入隊試験・リアン=リワード編
「こちらにどうぞ」
廊下を歩いていき、案内人の女性に案内されたのは様々な種類の武器が大量に置かれている武器庫だった。
「実技試験では戦闘を行なってもらうのですが、使い慣れているご自身の武器を持ち込むことはできません。こちらに置かれている武器の中から複数選んでも構いませんので、お好きな武器をお選びください」
武器庫の中には剣やダガー、メリケンサックや棍棒まで、武器と聞いてぱっと思いつく武器は全て揃っており、どれも相当な種類が置かれている。
これだけあれば、自分の武器が持ち込めなくても困るということはまずないだろう。
武器庫の中に入り、机の上に並べられていた複数のダガーのひとつを試しに手に取ってみる。
「……」
ダガーを握る自分の手が小刻みに震えだし、力も徐々に入らなくなってきた。
このままでは地面に落としてしまいそうなので直ぐにダガーを元の位置に戻し、武器庫の入口に引き返すと、入口で待機してくれていた案内人の女性は不思議そうな顔をしていた。
「どうかされましたか?武器を選ばれていないようですが……」
「選びません」
「え……?」
「俺は素手でいいです。必ず選ばなければいけないわけではないですよね?」
「問題はありませんが……本当によろしいのですか?」
「はい。大丈夫です」
「そうですか……。では、こちらにどうぞ」
案内人の女性は不思議そうな顔をしたままだったが了承してくれた。
案内人の女性の後に続いて再び少し歩き、暗い通路を抜けると、目の前に青空が広がり、室内からこの建物の中心にある円形闘技場に出た。
周囲が全て観客席に囲まれ、円形闘技場の周囲には水の街らしく透明度の高い綺麗な水に囲まれている。
「中心までお進みください」
円形闘技場の中心には既に隊服を着た二十代くらいの若い男性と俺と同い年くらいの受験者らしき青年が待っていた。
「揃ったな」
闘技場の中心に小走りで向かうと若い男性が口を開く。
「えー、まず今回この試験の試験官を務めることになった対魔王十一魔導部隊・第八部隊副隊長のアルトラス=ハーディンだ。適当にアルトとでも呼んでくれ。まぁ、呼ぶ機会はおそらくないと思うけどな」
気だるそうにダラダラと試験の説明が始まった。
「これから君ら二人には入隊試験を受けてもらうわけだが、周りの観客席に人がいるのが見えるか?」
闘技場を取り囲んでいる観客席の方を見ると、十人以上の人が観客席に疎らに座り、こちらを見ている。
「あの人たちは対魔王十一魔導部隊のお偉いさんだ。隊長や副隊長など、各隊の代表がキミら受験者の実力を見に来てる。簡単な話、この試験はあの人達のお眼鏡に叶って、自分の隊に欲しいと思われれば合格。お眼鏡に叶わず、誰にも欲しがられなければ不合格だ」
そこまで話すと、隣で一緒に話を聞いていた受験者が片手を上げた。
「なんだ?」
「隊長や副隊長がこんなところにいて大丈夫なんですか?」
「対魔王十一魔導部隊は上層部の人間が何人かいなくなった程度で回らなくなるほどダメな組織じゃねぇよ。何も問題ないから、そんなこと気にすんな」
「これからの試験に集中しろ」と付け足して、入隊試験の説明を始めた。
「この入隊試験では、キミら二人にとある魔獣を相手に戦ってもらう」
アルトさんは右手をゆっくりと上げて左を指さした。
左を向き、指の先を見ると真っ暗な通路が頑丈そうな檻によって閉ざされている。
「魔獣はあの檻の中。試験開始の合図と同時に檻を開く。それだけだ」
「「……」」
「……」
「え!?それだけですか!?」
「それだけだと言っただろ。言っておくが、試験に関する質問は受け付けてない。向こうでも聞いただろうが、受験者を全員公平にするためだ。さっきの質問は試験に関係ないから答えたが、質問は極力飲み込むように」
アルトさんはそれだけ言うと、踵を返して、俺たちを闘技場の中心に残して歩いていった。
「死にたくなかったら、周囲にある水に飛び込め。そうすれば、命だけは助かる。まぁ、せいぜい頑張れ。健闘を祈る」
最後に手をひらひらとこちらに振り向くこともなく適当に振って、そのまま闘技場の外へと出ていってしまった。
「う、嘘だろ……?あれで説明終わり?マジかよ……」
隣の受験者は説明不足過ぎる説明に愕然としていた。
俺は何も言わずに試験が始まるのを待っていると、こちらに訝しんだ視線を向けてくる。
「お前、さっきからずっと黙ってるけど、名前は?」
「リアン=リワード」
「リアン……。なんか女みたいな名前だな」
自分の眉がピクリと動いたのがわかる。
初対面でいきなり人の名前をディスってくるとは失礼な奴だと思った。
「俺はハンス=リーベルだ。よろしくな、リアン」
「あぁ、よろしく」
「お前……ほんとに物静かな奴だな……」
そんな会話をしていると、闘技場にゴングの大きく重みのある音が鳴り響いた。
その合図とともに鈍い音をたてながらゆっくりと檻が開き始める。
暗闇だった通路にうっすらと日の光が少しずつ差し込んでいき、檻の奥にいる魔獣の姿が次第に明らかになっていく。
全身を鎧のように覆う黒く硬そうな体毛。
それとは正反対の真っ白な鬣。
ギラつき、殺意に満ちた黄色の瞳に強さを象徴しているような巨大な牙。
檻の奥にいたのは四足動物型の黒獅子と呼ばれている魔獣だ。
「うぉ!あんなの相手にすんのかよ!やべぇだろ……アレ」
登場した黒獅子は体長が五メートル近くもあり、その殺意の籠った瞳は俺たち二人を完全に標的として捉えていた。
「リアン!なんでもいいけど、足だけは引っ張んなよ!」
ハンスは腰を落として手に持っていた片手剣を構え、臨戦態勢に入る。
――六十メートル。
――五十メートル。
――四十メートル。
一歩ずつ重みを感じさせる足取りで徐々に黒獅子がこちらに近づいてくる。
俺たちと黒獅子との距離がゆっくりと縮まっていき、距離が三十メートルに達したその瞬間――。
「ガルォォォォヴォォォォ!!!」
黒獅子は雄叫びをあげながら、俺たち二人に向かって勢いよく飛びついてきた。
ハンスは横へ跳躍し、黒獅子を躱そうとする。
しかし、
「っは!?!?」
全く動こうとしない俺に気が付き、飛び退きながら声を上げた。
「リアン!なにしてんだ!バカ!避けろ!」
ハンスが叫ぶけれど、もう遅い。
俺と黒獅子との距離は既に五メートルもない。
今から逃げたとしても手遅れだ。
――四メートル。
――三メートル。
――二メートル。
黒獅子との距離が近づき、衝突する直前――
「――【氷華】」
そう呟いた次の瞬間。
目の前の黒獅子の黒い体が白い光に包まれた。
一秒にも満たない僅かな時間で光は消え、中に包まれていた黒獅子が姿を見せると、黒獅子は叫び声一つ上げることなく地面に倒れる。
「……」
次第にざわつきだす闘技場。
目の前には動かなくなった黒獅子の死体。
その周囲には地面を這うように白い蒸気が舞っている。
こうして俺――リアン=リワードの《対魔王十一魔導部隊》への入隊試験は幕を閉じた。