対魔王十一魔導部隊
宿で一晩明かし、次の日の朝。
「ロウ、準備出来たか?」
「うん。リアンは?」
「俺は行ける」
「じゃあ、そろそろ行こっか」
俺たちは必要な荷物をまとめ、入隊試験の会場に指定されている場所へと向かっていた。
「あれ?リアン、そんなのつけてたっけ?」
そう言いながらロウは俺の手首を指さした。
俺の手首には昨日、武器屋で購入したバンダナが巻かれている。
「初めて見たけど、前から持ってたの?」
「まぁな。汗拭えるし意外と便利なんだ」
「ふーん」
そんな会話をしながら少し歩くと、入隊試験の会場に到着した。
「でっか……」
会場になっているのは街の中にある高さ三十メートルにも及ぶ巨大な円形闘技場。
普段は見世物として闘技が行われたり、演者たちによって劇が行われたりしている場所だ。
この場所で入隊試験が行われることは予め知っていたが、こうして実物を見て、その大きさに圧倒されたのか、横にいるロウを見ると、闘技場を見上げながら口を半開きにして呆然としていた。
「ロウ、大丈夫か?」
「な、なにが……?」
「明らかに緊張してるだろ。顔、引きつってるぞ」
「そりゃあ、緊張くらいするよ。この日の為にこれまでやってきたんだから」
「まぁ、それもそうか」
事は今からちょうど四十年前まで遡る。
四十年前、《ソルヘイム》という名のこの国は隣接している四つの国と土地やら財やらを巡って戦争をしていた。
国境線上の至る所が戦場と化し、その中でも特に酷かったのは五つの国の国境線が一箇所に集中している五つの国の中心。
その一箇所にそれぞれの国の最高戦力が集い、魔術や兵器など、ありとあらゆる手段を用いて殺し合った。
その戦争は年間数万にも及ぶ死者を出し、人だった残骸が道端の石のように当たり前に転がっていて、戦場の土が血の赤色へと変わっていくその光景はまさに地獄絵図だったそうだ。
だが、多くの死者を出したその戦争は突如、誰も予想していなかった形で終わりを迎えることになる。
それが今から四十年前。
なんの前触れもなく突如、五つの国の中心で行われていた地獄のような戦場に澱んだ漆黒の巨大なドームが出現し、戦場全てがそのドームに飲み込まれた。
漆黒のドームはそのとき戦場にいた全ての人間を丸飲みにし、地面ごと抉りとる形で人の残骸や武器で溢れ返っていた戦場を一瞬で半径数十キロにも及ぶ巨大な円状の窪みに変えた。
その場にいた五つの国の約五万もの人間の命が肉片一つ残すことなく、一瞬で消失したのだ。
突然の出来事に人々は混乱し、いったい何が起こったのか誰も理解できなかった。
けれど、ある一つ声が五つの国の全国民の頭の中に響き、その声の主はこう告げた。
「私は先程の黒いドームを出現させた人物だ。突然で申し訳ないが、長きに渡り戦争を繰り返している愚かな五大国に只今をもって私は宣戦布告をする。この発言が冗談などではないことは今のでもうわかるだろう。これは決して冗談ではない。私は只今を持って全人類を殲滅する」
謎の人物からの突然の宣戦布告。
多くの人間が理解など出来るはずもなかった。
けれど、その謎の人物からの宣戦布告が発言通り冗談ではなかったことを人々は直ぐに知ることになる。
地響きが鳴り、半径数十キロにも及ぶ巨大な窪みの中心部に地面からせり上がるように巨大な城が現れ、その周囲を取り囲むようにドーナツ型に紫色の葉が生い茂る森が一瞬で形成された。
そして、その不気味な森の中からこれまで見たこともない獣や植物の化け物の軍勢が現れ、五大国の蹂躙が始まった。
巨大な漆黒のドームが戦場に現れてからここまでたった三十分の出来事。
五大国は突然現れた謎の第六の勢力に対抗したが、最高戦力を失った五大国が予想もしない急な非常事態に対応出来るわけもなく、多くの村や街が壊滅し、多くの人が死ぬことになった。
人々は何とか化け物たちの進行を食い止めることが出来たけれど、食い止めることが出来たのは化け物たちが進行してきてから七日後。
そのたった七日で五大国は甚大な被害を受け、《ソルヘイム》は領土の三割と人口の二割を失った。
五大国の人々はその悪魔のような残忍さと圧倒的な力から宣戦布告をした声の主を神話になぞらえて『魔王』と呼ぶようになり、魔王の放った獣や植物の化け物を一括りに『魔物』と呼んだ。
五大国は魔王の第六勢力を危険だと判断し、同意の元に戦争は一時的に休戦。
魔王への敵対を余儀なくされた。
けれど、五大国は少し前まで殺し合っていた者同士。
協力し合えるはずもなく、五大国は協力することができないまま各々の国が独自で魔王と戦うことに決まり、この国では魔王と戦う為にとある組織が編成された。
その組織の名は通称、『対魔王十一魔導部隊』
零から十までの計十一の部隊で構成されている魔王に対抗するためだけに生まれた組織であり、俺とロウがこれから入隊試験を受けに行く組織だ。
俺は今から七年前、ロウは六年前に二人とも魔王の放った魔物によって暮らしていた村が襲われ、滅び、実の家族を殺されている。
親父に拾われ、あの家で暮らすようになってからずっと俺たちは《対魔王十一魔導部隊》に入隊する為に何年も腕を磨いてきた。
その本番が今日、これからやってくる。
緊張しない方が無理な話だ。
「リアンは緊張してなくてすごいね」
「顔に出ずらいだけだ。俺もかなり緊張してる」
そんなことを話していると、横から誰かが走ってくるような足音が聞こえてきた。
「きゃー!」
「うわっ!」
「ん?」
俺とロウが人の叫び声が聞こえた方を見たのとほぼ同時。
何かが目の前を猛スピードで砂埃を巻き上げながら横切り、勢いよく走り抜けていった。
「うおっ!と」
横切って行った何かが通ったのは俺たちの前方だったので、俺たちの前を歩いていた人が通り過ぎた何かに驚き、避けようとして後退りしたので、後ろにいたロウとぶつかった。
「っと、ごめん。大丈夫だったか?」
「僕は大丈夫です。あなたは……?」
「俺も大丈夫だけど……ん?」
その人はぶつかったことを謝ったと思いきや、俺たちの顔を見た途端、俺とロウの顔を見比べるように自分の顎に手を当ててじっと見てきた。
「へぇ……」
「な、なんですか……?」
「あー、いや、なんでもない。ぶつかってごめんな。それじゃ」
そう言うと、その男は手をヒラヒラさせて、「てか、さっきの第三のフェレンだったよな?アイツどこ行ったんだ?もうすぐ始まるってのに……」と、話し声くらいの大きな声量で独り言を話しながら歩いていった。
「な、なんだったんだろう……?」
「さあ」
色々よくわからない状況に巻き込まれたが、考えたところで答えが出るわけでもない。
俺とロウは考えるのをやめて試験会場である闘技場の中へと入っていった。
*
「では、こちらを持って、このフロアでお待ちください」
闘技場に入った俺たちは受付で氏名や出身地などの個人情報を紙に書き込み、持ってきていた荷物を全て預かられて、案内人の人からロウは七、俺は二十六とそれぞれ違う番号の書かれた手のひらサイズの木の札を渡された。
案内人の人に待合室のようなフロアで待っているように言われ、そのフロアの中に入るとそこには俺たちと同じく試験を受けに来た人たちが数え切れないほど待機していた。
それぞれ会話をしたり、体を動かしたりして準備している。
「み、みんな強そうだね……」
「だな」
試験を受けに来るだけあってどの人も体が鍛え上げられていて、強そうに見える。
他の受験者たちの雰囲気に圧倒されながらも、俺とロウはお互いに話をしながら壁際で柔軟などをして体をほぐしながら待つことにした。
少しすると、案内人の人と同じく対魔王十一魔導部隊の隊服を着た女性がフロア内に入ってきた。
「受験者のみなさーん!こちらにご注目くださーい!」
その呼び掛けで受験者全員の視線が一斉にその女性の方に向く。
女性は自分に注目が集まったのを確認してから話を始めた。
「では、これから皆さんに受けていただく対魔王十一魔導部隊入隊試験の説明をさせていただきます。ここにいる皆さんは戦闘部隊への入隊志望ですので、入隊試験は筆記試験はなく、実技試験のみになります。これから一人ずつ先程渡した番号札の番号をランダムに呼びますので、呼ばれた方から試験会場に出てもらいます。公平性を期すために実技試験の詳しい内容はここでは説明せず、番号を呼んでから会場の方で説明致しますので、番号が呼ばれるまではこのフロアで待機していてください。ここでの試験の説明は以上です。では早速、三十七番の方こちらにどうぞ」
女性からの簡易的な説明が終わり、十分ほどの間隔で番号が呼ばれフロアにいた受験者たちの数が次々と減っていった。
説明が終わってから数時間が経過したころにはフロアにいた受験者の二割ほどが番号を呼ばれていなくなった頃。
「番号二十六番の方ー!こちらにどうぞー!」
俺の札の番号が呼ばれた。
「じゃあ、行ってくる」
「頑張って」
「あぁ。また後でな」
俺はロウにそう言って、札の番号を呼んだ案内人の女性について行き、そのフロアを後にした。