互いに演技
「…………」「…………」
横目でメルを眺める。視線が合った。全力で逸らされる。
相手になったつもりで演じる。そう言われても、メル・マノという少女とは初対面だ。ほとんど情報がないと言っていい。「拾う」については、先ほど見せてもらった動きを真似れば良いのかもしれない。しかし、水を出す魔法「ウルティア」を彼女がどういう風に使うのか、全然イメージ出来ない。
サージェント先生は、椅子に座って見物を決め込んでいる。アドバイスはくれなさそうだ。ニヤニヤ笑ってやがる。ムカつくぜ。
オレたちだけで乗り越えろってか。
「とりあえず、まずはお互いをもっと知らなきゃな……」
「お互いを、もっと、知る。その。あの」
メルは顔を赤らめた。おいおい、そういう反応をされると、なんだかこっちまで恥ずかしくなっちゃうぜ。まだ何も知らなかった頃を思い出す。心がくすぐったいじゃんかよ。
彼女は言った。
「せ、性行為とかすると、いいんでしょうか、ね?」
噴き出した。
「あのジジイの前でか」「あのジジイとはなんだ。早く金貨返せ」
「すいやせん。えっと。初対面からいきなり三段階ぶっ飛びましたね」
「しょ、初対面から三段階踏んだらヤるんですかっ!? ひええ」
「いつもそう全開じゃないから。最速の話っす」「最速」
「無理しなくても、別にマイルドに自己紹介からでいいだろ」
「でも。本に。その。えっと。裸で温め合えば、双方の理解が深まるって」
「インモラルな本だなぁ。それ単体でお互いを知れるわけないじゃん。そういう魔物じゃあるまいし。本質はこうだ。ヤレるだけの関係に持っていって、融け合った事後、ムードの助けを借りて互いの本心を曝け出す。それでようやく相手の心に深く踏み込める」
「は、ひゃ、はぁ〜……大人って難しい」
「ジジイの前で生々しい話やめてくんない? 枯れた自分を自覚しちゃうだろうが。あと金貨返せ」「すいやせん」
びっくりしたぜ。突然とんでもないことを言い出すものだから。ミナスほどの都会は、昔ほど大っぴらじゃなくなった。コスタスさんはそう言っていたが、全員が全員お堅いってわけでもねえのか。むしろ、皆が隠すようになったからこそ、裏で溜まっているという奴も多そうだ。
メルは明らかにそのタイプだ。煮え滾るマグマを必死に抑えてきた。じゃなきゃこんなとこで爆発しねえだろ。恋人どころか、友達すらいなさそう。とにかく、メル・マノの一面が見えた。見えたが……彼女の「拾う」「ウルティア」を演じるにあたって、役立つ情報じゃない。だから、真っ当な自己紹介を……、
待てよ。真っ当な自己紹介って何だ。役に立つ情報、参考になるものが、そもそも分かっていないのに。オレが「物を拾うメル・マノ」「ウルティアを使うメル・マノ」を演じるために必要なピースは、なに?
頭が混乱してきた。最近、疑問が増えてばかりだ。
「へ、へへ。家族とサージェント先生以外の人と喋るの久しぶり過ぎて、つい慌ててしまいました。やばいですねわたし」
「やばかったな。はあ。マイルドに自己紹介でいいって言ったけど、どういう自分を知ってもらわなきゃいけないのか、イメージが付かねえ」
「と、とりあえず。お互いの持ち物を出してみませんか? その、『拾う』は『持つ』と関係が深いと思うので」
「! 確かにそうだ。なるほど」
持ち物を並べる。カードゲームで、持ち札を戦わせる前と似たワクワク感。
メルは両手で、恥ずかしげに顔を隠した。
「うわあ。えっちぃ画集」「持ってきたの忘れてましたぁ……」
「落としたらどう拾う?」「素早く。シャッと。こういう感じで」
彼女は実例を示そうとして、勢いのままコケる。しかも空振り。絶望的な運動能力だ。もしメルが孤児になったら、一週間と保たずに死ぬだろう。「大丈夫か」と声をかけつつ、手を伸ばす。
綺麗な、柔らかい手だった。擦り切れもタコもない。
「身体強化を使えばいいだろ。一般人レベルにはなる」
「うう。どうして一般人レベルにしかならないと看破してるのですか。ああ、死にたいなぁ。わたしみたいなカス虫に、生きてる資格はないのです」
「生きろ。オレの持ち物で、拾って欲しいものはあるか?」
「その、ぐるぐる巻いてる太いの……初めて見ますが、どういう器具ですか?」
「ハンドグリップ? 握力を鍛えるんだ。こうやって」
「わあぁ。武器じゃないんですね。わたしじゃ一生かかっても握れなさそう」
ハンドグリップは大事な物だが、今持っている物に対して思い入れがあるわけじゃない。消耗品だし。失くしたらまた買えばいいと考えている。小石とあまり変わらぬ要領で拾った。
「えっと〜。じゃあ次は、このギザギザ杖をお願いします」
床に置く。拾おうとした途端に、杖自らが掌に吸い付いてきた。
「アンティーク風の店で出会った不思議な杖なんだ」
「そうなんですねえ。かっこいいなあ。いいなあ」
「店なら教えられるけど。杖についちゃ素人ではあるが、こういう変なのがゴロゴロ転がってるとは思えねえな」「ですねえ。残念」
一通りお互いの「拾う」行為を観察したのち、「ウルティア」についても同様に進めていく。出せる量はどのくらいか、どのくらいの量をコントロール出来るか、どのくらい形を自由に取れるか、どういう時に使うのか。色々な状況を書き出していく。
とりあえず準備はした。どうにかイメージはついてきた、そのはずだった。
しかし、いざ相手の演技をする段になって、お互い、まったく上手く出来なかった。二十時過ぎまで練習したのに、少しのコツすら掴めた気がしなかった。




