「パパが言うから受けただけ」
オフィス系クールガイになったフィーリングの元、カジュアルなレストランでランチをイートする。その後、家具屋と魔法具屋に足を運んだ。ベッドも机もあるし、前者じゃ何も買わなかった一方、魔力を使わないにもかかわらず、何故か魔法具扱いされている筋トレグッズを後者の店員に勧められるがまま買い込み(流れで近所のジムに入会した)、残金銅貨一枚で帰宅。
奇妙な杖のことは置いといて、自室にて筋トレに没頭する。
体が火照ってきた。上半身を外気に晒す。コンコンと、誰かの来訪を告げる音が響いた。扉が開かれる。コスタスさんが入ってきた。
「帰ってきてたのか。何か買ったのかね……なっ」
目を瞠る。彼の前には、左手人差し指一本で不動の体勢を保つ男、つまりオレがいた。震える声で叫ぶ。
「なんという……イイ肉体ッ!」
「おっと。今のオレは、全身から命の灼熱を発する、言わば剥き出しのマグマっす……近づくと火傷しますぜ……」
「鋼……まさに鋼なり。弛まぬ鍛錬の精神……幾重もの限界の超越……死線に瀕し尚も燃え上がる生命力を感じる。滾る。俺のも脈動させるぞっ、ラキ!」
コスタスさんは、下着以外を脱ぎ捨てた。
「俺もやる。若いもんにはまだまだ負けぬっ!」
「コスタスさんのも……素晴らしいっす。では、オレの知る限り最高のコースを……共に味わい尽くしっ、ましょう!」
「ぬおんっ!」「んあっ!」
互いの汗が飛び散る。夕食の時間までヤった。運動の後は飯が美味い。
俳優だからと演技だけやっているわけではないようだ。魔法俳優科の同期や仕事仲間と森で魔物を狩るのが趣味らしい。今度ラキも一緒に行こう、と誘われた。快く了承する。
風呂でさっぱり汗を流した。戻ったら、部屋の汗臭さが消えている。魔力で起動する、使い捨ての消臭剤が隅にあった。ベスティン家の気の利くボーイが置いてくれたのだろう。
密度の濃かった筋トレによる神経の昂りがまだ収まらず、ベッドに潜る気にはならなかった。しばらく寝るのは難しそうだ。
椅子に座り、昼間買ったジグザグ状の杖を観察する。いや、買ったのではなく、軽度の催眠誘導により買わされたのだ。レジスト出来なかったのが悔しい。
別に、操るまでしなくても、ちょっと声かけてくれるだけで買ってやったのによお。なんたって、金貨三枚も持っていたのだから。それに、劇の片付けを手伝った後で、すごくいい気分になってたし。
「やっぱりお前は、魔法を使いやすくしてくれるのかね」
とはいえ、部屋の中で魔法の実験は難しい。ウルティアで水の球を出した。床に落ちないよう制御する。杖の効果は実感出来ない。元々簡単過ぎるのだ。
「庭で実験させてくんねえかなぁ」
ベスティア家の屋敷にやってきて二日目。人差し指と中指で、買った杖をくるくる回す。貴族の家で庭がないなんてあり得ないが、まだ行ったことはなく、どういう場所なのか不明だ。例えば、育てるのが難しい植物などがあれば、オレの魔法で環境を変化させるのは好ましくないだろう。
敷地内は自由に移動していいと言われている。夜で暗いけど、庭の様相を確かめよう。ルークレで光を出す程度なら問題ないはず。
部屋から出る。
「あ」「あっ」
昨日に続いて、またもやネル義兄さんと鉢合わせた。ミナス俳優学校魔法俳優科に受かってから何故か引きこもってしまった、一歳年上の少年。顔は姉に、背格好はアリと似ている。再びトラウマが蘇りかけるが、今度は耐える。
同じ失態は犯さねえ。
急いで引き返そうとする義兄を、「あの」と呼び止めた。
「合格、おめでとうございます」
話すきっかけになればいい。軽い気持ちでお祝いメッセージを送った。
ピタリ。彼は動きを止める。期待していた反応と違った。浅はかなオレは、てっきり照れながら引っ込むものと思っていたのだ。
なぜ彼が、部屋に引きこもってしまったのかを、考えようともせずに。
彼はふわりと、ドアノブから手を離す。扉が開け放たれた。スタスタスタと、一歩ずつ近づいてくる。俯きつつ。
前髪から覗く眼光の鋭さにギョッとする。
オレはネル義兄さんに、睨まれていた。
「合格ったんじゃない……」
刺々しさ、おどろおどろしさ、恨みがましさ。
「合格ってしまったんだよ……!」「……は?」
頬をヒクつかせる。右手の指が強張った。
どうして、金の詰まった財布をスられた商人みてえなツラしやがんだ?
「パパが言うから、受けただけなのに」「パパが、言うから?」
「そうだよ」
「合格したのなら、儲けもんじゃないっすか」
「行きたく、なかったんだ!」
脛を蹴られた。全然痛くない。むしろ、蹴った義兄の方が痛がっている。
黒い雲がとぐろを巻いた。彼の言葉が、上手く頭に入ってこない。訳の分からぬまま尋ねる。
「俳優、目指してるんすよね?」「……うん」
「ミナス俳優学校の魔法俳優科は、一番の場所なんでしょ? なら、すごくイイじゃないすか。すごいじゃないすか。なんで、行きたくないなんて」
「一番だからだよ!」
小さな体に似合わぬ声量だった。それは悲鳴だ。目を見開く。彼の魂は軋み、ひび割れている。続く言葉に、自然と注意を引き寄せられる。
「だからこそ、たくさんの才能が集まる! 越えられない天才がいる。そして比べられる。比べてしまう。ボクなんかじゃ、ただ、ただ、埋没するだけなんだよ。夢も希望もありやしない」
ギュッと自分を抱きしめて、ネル義兄さんは泣いていた。淡いピンクの唇を噛み、血が滲む。絶望に満ち溢れていた。廊下に、嗚咽の音だけが響く。
彼は繰り返す。
「夢も希望も、ありやしない」
膝から崩れ落ちた。
「普通のとこで、良かったのに。魔法俳優なんて、目指してない」
震える肩に、謝罪の言葉をかけようとした。オレだ。無神経なことを言ったのは、オレなのだ。しかし声が出なかった。
心にもない謝罪は言えなかった。なにせ、謝って欲しいのはこちらなぐらいだったから。理性が退去した。自分勝手に義兄を責める。
「なんでそんなこと言うんすか」
拳を握りしめる。
「楽しみなんだよ、オレぁ」
ネル義兄さんは、隈のついた病的な目でオレを見上げた。二週間後の入学がプレッシャーとなって、ちゃんと眠れてないのだろうなと推測する。
気遣ってやるべきだった。今の彼を責めるのは間違っている。でも、飲み込んで然るべき感情に耐えられなくて、言霊に装填しちまう。
オレはまだガキだ。
「そんなこと、言わないでくれ……」「……ごめん」
ホントに謝らせちまった。ネル義兄さんは泣き止んで、立ち上がる。弱々しく踵を返し、自分の居城に戻った。こう言い残して。
「ボクは、パパと一緒の映画に出られるなら、エキストラでも構わないんだ」
彼はいったい、どんな表情をしていたのか。廊下に置かれるは、俳優学校受験用の教材。隣室の扉は完全に閉め切られた。




