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魔法俳優  作者: オッコー勝森
「卵の卵」編 第一章:義兄
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ライン


「やらかした。オレ、カッコわりい。無様過ぎるだろ」


 第一印象は最悪だったろうなあ。今後、ネル義兄さんと上手くやっていけるのか、不安が心臓を締め付ける。こんな気持ちになったのは、六歳の頃、傭兵団に拾われてすぐ、粗相をやらかして副団長に叱られた時以来だ。

 昨夜は結局、庭の下見に行く気にはなれなかった。朝起きた時も、頭がジンと重かった。でも昨日よりはマシだったから、頑張って朝飯の後に庭に来た。綺麗に整えられているが、特殊な環境でなきゃ育たないような、珍しい植物はない。

 そう判断するだけで限界だった。杖の実験をしたいのに、腕が上がらない。

 ベンチに座って項垂れる。

 義兄さんはそのうち、ミナス俳優学校の寮に転居する。ギスギスしたまま別れていいのか。学校には、夏休み冬休み春休みってのがあるらしい。休み期間に義兄さんが帰ってくれば、すげー気まずいぞ。

 関係修復を図ろうにも、扉を開けてくれるとは思えない。

 モヤモヤする。


「あー」


 青空を見上げた。


「女抱きてえ……」「なるほど。俺の養子は随分と好色な男らしい」


 視界上方から、非常に整っているが濃い顔がニュッと現れた。今時、貴族でも中々見ないカイゼル髭。コスタスさんだ。


「そういうストレートな欲望を耳にしたのは、随分と久しぶりに感じるな」

「そうなんすか? オレの周りにいた連中は、酒飲んだり嫌な目にあったりで知能が低下する度にぬかしてやがりましたがね。つまり、元からバカで下品で低俗な野郎は、頭を叩けばそう言います」

「最近ミナスで人気の人形みたいだな。魔力を込めてお腹を押すと言葉を喋る猫ちゃんドールだ」

「交尾してえって鳴くんすか?」

「言うかバカ。可愛いお人形さんなんだぞこの野郎。ごほん。ミナスみたいな都会は、昔ほどおおっぴらじゃなくなった。いつからだろうな。通信精霊の養殖に成功して、皆が飼うようになってからか?」

「ははあ。要するに、みんなお堅えってわけっすね。田舎にも偶にいますが」


 そういう類の人間に、破廉恥な話はダメだ。壁を作られちまう。あまり反感は買いたくねえ。エッチなストーリーラインには注意しよう。

 彼らは、例えば菓子作りの話には結構乗っかってくれたもんだが、都会の人間はどうなのだろう。筋トレの話題とか? 筋トレでいいのか?


「ところで、随分と落ち込んどったようだが」

「ええまあ。あんたの実の息子のことで」

「何か言われたか?」「言われたんじゃないんす。言ったんす」

「なんと?」「『合格おめでとう』と」


 コスタスさんは困惑する。他人に言って後悔するような言葉じゃないという彼の心情が、ありありと表に出ている。

 息子の心を理解していない。当然か。人間としてのタイプが全然違う。


「それが彼の逆鱗に触れたらしくって。入学試験はあんたに言われたから受けただけ。本当は合格したくなかった。天才たちと勝負するのが怖いと」

「ネルが。そんなことを?」


 眼球が揺れる。随分とショックを受けたようだった。見た目は変わっていないのに、灰色のトーンがかかって、一気に五歳くらい老け込んだように思えた。

 力なく、オレの隣に座る。


「ああ。ネルには最高の環境を用意してあげたかっただけなのだ。親失格だ」

「……オレ、俳優学校という場所について、まだ全然実感湧いてないんすけど」


 風が吹いた。もう暖かい。揺れる春の花々を眺める。

 どれも名前は知っている。だけど、知っているより色が濃い。土の違いか。


「そんなにヤバいところなんすか」

「ミナスの魔法俳優科を、一言で表すのは難しい。切磋琢磨し合える所でもあるし、切られて磨られて血だらけになる所でもある。一皮も二皮も剥ける所でもあるし、剥いて分かった無能さに絶望する所でもある。新しい自分を発見出来る所でもあるし、古い自分を殺す所でもある。演技で自分を塗り固める所でもあるし、演技も嘘も利かなくなって、自分のちっぽけな魂が露わになってしまう所でもある」

「……ごめんなさい。意味不明っす」

「そりゃあそうさ。俺だって、自分で言ってて分からない」


 戦場と少し似ていると感じた一方で、どこか決定的に違うとも感じる。いったいどう違うのだろう。

 コスタスさんに視線を送る。遠い記憶に思いを馳せる、歴史を重ねに重ねた瞳だった。空色と間違えそうだ。本当は、オレとよく似た碧色なのに。


「ネルには、厳し過ぎるのかな。彼は優しく、おとなしい子だから。俺の息子とは信じられねえほどに。いくら筋肉を鍛えろと言っても、本ばかり読むんだ」


 コスタスさんは苦笑いした。軽口に乗っかってやる。


「正直言っていいっすか? ネル義兄さんより、オレの方がコスタスさんの息子っぽい自信あるっす」

「マジそれな。ラキが隠し子と思われて、浮気を疑われたらヤバいぜ」

「はは。探偵とか来たら対処しとくんで。浮気の証拠を掴まれぬよう」

「証拠なぞあるわけなかろう。妻一筋だから」


 唇を尖らせそう言い、戯けた口調で続ける。


「そりゃあ魔法俳優科に通ってたぐらいの時分は、色々と浮名を流したものだがねえ」「なるほど。そこもオレと似てますね」

「ははは。まだ十三のくせに生意気な。最低限のラインは守っとったろうな?」

「…………………………………………」

「なぜ目を逸らすラキ。冷や汗すごいぞ。まさかっ」


 勢い良く立ち上がる貴族の養父。いや、ちょっと待ってください。過去のスキャンダラスな記憶を精査する。

 えっと、大丈夫だよな。「その後」の情報が入ってきていない、アレとアレとあの事件。デキてないよな? 神よ。


ラキくんは「実害のある陽キャ」です。相手が本気になり過ぎて、気付かぬうちにズブズブの泥沼にはまっています。

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