新入生入学歓迎パーティー①
コンコン、コンコン!
強いノックと共に、ドア越しに大声が響く。
「バイエルン先生、パーティーが始まりますよー!今日は遅れないでくださいね!」
「はいはい、すぐ行きますよ。」
事務長のエリシアは、朝から声を荒げながら、全ての教師の部屋をノックして回っている。
エードリッヒ魔法学院の新年度初日は、毎年、新入生の入学歓迎パーティーからスタートすると決まっているのだ。
この日のエリシアは、毎回かなり張り切っている。この日だけ被る、背の高い大きな大きな帽子が、こっちを見てと言わんばかりに自己主張している。
今年の帽子の色は ー 真っ赤だ。
「エリシア、これを特別な帽子にどうぞ。」
バイエルンは、黄色い光る薔薇を1本差し出した。
「まあ!バイエルン先生、ありがとうございます!」
エリシアは真っ赤な帽子が更に目立つ、キラキラした黄色い薔薇をつけると、
「目立ちすぎません?」
と言いながらも、嬉しそうに呼び集めた教師たちの先頭に立つ。
「さあ、先生方、全員揃いましたね!今から、ちゃんと私に付いて来て下さいね。会場に行きますよ!」
大切な日の始まりに遅れがないよう、エリシアは教師たちを誘導していく。バイエルンは、先頭の真っ赤に付いた黄色のキラキラを見ながら(ちょっと、派手すぎたかな)と、内心思うが、エリシアの満面の笑みと、いつもより1オクターブは高いであろう掛け声に、満足感を味わいながら誘導に連なっていった。
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美しく晴れた空の下、魔法学院敷地内にある野外広場には
新入生や在校生、教師など学院関係者たちがぞろぞろと集まっていた。 野外広場が今日のパーティー会場だ。
広場の片側には「新入生入場受付」「来訪者入場受付」在校生通路」「職員通路」と入場口と通路を分けて設けてある。魔法学院は4年制なので、新入生98名と在校生、教師職員や来訪者などをあわせると、パーティーには500人程は集まっているだろう。
広場会場は、混み合わないようとても上手くデザインされており、スペースを仕切るようにテーブルが横並びに配置され、大勢いても充分なゆとりを感じる空間になっている。テーブルの上には豪華な食事やデザートなどが、所狭しと山盛りに用意されている。パーティーはビュッフェスタイルのようだ。空中のあちらこちらには、風船やおもちゃのラッパや太鼓などが、歓迎の音楽を鳴らしながら動いている。足元にはおもちゃの警備隊が道案内してたりと、祭りのようにカラフルで賑やかな光景だ。
誘導に従い、バイエルンも職員たちと定位置に待機した。職員たちの準備が終わると、エリシアの真っ赤な帽子が黄色いキラキラと一緒に広場中央に向かって動いていく。高く飛び出た真っ赤は、遠目に見てもハッキリわかる。広場の真ん中辺り、新入生たちに近い所で真っ赤は止まった。黄色のキラキラは僅かに揺れている。
そろそろ開始のようだ。
パーティー開始合図の花火が、パァーン!と大きな音をたてて打ち上がった。まるでレインボーカラーの噴水が湧き出たように…。それは合図に相応しく、一瞬で皆の注目を集めた。
花火は、エリシアの大きな大きな帽子の先端から、放射線状に空高く放たれていた。すぐにもう一発花火が上がり、空中のキャンパスに「歓迎」の文字が、キラキラした黄色で描かれた。
驚きと歓喜に沸いた会場の皆から、拍手喝采を浴びるエリシアは、最上級の笑顔で直立不動を保っている。花火が消えるまで、絶対に笑顔も姿勢も崩さない。こんな役割を毎年こなす彼女の根性は脱帽ものだと、職員一同は感心している。
エリシアが張り切る理由が、ここにある。
花火が消えるころ、オモチャの鼓笛隊がタイミングよく演奏を始めた。グラスが空中を舞いながら、スルスルと全員に配られていく。同時に、グラスを手に取ったところに目がけるように、空を舞うドリンクの瓶が次々と注ぎにまわる。瓶のラベルがしゃべってる。いろんな味があるようで、質問すると、中身の味を教えてくれるらしい。全てが手際よく気持ちいい。
カラフルな鳥たちが、次の予定を喋ってまわる。
広場中央の手前には、箱型の小さな立ち台があった。ドリンクが次々と注がれていくなか、立ち台に上がる紳士に皆が注目し始めた。
鳥たちは「イマカラガクインチョウガーアイサツスルヨー」と、言っていた。
一際目を引くその姿は、独特のオーラと雰囲気を醸し出している。シンプルで上質な仕立てのスーツが、彼の身体的特徴を上手く引き立てていた。深い紺色が光るような白い肌に更に輝きを与え、スラッと細長い手足にピッタリ合う袖丈やシンプルな作りが、スタイルの良さを強調している。肩にかかる長めのシルバーの真っ直ぐな髪は艶がよく、凛とした美しい姿勢は、生まれ持った品性を感じる。珍しいパープルグレーの瞳が、もの凄く印象的だ。
「新入生諸君、今日は私の庭へようこそ!そして、入学おめでとう!学院長のエードリッヒだ、よろしく。」
爽やかに響く声が広場中を通り抜ける。ゆっくり広場を見渡しながら、エードリッヒは挨拶を始めた。そう、この一際目を引く紳士こそ、エードリッヒ魔法学院の創設者であり、学院長なのだ。
「まず、新入生諸君にお礼を伝えたい。大切な進路に私の魔法学院を選んでくれて、ありがとう。」
圧倒される新入生たちから地味な拍手が返ってくる。初日で照れ臭いのもあるだろう。
エードリッヒは優しい眼差しを向けたまま続ける。
「ここに入学した理由は、皆それぞれ違うだろう。魔法は便利だが、万能ではないことを、我々は知っている。
現代は、魔法も生活も目まぐるしく進化している。それは、私たちが進化を求めているからだ。だが、進化の虜になってはいけない。
私たちの本質は、常に自由であり、楽しいことや冒険が大好きな魔法使いだ。真の冒険は日常にあることを忘れないでいてほしい。
この学院では、学びたいことを好きなだけ学び、やりたいことを見つけ、やりたいことができる道を見つけてほしい。
今日はこの学院に、新たな知性と情熱が加わった、記念すべき祝いの日だ!」
パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、
ワァー! ワァー! ワァー! ワァー!
パチパチー! パチパチー! パチパチー!
広場全体に拍手と歓声が沸き起こり、足踏みするリズムが刻まれ始める。広場に居る誰もが思ったであろう。優しく強い瞳の視線の先は、自分を見ていなくても、見つめられているように感じる、と。
生徒たちは飛び跳ね、声を上げ、地面が揺らしそうなリズムが勢いをつけ、興奮が盛り上がっていく。オモチャたちも音を鳴らし、空を飛んだり跳ねたりしている。
エードリッヒはもう少し話す予定だったが、いい区切りと話を締めることした。
「これ以上話すと終われなくなりそうだ、挨拶は以上。
今から楽しいパーティーの始まりだ。皆、グラスは持ったかな?」
彼の一声で、歓声と勢いづいたリズムは多少和らぐも、グラス片手にニヤける学院長に、生徒たちは焦らされてるようだと感じてしまう。興奮が続く生徒たちは、早く!早く!と、表情やジェスチャーで合図する。
皆がグラスを持ち構えるのを確認すると、エードリッヒは、声高らかに発した。
「それでは、新入生の入学を祝して、乾杯‼︎」
爽やかに力強く響く声に、皆が続いていく。
「乾杯‼︎」 「乾杯‼︎」
全員が誰かれ構わず、そこら中カチンカチンとグラスを
ぶつけあった。歓声と拍手、ピーと口笛を鳴らす者、魔法で花火や花吹雪を撒き散らす生徒もいた。
祝福ムードが盛り上がっていく。
騒ぎがピークにならないうちに、アナウンスが流れ始めた。
「さあ〜、みなさ〜ん、これから暫くは〜美味しい食事を召し上がって〜。たくさ〜ん交流を楽しんでくださいね〜。
先生たちも一周しますから〜。在校生の皆さ〜ん、暫く魔法はストップしてね〜。」
やたら妙に語尾が長く、色っぽい声だ。声の主は薬草使いのラベンダー先生だった。色っぽいのは、声だけかもしれない。興奮冷めやらぬ生徒たちのはずだが、アナウンスの後、アッサリ聞き分けよく、在校生たちは新入生を食事のテーブルに案内し始めたり、次の準備に向かったりと、散らばり始めた。
毎度の事前防護策として、ここ数年は乾杯のドリンクに鎮静作用のある薬草が使われていることを、生徒たちは知る由もない。それに…在校生たちは、ラベンダー先生をキレさせてはいけないことも心得ている。
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軽快でリズミカルな音楽が空間を流れていく中、新入生のエイドリアンは、誰にも話しかけられず、また話しかけられても即答できず、誰かと連れ添うタイミングを逃していた。
賑わう人波の中を、俯き気味に、ゆっくり控えめに歩きながら、一人テーブルに食事を取りに向かった。
空腹のバイエルンは、一目散に食事を取りに行く。料理が並ぶテーブルに我先と張り付いたときだった。大人しく控えめそうな赤毛の少年の姿を目で捉えた。バイエルンは食事を皿に盛るより先に、彼の近くに歩み寄って正面から話しかけた。
「やあ、君はエイドリアン君だね。
僕は先生のバイエルンだ。よろしく!」
エイドリアンは、一瞬固まった。
俯く目線の焦点を狙ってきたかのように現れた人物は、いろんな意味でインパクトが大きかったのだ。エイドリアンの視界の認識は、自分より頭ひとつ分以上背が低く、おかっぱ頭にデカめの丸メガネをかけ、体にアンバランスなデカい靴を履いた小さめな男の姿だ。頭の中に?がいっぱい出てきたが、先生と名乗ってきたのだからと、慌てて言葉を見つけながら返事をする。
「は、初めまして。え、えっと先生?ですよね?」
「ああ、そうだ。私がバイエルン先生だ。」
「あ、あ、あの…」
「大丈夫だよ、エイドリアン君、ゆっくりで。
向こうで食事をしながら、少し話そう。」
バイエルンはそう言うと、皿に料理を山盛りに取り、広場の端にある木陰にエイドリアンと腰を下ろした。
バイエルンが話しかけたのは、いくつか理由があった。エイドリアンには二人の兄がいるが、二人ともエードリッヒ魔法学院の卒業生だ。末っ子を心配する兄たちから、会う度いつも話を聞かされていたし、学院長からも彼についての話を聞かされていた。
だが、そんな前触れより彼を見た瞬間、バイエルンが非常に興味を持った、というのが一番の理由だろう。
「お兄さんたちから、君のことをよく聞いてるよ。今日は会えて嬉しい。」
先生らしい言い方を意識しながら、笑顔を向けて話す。
「あ、ありがとうございます。ご、ごめんなさい!び、びっくりしたからで…まさか、あなたがバイエルン先生とは思わなくって。に、兄さんたちから聞いてたイメージと違うっていうか。でも…先生で良かった。」
少し落ち着いたのか、エイドリアンは、ふわっとしたあどけない笑顔を見せた。
「そう言ってもらえて光栄ですね。」
先生らしく返事をして取り繕うバイエルンだったが、内心は(あー、やべーやべー。こりゃ兄たちが心配するはずだぜ。笑顔だけでキュンキュン、てなっちまった!) 一瞬、かなり乱れた。
短い赤毛はエイドリアンの小さな顔を軽く覆っており、表情がわかりづらい。しかし、うつ向くと見えない表情も、上を向いたり正面を向くとハッキリわかる。パッチリ二重の大きな丸い瞳と、少し小さめだが薄ピンクの唇には純真さと幼さが残っており、一つ一つのパーツが可愛いらしく、見れば見るほど愛くるしく感じられる。彼が普通に顔を上げて歩いたら、間違いなく目を引くだろう。
バイエルンは山盛りの料理を小さめな体に流し込みながら、エイドリアンにいくつか質問をしたり、学院のことや先生たちのことを面白おかしく話したりした。
エイドリアンの口からは、ゆっくり言葉が出てくるので、バイエルンは彼の言葉を遮ってしまわないよう、意識して会話した。
それは、彼に気負わせるようなことではなく、誰かと話すときと同じで、相手の言葉が終わるまでのタイミングを、少し注意して待つだけのものだ。
他者との会話やコミュニケーションが苦手なエイドリアンだが、自分に無理なく接してくれるバイエルンとの会話に、居心地の良さを感じていた。
(バイエルン先生がいてくれて良かった。ちょっと変だけど。楽しい兄さんが増えたみたい。)と、エイドリアンにかなりの好感を持たれていたことを、バイエルンは知らない。
暫く二人で時間を過ごし、満腹になったバイエルンは、広場の様子を見渡しながら立ち上がった。新入生を一周しなくてはと、そろそろ彼の側を離れることにしたのだ。
「僕はもう行かなきゃ。大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございます。少し、いろいろ見て歩いてみます。」
「具合が悪くなったら、ラベンダー先生のところへ行くといい。 彼女の薬は甘いからね。」
そう告げると、バイエルンは新入生たちの挨拶周りに向かった。
エイドリアンは、(今からどうしようかな。今日は一人で頑張るから、兄さん達はついて来ないでって言っちゃったし…)頭の中で呟きながら歩いていると、足元に小さなカエルを見つけた。カエルと目があうと、ピョンピョンと足元を飛びまわっている。捕まえようとすると、ピョンと飛んで少し先で止まった。また捕まえようとすると、逃げられるが、カエルはこっちを見て止まっている。なぜか、こっちこっちと招いてるような動きにも見えもしないが。(まだ時間あるし…)エイドリアンは、カエルと遊ぶのも悪くないと、カエルについて行くことにした。