新入生入学歓迎パーティー③
広場では、余興ライブが終盤に差し掛かっていた。
ステージでは、曲に合わせて出演者の衣装や、出演者たちも次々に入れ変わっていく。
音楽に合わせた演出も華やかで、シャボン玉みたいに、ぶつかると消える音符が飛んできたり、空から冷たい雪が降ってきたかと思えば、頭の上を馬が飛んで走っていたり。大きな津波に飲み込まれそうになると、波が花びらに変わり空へ舞い上がっていったりと、刺激的な体感に皆大騒ぎだ。
隣のタイガも音楽にノって飛び跳ねはしゃいでいる。エイドリアンは、ただただ圧倒されていた。
そうして、とうとうラストの曲が紹介された。トリを飾るのは、学院の歌姫と呼ばれるセレーナだ。彼女が登場した途端、ステージが一気に静粛なムードに変わった。腰まである長い金髪と華奢な体を包むヒラヒラした白いドレス姿は、まるで精霊のよう。女の子達から憧れのため息が聞こえる。
スローな出だしの歌声は、笛の音のように高く軽やかで透明感がある。見えないはずの声が形になって現れてくるようで、風景さえも錯覚を起こさせる。
エイドリアンは、体がビリビリして皮膚に鳥肌が走るのを感じた。セレーナの声の響きが、体じゃないどこかに入り巡るようで、こめかみや指先がジンジンしてくる。味わったことのない感覚に、不安も押し寄せる。
メロディがサビの部分になった頃、エイドリアンは自分がどこにいるかわからないようだった。広場の景色とは違う場所にいるようで、体の感覚もよくわからなくなり、懐かしいような寂しいような感じの空間の中に、意識が溶け込みそうになった。
ほんの数十秒しか時間が経ってないように感じられたが、大きな拍手と歓声に、エイドリアンの意識は引き戻された。
セレーナの歌い終わりが、ライブの終了を告げていた。
「さあ!楽しい時間もそろそろお終い!パーティーの締めくくりに、新入生からご挨拶をいただこうかな!新入生代表はステージに上がって!」
アナウンスしたのは生徒会長のケインだ。褐色で小太りな体型に、抜群の愛嬌とイケメンボイスを持つケインは、誰からも愛される存在だ。
生徒会長の呼びかけに、隣にいるタイガが「ちょっと行ってくる。」と、エイドリアンの肩をたたいて飛び出していった。新入生代表だったらしい。エイドリアンは意識がぼうっとしていたが、タイガを見ておきたい気持ちがステージに目を向けさせた。
タイガは颯爽とステージに上がった。堂々としっかりとした物腰は新入生とは思えない。エイドリアンには、ステージのタイガが急に大人びて見えた。
「初めまして!タイガ・シラカミです!
世界で一番有名な魔導師になる予定なんで、オレの名前は覚えておいて!
今日のパーティー、マジで最高!めちゃくちゃ歓迎されて最高に幸せ!ホント、ここに入学できて幸せ!
先生、先輩、みんな、みんなカッケーです!これからよろしく!以上、挨拶終わります!」
タイガらしい親しみある元気な挨拶に、笑いと大きな拍手が送られた。タイガは拍手に応えるように、何度か両手を大きく振ると、深くお辞儀をして退場した。
「(す、凄い、タイガ君。こ、こんな大勢の前で…)」
エイドリアンが今まで過ごしてきた日常と違いすぎる一日、というかまだ半日も経ってないが。彼にとっては充分すぎるほど刺激がありすぎた。急に頭の中がグルグルしてきて思考も感情も追いついていかなくなり、目が回りそうになっていた。
「嬉しい挨拶ありがとう!新入生代表のタイガ君でした!それでは皆さん、今から潔く速やかに解散しましょう!さようなら!」
生徒会長のケインは、アッサリ終わりを告げ、新入生歓迎パーティーは終了した。
タイガはステージから降りると走って戻ってきた。
「どうだった?オレの挨拶…」
棒立ちのエイドリアンの体が、固まったままふらふら揺れている。返事も出てこないエイドリアンの具合を察したように、タイガは彼の肩を抱き支えた。
「エイドリアン、大丈夫?向こうへ行こう。」
⭐︎⭐︎⭐︎
バイエルンがエイドリアンを探していると、タイガが先にバイエルンを見つけて走ってきた。
「先生ー!」
「パーティーは終わったようですね。」
「うん。エイドリアンがさ、なんか具合悪そうで。ふらふらしてたから、ラベンダー先生のとこに連れてったとこ。いま医務室で診てもらってる。アイツ、体弱いの?」
「いや、人混みが苦手なだけでしょう。あまり慣れてないようです。連れていってくれてありがとう。後は僕が様子を見に行きましょう。」
ポケットの中でバタバタもがくカエルを、バイエルンが手で押さえる。
「オレも心配だから、何かあったら知らせてよ!」
タイガは目をまんまん丸くしながら、強い口調で言った。本当に心配そうな顔をしている。
「もちろん。明日、タイガ君のところへ寄るように伝えておきますよ。」
「わかった!じゃ、後は先生に任せる。また明日!」
手を振りながら、元気よくタイガは去っていった。
「ラベンダー先生が診てるなら大丈夫ですよ。」
バイエルンは、呟くように、ポケットにいるカエルのダミリオンに言った。
薬草を使いこなすラベンダー先生は、教師だけでなく魔法学院の担当医でもある。エイドリアンの具合を診察し、数種類の薬草を選ぶと、慣れた手つきで葉を千切ってすり潰し、お湯で漉してコップ1杯の薬草茶を作った。
「ゆ〜っくり深呼吸して〜。ゆ〜っくり一口ずつ飲んで〜。」
ラベンダー先生の語尾が長いのは、日頃からのようだ。
エイドリアンは、言われた通りゆっくり飲む。なかなか美味しい味にびっくりした。一口飲むと、体に落ち着きを感じた。言われた通り、ゆっくり一口ずつ全部飲み干したところに、ちょうどバイエルンがやって来た。
「エイドリアン君、大丈夫ですか。落ち着いたら今日は僕が家まで送りましょう。もう暫く、ここで休んでください。」
「ご、ごめん…なさい…」
「謝らなくていいですよ。何も悪くありませんから。あと、お友だちを返さなきゃね。」
バイエルンはポケットからカエルを出すと、エイドリアンに手渡した。エイドリアンの口元がキュッと上がり、嬉しそうな顔が見える。
「(これ!これが見たかったんだよ!)」
カエルのダミリオンのことは言えないくらい、一日で親バカのようになりつつあるバイエルンだ。
「エイドリアン君、お友だちは後で元の場所へ戻してあげましょう。家族が待ってるかもしれませんから。」
「は、はい…。」
俯いて返事をするエイドリアンに、付け加えて言った。
「帰る支度をして来ます。それまで一緒に仲良く待っていてくださいね。」
少し顔を上げ、にこっと笑顔で返すエイドリアンを確認すると、ニヤケそうな顔を見せまいと、バイエルンはすぐに背を向け医務室を出た。
バイエルンは支度を手早く済ませて戻り、ラベンダー先生に、寝ている学院長の様子を見に行くよう頼んでおく。
「さあ、帰りましょうか。」
エイドリアンは小さく頷く。落ち着きを取り戻したようで、足取りも大丈夫そうだ。広場まではゆっくり歩いた。
「ま、また遊ぼうね、バイバイ。」
広場の端にカエルをそっと置き、幼な子のように手を振るエイドリアン。カエルはピョンピョン飛んで離れていき、姿を消した。
⭐︎⭐︎⭐︎
新入生歓迎パーティーは朝からだったので、まだ外は日中で明るい。
エードリッヒ魔法学院には学生寮もあるが、半分くらいの生徒は通学している。通学する生徒たちは、移動に魔法や魔道具を使うが、空飛ぶ箒は時代と共に改良され、ボードタイプやスカーフタイプに形を変えている。
エイドリアンは、ぶら下げていたポーチからスカーフを取り出した。ボードタイプの方がスピードは出るが、スカーフタイプでも充分な速さで、使わないときはクビに巻いたり、畳んで仕舞えるので使い勝手がいい。バイエルンもスカーフを広げる。
エイドリアンの家はスカーフで10分くらいなので、わりと近い距離だ。晴れたお天気のせいか、ふわりとゆっくりな速さが心地良い風を生んで気持ちいい。
「パーティーはどうでした?疲れましたか?」
「び、びっくりしました。凄かった…です。」
横に並んで飛行しながら、バイエルンは話しかける。
「今日は、ご家族はいるのかな?」
「ど、どうかな、みんな、忙しい…。シルビー叔母さん、がいる…」
「シルビーさんは僕も知ってます。よければ、少しだけ寄り道しませんか。あ、体調が問題なければ。」
シルビーはエイドリアンの父親の妹で、昔から三兄弟の世話をしている。ダミリオンが生徒の頃、よく問題を起こしていたので、シルビーは両親の代わりに学院へ何度も謝りに来ていたものだ。
「だ、大丈夫。薬、全部、飲んだら、楽…なって。」
「それは良かった。実は、あの角にあるパイが大好物でね。」
「ぼ、僕も!」
今日、一番早いエイドリアンの返事だった。空中に上がってくる香りは避けられない。おやつに丁度いい時間に、焼きたての香ばしいパイの甘い匂いが、無防備な二人の鼻を刺激してくる。食べたくなるのは当然だろう。
バイエルンたちが入ったのは老舗のパイ専門店だ。バラエティ豊かなメニューが売りで、好きな中身を選んで焼いてもらえる。トッピングもクリームやアイス、チーズやミートソースなど、好きなものを選んで添えられる。
バイエルンは、胡桃とチョコのパイにした。エイドリアンは桃のパイにクリーム添えのチョイスをした。ドリンクはバイエルンはコーヒー、エイドリアンは炭酸水を選んだ。
「僕が払いますよ。入学祝いです。」
「で、でも…」
「今日だけ。僕の寄り道に付き合って貰うわけですし。」
バイエルンは、どうしてもエイドリアンを甘やかしたいらしい。エイドリアンは、いくら先生とはいえ、会ったばかりの、見た目が自分より小さなバイエルンに支払いをさせるのは、何となく気が引けた。
「バイエルン先生、サボリじゃないだろうね!」
店内から厳つそうなおっさんが出てきて、バイエルンに声をかけてきた。
「ご主人、違いますよ。生徒の付き添いです。」
「はっはっ、どっちが生徒かわからんね!」
店の主らしい人と顔見知りのようだ。ここは先生を立てようと、エイドリアンはご馳走になることにした。
あまり大きくない店内は満席だった。テラスにあるテーブルが一つだけ空いているのを見つけると、二人は席に腰掛けパイが焼けるのを待つ。
「改めて、入学おめでとう。」
エイドリアンは、恥ずかしそうにモジモジしている。バイエルンは気にせず話をする。
「エイドリアン君は、どんな魔法が好きなんだい?研究してみたいこととか、何かあるの?」
バイエルンは、これだけ人見知りなエイドリアンが魔法学院に入ろうと思った理由に興味があった。
エイドリアンの口がゆっくり動く。
「う、うん。あのね…お、遅くする魔法、つくりたい。」
「何を遅くしたいのかな?」
エイドリアンの返事がバイエルンの好奇心を唆る。
「ぽ、僕のまわり、全部…、ゆっくりに、してみたい。僕には…、いつも、速すぎるから…。」
「!」ーバイエルンに衝撃が走った。
「それは、凄い!本当に素晴らしいよ!」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、本当だとも!魔法学院で作ったらいい。凄く面白そうだ!」
思いがけないエイドリアンの話に、バイエルンはワクワクした。空間停止や特定の個体だけ速さを変える魔法は、すでに存在している。スピードを速める魔法は数多く開発されているが、全体を遅くする魔法は聞いたことがない。バイエルンの頭の中は、瞬く間に新しい世界が広がっていく。
勢いが増しそうな脳内にブレーキをかけるように、焼きたてのパイが目の前に届いた。
「(おっと、やべー。我を忘れるとこだったぜ。)」パイの香りのおかげで、バイエルンは興奮を静められた。
「また、話しを聞かせてください。僕も何かヒントになるものは、気にかけておきますから。さあ、温かいうちに食べましょう。」
バイエルンは、すました顔でパイを手にした。エイドリアンは、バイエルンが先にパイに手を付けるのを見ると、
「先生…い、いただきます。」と、フォークを手にした。
「どうぞ、遠慮なく召し上がって。」
エイドリアンは、フォークを使って几帳面に一口サイズに切っては、クリームをつけて口に運ぶ。
「(礼儀正しいのはアランの躾だな。ダミリオンは何でああなったんだろう。)」
気になることは追求したくなる性分のせいか、兄弟のいないバイエルンは、三人の違いも研究しようかと思ってしまった。
お腹が満たされ、僅かばかりの休息のひと時を過ごすと、そのままエイドリアンを家に送り届けた。留守を務めるシルビーとは久しぶりに会うので積もる話もあるが、今日は長居できない。またゆっくり来るからと、引き止めるシルビーに別れを言う。エイドリアンに、明日タイガに会いにいくよう忘れず伝え、スカーフに乗った。
バイエルンは、今日中にこなす案件を頭の中で整理する。まだ日が明るいうちに、出来ることはやっておきたい。ダミリオンの依頼は、正確な情報であることが何より重要だ。些細な事も見落としたくはない。
バイエルンは、先ずは自分が知る北出身者、ドーチに会いに行くことにした。