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魔法俳優  作者: オッコー勝森
第二章:新生活
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クエスチョンズ1


「いつもなら最初の授業は、『俳優は体が命』という話をする」


 四月初日、正式に入塾。前から言われていた通り、朝からレクチャーが始まった。サージェント先生の都合もあり、塾に来てから帰るまでみっちりギチギチにやるということはなく、まとまった自由時間もあるらしい。

 他の塾生は学校だ。建物は閑散としていた。六階教室にはたくさんの机が並んでいる。オレだけポツンと席に座って、教師の顔を眺めていた。


「身体能力が高いほど、あるいは身体強化が上手いほど、出来ることの幅は広がる。体型は幻影系の魔法で誤魔化せるから、絞れるだけ絞っといた方がいい。今も昔も、戦場公演は花形だしな。だが、運動の苦手な貴族や商人のお坊ちゃんお嬢ちゃんはともかく、お前さんには必要のない教えだろう。だから別の話をする」


 彼はそう言って、教壇にもたれかかった。挑発的な姿勢にもかかわらず、目は真剣そのものだった。ヒヤリとする。空色の空間を彷彿とさせる怜悧さ。


「いいか。俳優には、大きく分けて演劇タイプと映画タイプの二種類いる。正確には、少なくともどちらかでなければ俳優は向いてないと言うべきだがな」

「? 演劇が得意なタイプと映画が得意なタイプで分かれてるってことっすか」

「両方上手く熟す輩ももちろんいる。魔法俳優となればなおさらな。だが、好き嫌いとは別に、どっちの方が向いてるかってのは必ずある」

「演劇と映画で何か違うんすか?」

「お前さんの生まれは聞いてる。ピンと来ねえのも仕方ねえな。だが、コスタスに見せてもらったんだろ? 魔晶壁(スクリーン)で、映画と演劇をたくさん。何か違いを感じなかったか?」

「まあ、全然違うっちゃ全然違いましたけど」


 記憶を探る。あちらとこちらのズレ、(ひず)みに生じるいつものアレが、映画と演劇では異なる。なんだろう。

 透明な窓ガラスが、朝日を屈折させている。


「映画の方が空色が深いし、演劇の方が空間が広い」

「あー。お前さん、かなり感覚派だな。間違っちゃいねえよ。だが、もう少し頭良くなってみよう。つまり、ちゃんと言語化するべきだ」

「言語化」


 副団長がよく言ってた気がするけど、オレにはよく分からなかった。言葉にするためには、一々立ち止まらなければならない。すると、戦場では死ぬし、味方には置いていかれる。周りは皆早い。だからオレも走らなくては。

 あれ。でも、今のオレには、少なくとも命の危険はないな。


「まず、演劇と映画で、出演する最低限のハードルはどちらが低いと思う?」

「……映画」「なぜだね。ヒントをあげよう。『カメラ』だ」


 考えなければ。頭を使うのには慣れてねえけど、考えろ。サージェント先生は、オレを待ってくれる。

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて、答えを練り上げる。窓ガラスの眩しさが、いつの間にかなくなっていた。


「……映画は、カメラで撮ったもんが作品っす。俳優の良い所だけを切り取れる。究極、悪い所は切り捨てられる。でも演劇は無理だ。客は、舞台の上のどこを見ても良いから」

「フハハハ。想定以上だ。言われれば当たり前のことも、自分で気付くのはやはり難しいものなのに。その通り。映画は美味しいとこをつまみ食い出来る。加えて、時間の許す限りは何度でも撮り直せるし、映像の合成も可能だ。しかし演劇は、本番の一発で、観客に合わせて作品を完成させなければならない」

「それだけ聞くと、演劇で求められる能力の方が高そうに感じるっすね」

「ところがどっこい。今のは、あくまで『最低限のハードル』についての話。事はそう簡単じゃねえんだ。上手くやろうと思ったら、どちらも相応の、かつ異なる難易度がある。俳優が演劇タイプか映画タイプに分けられるとする根拠だ」

「どう違うんすか」「フ」


 彼は不敵に笑う。塾に入ったって気分になるぜ。背筋が凍りそうだ。

 ゴツい人差し指が立つ。


「それが一つ目の課題だ」「へ?」

「演劇の難しさと映画の難しさを比較せよ。二ヶ月やる。答えてみせろ」

「……はは」


 唾を呑み、喉を鳴らす。


「一つ目ってことは、二つ目もあるんすか?」

「察しがいいなお前は。その通りだぜ」


 二本目、中指も立った。冷や汗も出てきたし、頬も引き攣る。


「演劇でも映画でも、観てくれるお客様は、精霊でも妖精でもない」

「…………?」

「昔はよく言われた訓示だが。最近は少なくなった。だがとても重要な教えだ。二つ目の課題。この言葉の意味を考えてみろ。二ヶ月で」

「人に聞いてもいいんすか?」

「構わない。だが、月並みな結論であっても、お前さんの答えを聞かせて欲しい。お前さんの魂から、納得出来る答えを」

「……分かりました。いや、全然分かんねっすけど。見つけてみせますよ」

「よろしい」


 サージェント先生は、嬉しそうに頷いた。

 五分の休憩を挟み、基礎教養の授業が始まる。スタンダードと言える内容だったのだろうけど、まともな学校に行ったことがないオレには、すごく新鮮に感じられた。


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