学院案内①
ルーシーは、全員揃ったのを確認すると、19グループの番号下に、杖を一振りして円卓を出した。
「皆さん、おはようございます。私がグループ代表のルーシー・ヘイワードよ。グループのメンバーは、お互いを覚えてもらいたいわ。予定やルートの確認もあるから、ミーティングをしてから移動するわね。さあ、円卓に集まって。」
小さめな円卓は、メンバー6名がピッタリ引っ付かないといけなかったが、全員が向かい合わせになり、顔もよく見える距離だ。
「今から順番に名前を呼ぶから、何か一言、挨拶をお願いするわ。何でもいいから喋ってね。私を呼ぶときは、ルーシーでいいわよ。案内役の2年生は、私ともう一人、カーラ・C・パンサーよ。」
ルーシーは、隣にいるカーラの紹介から始めた。
「ハーイ、私はカーラ。見た目は普通だけどカメレオンの血統なの。舌は長いわ。」
グリーンの髪のカーラはシュルッと長い舌を披露した。カメレオンの血統らしい所を見せたかったのかもしれない。皆、黙って頷いた。
「カーラ、初対面でそれは余計だわ。次は1年生ね、ネイサン・ブリッジス。」
「よろしく、僕は研究者志望だよ。水や液体の研究が好きなんだ。」
ブリッジス家は水を使う魔道具の発明が多いことで有名な家系だ。ネイサンは、特に水や液体に魔法陣や結界を刻むことを専門にしたいらしい。
「ネイサンはカーラと気が合いそうだわ。次は、ミルキー・キャメル。」
「ミルキーよ。両親はスカーフ職人だけど、私はやりたいことを模索中なの。よろしく。」
ミルキーは生まれも育ちもエルサードだ。茶色のくせっ毛を可愛く伸ばして結えている。
「オーケーミルキー、色々やってみたらいいわ。次はエイドリアン・ヒュースター。あなた、お兄さんがいるんじゃない?」
「は、はい…。三人…兄弟の末っ子で、す。」
「ありがとう、エイドリアン。次は、ララ・オズボーン。」
ルーシーはテキパキと進めていく。エイドリアンは質問に答えただけだったが、ルーシーがすぐ次へ進んだことに内心安堵していた。
「我はオズリー王国のララじゃ。苦しゅうない。」
ララは西の隣国の王女だ。濃い紫の髪に、同じ紫の瞳と爪の色は、かなり個性的だ。
身分の階級や序列のないエルサード国では、相手の身分を気にする者はそういない。他国から来た偉そうな者、または低い身分で虐げられた者からすれば、地位や権力的な肩書きが、エルサードでは意味を成さないのだから、異国というより別世界に来た感覚だろう。
役職や役割はあっても、上下関係がないというのは、エルサード国に住まないと理解できないかもしれない。王女でも魔法学院での扱いは他の生徒たちと変わらない。
「ありがとう、ララも気楽にしてね。みんな、名前はわかったわね。今日の予定を説明するわ。」
ルーシーは円卓に学院の地図を広げ、どの順番で回るか今日のルートと、移動や魔法使用の制限について説明した。
「今日から、この6名で3日間過ごすことになるわ。1年生達、よく聞いて。午前中は、よく使う場所をざっくり案内するわね。学院には隠し扉や生徒用の隠し通路がいくつかあるの。これはね、セキュリティも考えての事よ。いざというとき忘れず使えるように、日頃から慣れておく必要があるから、毎日いくつか案内するわ。」
魔法の使用制限は、学院内外を跨いで使わないことや、建物内は基本的に歩いて移動するといったようなことだ。
学院内の主要な場所には、行先限定ドアの設置もある。ドアノブに番号札付きの鍵が何個か掛かっていて、行きたい場所の番号札の鍵を差してドア開けると、その場所に繋がるという便利な移動ドアだ。いくつか細かい注意点の説明が終わると、実際に学院を歩いて回る。
ルーシーは、中央校舎の1階フロア、売店や第一食堂、休憩室、各教師の部屋から案内した。
教師の部屋は個室なので、必ずドアの名前を確認することや、返事がない場合や留守で急用のときは、エリシア事務長や職員に聞くことなど、歩きながら一つ一つ説明していく。時々、隠し扉や隠し通路を使ったりしながら、ようやく食堂に着いた。
1階フロアだけでも、歩くと広いと感じる。少し休憩をしてからは、行先限定ドアを使って、離れた場所にある競技場や講堂を見学した。別館にある図書室の案内で、午前は終了した。
「午後からは、授業に使う教室を案内するわね。今から昼食を済ませて、1時間後に集まりましょう。」
ルーシーは予定通りスケジュールを進めている。
「(喋り続けるって、思ったより大変だわ。1年生達、まだ大人しいわね。)」
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午前を乗り切ったエイドリアンは、濃密なスケジュールの案内に付いていくだけで精一杯でだった。集中したせいか、周りや人を気にするどころではなかったのが、エイドリアンにとっては良かった。
タイガとは食堂近くで合流した。エイドリアンの肩に腕をかけ、じゃれてくるタイガの横に、連れがいるのが見える。
「エイドリアン!紹介するぜ。オレの双子の弟でスルガだ。あんま似てないけど。」
「う、うん、よろしく…。え!タイガ君、ふ、双子?」
なんと!双子の兄弟がいたとは、エイドリアンは驚きを隠せない。二人は同じ黒髪で背格好は似ているが、確かに顔は似ていない。タイガは目鼻立ちがハッキリして、見るからに活発そうなだが、スルガは切長の目に細面で、中性的な顔立ちをしている。エイドリアンは、双子でもこんなに違うこともあるんだと思ってしまった。
スルガが右手を差し出してきたので、エイドリアンは握手を交わした。
「初めまして、エイドリアン。うるさい体力バカ兄貴をよろしく。オレは芸術肌なのね。」
「ぼ、僕こそ。た、タイガ君は…すごい、よ、ね。」
スルガが芸術肌というのには納得した。握手した手は女性の手のように柔らかく、タイガのガッチリたくましい感じとは違った。
「ほらほら、エイドリアンはオレの事を良くわかってんだよ!あっちで食べようぜ。」
「タイガの何がすごいのさ、声がデカいとか?」
「うっせー!」
エイドリアンは、同い年だと兄弟もこんな感じなのかと、タイガとスルガのやり取りを聞いているだけで楽しい。
三人は話しをながら、それぞれ料理を皿に盛り席に着いた。
学院の生徒達への待遇は至れり尽くせりで、食堂に用意されている食事は、好きなだけ食べていい。もちろん自分で昼食を持ってきて構わないが、毎日美味しい食事とデザートが用意してあるので、ランチタイムは皆、大抵食堂に集まる。
ミルキーとララは一緒に食堂の席に着いた。ララは料理を皿に盛ることが上手く出来ないどころか、トレーを持ちながら運ぶこともおぼつかない。ミルキーはララの危なかしい行動を放っておけず、料理を運んだりと世話を焼き、一緒にランチタイムを過ごすことになった。
「すまぬ。我が不甲斐ないばかりに…。」
「ララちゃん、大丈夫、すぐ慣れるよ。それより、お付きの人とかいないの?王女様なんでしょ?」
「今までは居た。しかし、学院には入れぬ。それに、学院にいる間に我が一人で何でも出来るようにならねばいかんから、我は一人で来たのじゃ。」
「ララちゃん、えらい!私、応援するよ!普通の暮らしの事なら何でも聞いて。」
「其方の申し出には感謝する。我は、何からしたらよいかわからぬ。」
「そうねぇ。ララちゃん、私のことはミルキーって呼んでちょうだい。友だちのことは、其方とか言わないよ。ちゃんと名前で呼ぶんだよ。」
「と、友だち… 」
ララは、これまで自分と同等に接して来る者などいなかったせいか、友だちという言葉には照れ臭さを感じる。
「ミルキー、我と其方は友だちなのか?」
ララは、そもそも友だちという存在について、自分が理解出来てないという自覚は持っていた。
「嫌なら友だちじゃなくてもいいけど。私は、お友だちになりたいわ。」
「嫌ではない!友だちとやらに、なってみようぞ、ミルキー。」
人生初の友だちと呼ぶ存在ができたララは、自分の頰が紅くなるのがわかった。
「そうそう、ララちゃん。ここでは王女様なんかやらなくていいのよ!普通に友だち沢山つくって、学院生活を楽しもうよ。」
「(王女をやらなくていい…そうじゃ、我は学院生じゃ。)」ララはミルキーの言葉に、今までにない自由を感じた。二人は一緒にクスクス笑った。屈託なく愛想の良いミルキーだが、物おじしない態度に、ララは安心した。
ミルキーも、ちょっと変わったララとの会話は楽しく、知らない隣国の話は刺激的だった。ただ、余りにも自由のない、ララのこれまでの生活の話は、ミルキーにとってはゾッとするくらいのレベルで、正直かなり同情もした。
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集合時間に19グループは全員きちんと集まった。ルーシーは、午後の予定を伝える。
「今から、音楽室に行くわ。ナタリー先生とバイエルン先生の授業は、基本的に音楽室であるの。あと、合唱部や演奏部、バンドやサークルなど、音楽関係に興味がある人は、しっかり見ておくといいわ。」
エイドリアンは、早速バイエルンの教室に行けるのは嬉しいと思った。音楽室に入ると、バイエルンは居らず、三人の生徒が待っていた。ルーシーが驚いたように言う。
「なぜ、セレーナさんがいらっしゃるんですか?今日の担当は、バイエルン先生では?」
昨日、ライブでトリを飾った歌姫のセレーナだ。小さな体なのに、普通に立ってるだけでも可愛く目立つ存在感だ。ルーシーは、なぜか敬語になっている。
「こんにちは。今日は急遽不在になったバイエルン先生の代わりに、私達3年生が音楽室の担当をする事になったの。皆さん、よろしくね。」
セレーナは、音楽室の使用説明と授業については生徒会長のケインが行い、合唱や音楽部の活動についてはセレーナが、楽器の取り扱いや保管については、レオナルドが行うことを伝えた。
ケインとセレーナは昨日のパーティーで目立っていたので皆知っているが、一応名前を名乗り、自己紹介をした。
レオナルドは金髪で長身の、爽やかな好青年という感じだ。レオナルドも自己紹介をする。
「初めまして、僕はレオナルド。音と色について研究してるんだ。昨日、音符が飛んでたの見てくれたかな、知ってる?当たると消えちゃうんだけど、あれは僕が作ったんだ。よく楽器をイジリに此処にいるよ。」
ぶつかると消える音符の話を聞いて、あの音符かと皆が頷いた。レオナルドの紹介が終わると、ルーシーが手短に19グループのメンバーを紹介をする。
そして、ケインが音楽室の使い方から説明を始めたときだった。
いきなりララに近づいたレオナルドは、ララの髪をつまんで目を凝らして見ている。
「君の紫、とても素敵な色だね。うん、美しい紫だ。凄い、瞳と爪も紫なんだね。」
囁きながら、次にララの手を取り、爪を食い入る様に顔に近づけて触って見ている。
ララは驚き、思わずレオナルドを突き飛ばした。
「ぶ、無礼者!な、何をする!」
ララの声が響き、ドシっと鈍い音がした。皆も何事かと注目した。ララはブルブル震えながら、今にも爆発しそうな強張った顔をしている。
尻もちをついてるレオナルドを見たケインは、すぐに状況を察した。気を利かせて、ちょっとノリのいい感じでララに言う。
「レイディ〜ララ、大丈夫かい?失礼な友人の振舞いを許してやってくれないか。レオナルドは、美しい色に目がなくてね、君の色に魅せられて我を忘れたようだ。みんなも彼には気を付けて。目に留まると狙われちゃうよ〜!
レオナルド、レイディにちゃんとお詫びして!」
笑顔でノリよく話すケインに、雰囲気が和んでいった。皆が自分に注目しているのがわかり、ララは真っ赤になった。
「すまない、君の紫は本当に珍しくて、きれい。つい夢中になってしまって…。」
「も、もう良い。」
レオナルドは立ち上がりながら弁解したが、ララは冷たい視線を向け、吐き捨てるように言い放った。内側から込み上げてくる怒りを、ララはどうやって静めていいかわからなかった。小さくブルブル震えるララの手を、ミルキーが両手で優しく握った。
「ララちゃん、私がそばにいたのに、早く気が付かなくてごめんね。」
申し訳なさそうに、悲しい表情をしているミルキー。彼女は悪くないのにと、ミルキーの優しさにララは泣きそうになった。王国で勝手に触れてくる者など、まずいない。レオナルドの振舞いは、ララの国にとっては厳罰に値する。ここはエルサードで、自分の国とは常識が違うことぐらいはララも理解しているが、頭も気持ちもついていかない。
オズリー国は、女性優位であり、全ての権力は女性が占めていると言っても過言ではない。とはいえ、男性が虐げられている訳ではないが、女性の決定には基本逆らえない。
ララの母であり、オズリー王国の女王シャーリーは一代で王国を築いた。氷のように冷徹非情な表情や振舞いには誰も抗うことは出来ず、逆らう者は氷の湖に閉じ込められるとか、全てを飲み込み焼き尽くすと恐れられる火炎魔法で、一度に千もの敵人を焼き消したなど、シャーリーには幾つもの噂や伝説がある。
そんな母を持ち、女性優位の環境で育ったララだ。まだエルサードの環境にも馴染んでもないうえ、異性に触られるなど、ララにとっては屈辱でしかない。
「(不思議じゃ、ミルキーの手は癒される。)」寄り添ってくれたミルキーのおかげで、ララの行き場のない怒りは徐々に静まり、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
まだ入学して2日めなのだ。ここで問題を起こしたり、多少嫌なことがあったからと帰る訳にはいかない。ララは、せっかく手にした自由を、簡単に手放す訳にはいかないのだと、心を持ち直した。
目配りしながら様子を伺うルーシーだが、取り敢えずは大丈夫そうと安心した。
「(暫くは、ララに男性が近寄らないように気をつけなきゃ。慣れてくれるといいけど、ちょっと重症だわ。)」
ルーシーは、ララの注意事項を1つ付け加えることにした。