナさんは、芸能事務所の刺客(スタッフ)とか?」

「いいえ。ミナス俳優学校魔法俳優科の理事をやっています」


 屋敷の中に入る。外見は貴族の邸宅だったが、内装はいたく殺風景だった。すべて真っ白なのだ。オレとヨルナさん、ロバートさんの姿が、朧げにも床に映る。所々に彫刻はあるものの、抽象的で、何を表現しているものなのか分かりにくい。

 足音がコツコツと、廊下に鳴り響く。


「君にはその、ミナス俳優学校魔法俳優科を目指してもらいますが……裏口入学とかは無理なので、まずは塾に通って、俳優業のみならず、貴族含めた上級国民のイロハも学んでいただきます。学業の出来を問われる一次試験は一月中旬、俳優としてのポテンシャルを見られる二次試験は二月末」

「ってーと、一次試験までちょうど十ヶ月っすか。道のりは険しそうっすね」

「ちなみに、計算や読み書きはどの程度出来るの?」

「ゴロツキの中じゃあ出来る方でしたけど。貴族視点でどんくらいかは分からないっす。泣く子も嘲笑う下の下ではないことを祈ります」

「会話の感じ、地頭は悪くなさそうだけれどね。おいおいテストしてもらいましょうか。入塾は四月から、つまり二週間後。特別枠で扱ってもらいます」

「特別枠?」

「君が行くのはあくまで『塾』。上級国民の子供たちは普通の学校に通っていて、塾に来るのは放課後なのよ。でも君は特例で、朝昼晩、塾の講師に指導していただきます」

「オレぁいいっすけど。塾の人たちに迷惑じゃあないんすか?」

「私が頼めば快く受けてくださるということです」


 ちょっと分かってきたぞ。ヨルナさんはすごく怖い。オレ如き矮小な存在、ちょっと粗相を働けば消される可能性も考えられる。


「さあ。この部屋に入ってください」


 白い壁に白いドア。黒色のドアノブはよく目立つ。

 部屋は意外にも、なんつーか普通の客室だった。そりゃあ、オレが今まで見てきたもんの中じゃあ、最上級のそのまた上にあると言っていい厳かさとかっこよさを誇っていたけど、玄関や廊下の全面ホワイトと比べちまうと、インパクトはあんまりねえ。

 ソファには、一人の男が腰掛けていた。貴族衣とも法衣ともつかない服を着込んでいる。髪は褪せたプラチナの色。きっと五十代前半。カイゼル髭に咥えたキセルってのは、いかにもな組み合わせだ。


「こんにちは、夜の闇よりも美しきヨルナ侯爵。それとも、『天女の理事様』とお呼びした方が良いですかな?」

「なんと呼ばれようとも、息子さんの扱いは変わりませんよ」

「はは。壁の色が白だったので。軽いジョークでございます」

「この度は息子さんのご入学、おめでとうございます」

「いえいえ。ビシバシ鍛えてやってください」


 はてなマークが頭に浮かぶ。壁の色はいつも白じゃないのか。ヨルナさんは、気分次第で色を塗り替えさせるのだろうか。ペンキの匂いはしなかった。

 着席を促された。おっさんの向かいに座る。彼は、満足そうに頷く。


「うむ。実に精悍な顔立ちである」「どうも」


「この人がベスティン侯爵」


 ヨルナさんはオレを見る。


「君の養父となる方です」


 とりあえず、おっさんに頭を下げた。


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