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対魔王十一魔導部隊・隊長

 

「あれ?よく見たら隊長さんら何人か来てないんですね」


 観客席から闘技場を見ていた一人の若い男。

 対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)・第一部隊隊長のルクス=エドワーズが声を上げた。


「何言ってるの。そんなのいつものことでしょ」


 ルクスの呟きに対して、ルクスの隣に座って闘技場を見ていた対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)・第四部隊隊長のクレア=ベネットが答える。


「毎回いるメンツ違うじゃないですか。今回、来てないのは第十と第六と……第九と第八ですか?」


「第十と第二は最前線だから毎回片方しか来ないでしょ。今回は第二のレヴァン隊長が来てるから第十のダリウス隊長は来てないの」


 そう言ってクレアが指をさした向かい側の観客席を見ると、顔にある無数の傷とイカつい(ひげ)が特徴的な小太りの男。

 第二部隊の隊長であるレヴァン=ハッシュバルトが部下を二名ほど引き連れて何か話しているのが見えた。


「第六は?」


「エル博士は毎回、『時間の無駄。脳筋の猿はいいから頭がマシな人間だけよこせ』って言うだけでここには来ないでしょ」


 エルの真似をしてそう答えたクレアは続けて、「会いたかったんだけど……」とぽつりと呟いた。


「相変わらず小さくて可愛いものには目がないんですね……」


 クレアはきっちりとした真面目そうな見た目からは想像できないが、意外なことに女の子が好きそうな可愛いらしいものが大好きでそういうものにはまるで目がない。

 第六部隊隊長のエル=ミランダールは対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)の中でも昔から貢献してきたかなりの重鎮だが、見た目がかなり幼いのでクレアはエルのことをかなり好いている。


「まぁ、エルさんがいなくても、お気に入り二号のフェレンがいるからいいじゃないですか……って、あれ?いない。さっき見かけたんですけど……」


 ルクスは観客席をぐるりと一通り見渡したが、クレアのお気に入り二号である第三部隊の隊長・フェレン=カッツェの姿が見当たらなかった。


「フェレンちゃんはさっき抱き着いたら逃げられた……」


「あー、だからか……。気まぐれですからね、あのネコ女」


 気まぐれな第三部隊の隊長さんはどうやら今日は触られるのが嫌な日だったらしい。

 先ほど闘技場前でルクスとぶつかりかけ、走ってどこかにいったのは、ちょうどクレアから逃げているところだったのだろう。

 フェレンは確かに気まぐれだが、こういう行事ごとをサボったことは一度もない。

 きっとどこかから試験の様子は見ているのだろう、とルクスは思った。

 クレアが口先を尖らせてあからさまに不貞腐(ふてくさ)れていたのでルクスは話の話題を変える。


「そういえばクレアさん、今年で三十歳になりますね」


「なに、急に……」


「まだ誕生日は少し先ですけど、記念すべき三十路(みそじ)おめでとうございます」


「あぁ、喧嘩売ってんの?売ってるなら喜んで買ってあげるわよ?」


「そんなに睨まないでくださいよ。クレアさん、前に三十までにはいい人見つけて結婚して、対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)を抜けるって言ってたので、そろそろいい人見つかったのかなって気になっただけですって」


「よし、買った!殺す!そのイカした顔面誰だかわからないくらいぐっしゃぐしゃにして殺してやるから表出ろや!コラァ!!!」


「あははははっ」


 クレアはルクスの胸ぐらを両手で掴み、首が前後にガクガク揺れるほどの勢いで勢いよく体を揺するが、揺すられながらもルクスは愉快そうにわざとらしい笑い声を上げていた。


「はぁ……いい加減うるさいですよ、御二方。また喧嘩ですか?」


 ルクスとクレアがふざけあっていると、後ろから呆れを孕んだため息と共に二人が聞いたことのある声が聞こえてきた。


「あっ」


「レブラくん」


 二人が振り向くと、観客席の上の段に右目が髪で隠れている黒髪の男。

 第七部隊隊長のレブラ=パーカーが座っていた。


「どうも」


「「いたの?」」


「さっきからずっとここにいましたよ……。ていうか、なんでそこだけ息ピッタリなんですか……」


 ただ挨拶をしただけなのに先輩隊長二人に早速イジられるレブラ。

 影が薄いと色んな人からよく言われるので、実は本人も気にしており、心の中で地味に傷ついていた。


「やっぱり、喧嘩するほど仲っていいものなんですかね?」


「「仲良くはない」」


「それでよく言えますね……。傍から見たらお二人は十分仲いいですよ。もうお二人で結婚したらいいんじゃないですか?」


「けっ……!?」


「それはない」


「なんでよ!」


 レブラの言葉に一瞬動揺したクレアに対し、ルクスは真顔のまま秒で否定した。

 それが気に食わなかったのか、クレアはルクスに突っかかり、握ったままだったルクスの胸ぐらをまた掴みあげる。


「だって、クレアさん女子力皆無(かいむ)じゃないですか」


「ぐっ……」


 図星なのか、ルクスの胸ぐらを掴んでいた手の力が少し弱まる。


「そうなんですか?」


「この人、見てくれだけは美人できっちりしてそうだけど、私生活、目も当てられないほどひどいから。料理できないし、掃除もできないから家ゴミ屋敷だし、男見る目なくて振られてばっかり。それなのにお酒は大好きなもんだから振られる度に文字通り浴びるように酒飲んで、酔ったら黙って寝てくれればまだいいのに、悪酔いして周りに絡み出すからタチも悪い……。ほんと、外見以外面白いくらいダメダメなんだよ」


 ルクスに言われたい放題のクレアだが、全て事実なのか言い返すこともできず、「ぐぬぬぅ……」と悔しそうでもあり、恥ずかしそうでもある声が漏れていた。


「仕事でキッチリしてる分、その反動で私生活がダメダメな人って本当にいるんですね。初めて見ました」


「うるさぃ……。あまり広めないでよ……?」


 クレアは恥ずかしそうに赤くなった顔を隠しながら、それしか言い返すことが出来なかった。

 ダメな部分をそれだけ知ってるのに、誕生日や家を知っているほど仲が良くて、悪態を容赦なく言い合えるくらい気兼ねなくいられる。

 クレアさんも意外と満更でもなさそうだし、ほんと早く結婚してあげろよ、とルクスに対して心の中で思ったレブラだった。


「二十代の若い隊長さんらはほんま賑やかやねぇ」


 三人で話していると、そう声を掛けながら、長めの銀髪を後ろで一つに束ねている糸目の男が現れた。


「グレイさん」


 グレイこと、グレイ=フォーサイス。

 対魔王十一魔導部隊・第八部隊の隊長を務めている男だ。


「重役出勤ですか?いいご身分ですね」


「そんな冷たいこと言わんといてーな、クレアちゃん。この試験で使う黒獅子(ネグロリオン)、今回捕まえたの僕なんやから堪忍してや」


「それは仕事なのでやって当たり前です」


 クレアはグレイのことを性格的に軽蔑するレベルで嫌っているので、グレイに対する態度がかなり冷たいが、グレイはクレアのそんな態度にはもう慣れているので飄々とした態度で受け流している。

 グレイはポケットから小さな薄桃色の巾着袋を取り出した。

 口紐を緩めると中にはカラフルな丸いアメがいくつか入っている。


「アメさんあるけど、いる?」


「いりません」


「あ、俺欲しいです」


 いらないと素っ気なく応えたクレアに対し、ルクスが手を出しながらアメを欲しがった。


「ほい、どーぞ」


「ありがとうございます」


 ルクスは嬉しそうにグレイからレモン色のアメを受け取って、口に放り込んだ。


「……」


 クレアは「なんで貰うのよ」と聞こえそうな目でルクスを睨んだが、ルクスは気づいていないのか、それとも気づいたうえで意に返していないのか、クレアの視線を気にした様子もなく、アメの味を楽しんでいる。

 グレイは反対のポケットからもう一つ、小さな薄紫色の巾着袋を取り出し、その中に入っている紫色のアメを一つ取って自分の口の中に放った。


「はぁ……もう、二割がた終わりましたよ」


 ルクスに対しての呆れを小さく溜め息を吐く事で心を落ち着けたクレアはグレイに対して話し始めた。

 クレアは性格的にグレイを嫌ってはいるが、仕事と私情はしっかりと分けている。


「まぁ、うちの隊の副隊長、今回の試験官で初めからおるし大丈夫やろ」


 グレイは口の中のアメを舌でコロコロと転がしながらステージ端で受験者の戦闘が終わるまで欠伸をしながら眠そうに待機している第八部隊副隊長のアルトラス=ハーディンを指さしながらそう言った。


「そんで?今回はどうなん?豊作?不作?」


「不作ですよ。全体のレベルが例年よりも明らかに低い」


「そうですね。まだ序盤なのでなんとも言えませんが、今回はあまり期待出来なさそうです」


 グレイの質問に対し、レブラとクレアの二人が応えた。

 試験を受けに来た受験者の二割ほどが既に闘技場で黒獅子(ネグロリオン)相手に戦い終え、組によってはそこそこ粘った組もいくつかあるけれど、どの組もけっきょく最後は場外の水に落ちておしまいだ。

 いつもならいい加減、黒獅子(ネグロリオン)相手に勝てないまでもそこそこいい戦いをする組が出てきてもいい頃だが、まだそんな組は出てきていない。

 レブラとクレアの二人が不作だと言っているのはそういう意味だ。

 けれど、


「さぁ、それはどうでしょう?」


 何かを楽しみにしている子供のような笑みを浮かべたルクスがそれに対して口を挟んだ。


「どういう意味?」


「さっき、少なくとも二人面白そうなのがいたんで期待は出来るんじゃないですかね」


 ルクスがそう言ったところで別の場所から闘技場を見ていた人達がざわめき出した。

 その注目は闘技場の中心で試験官のアルトラスから試験の説明を受けている一人の受験者に向けられている。


「あの子。武器、持ってませんね」


 普通の人よりも目がいいレブラがいち早く気がつく。


「手ぶらで試験受ける受験者なんて初めて見ました」


「なんも持ってないゆーことは魔術師ってことなんかなぁ?」


「たとえ魔術師だとしても、何も持たないのは頂けません。敵を侮る行為は死に直結しますから」


 どんな人間であろうと、この試験では普通なら必ずなにかしらの武器を選ぶ。

 たとえ、近距離戦の体術を主体とする闘士(ファイター)であったとしても自身の攻撃力をあげるためにメリケンサックなどの武器を選ぶし、遠距離戦主体の魔術師であったとしても、距離を詰められて近距離戦になってしまった時に対抗できるように気休めではあるが、ないよりはマシということで短剣を選ぶ。

 武器を持つことが出来る。

 それなのに武器を持たない、持とうとしないというのは勝つ為の人事を(おこた)っている行為だ。

 たとえ勝つ自信があるのだとしても、それは相手の実力を()めている、敵に対する侮辱(ぶじょく)であり、自身の力に自惚(うぬぼ)れているただの慢心(まんしん)

 クレアにはそれが気に食わなかった。

 試験開始を知らせるゴングの音が会場に鳴り響き、黒獅子(ネグロリオン)がステージに姿を現す。

 片方の受験者は多くの受験者たちと同じく少し黒獅子にビクつきながらも剣を構えるが、問題はもう片方。

 先程から注目されている受験者は構える素振りすら見せない、

 ただ黒獅子(ネグロリオン)を見て、突っ立っているだけ。

 何もしようとしない。


「あれ、やる気あるんですかね?」


「さぁ」


 黒獅子(ネグロリオン)がゆっくりと近づき、大きく跳躍して二人に飛びついた。

 片方は早々に飛び退いて回避したが、もう一人。

 問題の受験者は黒獅子(ネグロリオン)が飛びついてきているにも関わらず棒立ちのまま全く動こうとしない。


「危ない!」


 観客席にいる誰かが声を上げた。

 先に回避したもう一人の受験者も似たような声を上げている。

 けれど、問題の受験者は動こうとしない。

 もう回避不可能な程に黒獅子(ネグロリオン)との距離が近くなる。

 観戦している誰もが死ぬと思った。

 けれど、現実はそうはならなかった。

 黒獅子(ネグロリオン)が問題の受験者にぶつかる直前。

 黒獅子(ネグロリオン)の黒い体が謎の白い光を放つ謎の球体に全て包まれた。

 一秒にも満たない僅かな時間。

 謎の球体は消えたが、その球体の中から真っ白な蒸気が出てきた。

 その蒸気は問題の受験者と黒獅子(ネグロリオン)を覆い、姿が見えなくなるが、風に(あお)られ、中の様子が次第に見えてくる。


「なっ……!?」


 蒸気が霧散(むさん)し、そこに見えたのは相変わらずただ突っ立っているだけの受験者。

 そして、その受験者の前に倒れている黒獅子(ネグロリオン)の姿だった。

 倒れている黒獅子(ネグロリオン)はピクリとも動かない。


「……な、なに……アレ……」


 闘技場の異様な光景に今日一番のざわつきが起こった。

 このざわつきの理由はそもそもこの対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)への入隊試験は受験者が黒獅子(ネグロリオン)に勝てることを前提にされていないからだ。

 黒獅子(ネグロリオン)は全魔物の中でも中の上程度の強さを誇っている魔獣で、まともな訓練を受けていない一般人に倒せるような相手では本来ない。

 この試験で見ているのは『出会って間もない人間とどこまで協力して戦うことが出来るのかという協力性』や『自分よりも大きくて強い敵に対してどのように戦うのかという戦略』、『勝てないと判断した際の対処』などの能力を見ているのであって、戦闘能力はあくまでもおまけだ。

 けれど、そんな試験でただの一般人であるはずの男が黒獅子(ネグロリオン)に勝ってしまった。

 いや、黒獅子(ネグロリオン)に勝つだけなら数は少ないが例年でも何組かはいた。

 ざわつきの理由は黒獅子(ネグロリオン)に勝ったこともあるが、それだけじゃない。

 問題なのはその勝ち方だ。

 ただの一般人であるはずの男が見たこともない魔術を使い、全く動くことなく、一瞬で黒獅子(ネグロリオン)レベルの魔獣を片付けた。

 こんなのはこれまで何十年にも渡って行われてきた入隊試験の歴史の中でも異例であり、異様な光景だった。


「やっぱり、面白いな……」


 会場がざわつく中、ルクスは他の三人に聞こえない程度の声量でそう呟き、立ち上がる。


「ルクスさん、どこか行くんですか?」


「ちょっと、トイレ」


 ルクスはひらひらと三人に手を振って、その場を離れた。

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